ベトナム産コーヒーで、EU森林破壊防止規則(EUDR)に適合したロットが、従来品より1トンあたり50ドル高い値で引き合いを集めている。ベトナムコーヒー・カカオ協会(Vicofa)が示した見通しで、適合品の買い付けが進めば輸出数量を8〜10%押し上げる余地があるという。日本のロースターと商社にとって、認証への適合が仕入れ値と調達枠の両方を左右する構図が見え始めた。
8カ月で170万トン・60億ドル超、数量は伸び金額は縮んだ
2026年1〜8月のベトナムのコーヒー輸出は、数量が約170万トン、金額が60億ドル超に達した。数量は前年同期比で10%増えた一方、金額は11.2%減った。輸出単価の下落が金額を押し下げた形で、量が伸びても手取りが細るという、産地と輸出企業に共通する悩みが数字に出ている。
単価の重しは需給から来ている。2026〜27年度の世界のコーヒー供給は約1億8,900万袋、消費見通しは約1億7,900万袋で、差し引き約1,000万袋の供給超過が見込まれる。豆が余る局面では相場が上がりにくく、産地は量以外の付加価値で稼ぎを取り戻す必要に迫られる。
供給の35〜40%がEUDR適合、栽培面積の30%超が持続可能認証
Vicofaによれば、ベトナムのコーヒー供給のうち35〜40%が現時点でEUDRの要件を満たす。栽培面積で見ると30%超がレインフォレスト・アライアンスや4Cなどの持続可能生産スキームの認証下にある。産地全体ではなお過半が未対応だが、輸出向けの主力ロットから対応が進んでいる。
この適合分に、1トンあたり50ドルのプレミアムが乗る。年末に向けて適合品の買い付けが増えれば、輸出数量を8〜10%押し上げる試算もある。相場全体が軟調でも、適合ロットだけは別の値付けで動くという二層構造が生まれつつある。
EUDRは12月30日発効、農地の座標と森林破壊フリーの証明を課す
EUDRは、EU市場に入るコーヒーに「森林破壊フリー・合法生産・農地までの追跡可能性」を求める規則で、大・中規模企業には2026年12月30日から適用される。中小・零細企業の適用は2027年6月30日まで猶予される。
要件の核は、豆が採れた農地のGPS座標と、2020年12月31日以降にその区画で森林破壊が起きていないことを示すデューデリジェンス声明の提出だ。4ヘクタール超の区画はポリゴン(多角形)で、4ヘクタール以下は単一の地点で座標を示す。証明の負担は生産側に重くのしかかるが、その負担を負えるロットだけがプレミアムの対象になる。
小規模農家6割という壁、1コンテナに数百農家の豆が混ざる
EUは世界のコーヒーのおよそ4割を輸入し、その約6割が5ヘクタール未満の小規模農家に由来する。1つの輸出コンテナに数百軒分の豆が混ざることも珍しくない。区画ごとの座標と履歴をひとつずつ紐づける作業は、この細分化された供給網で最も難所になる。
逆に言えば、農地の区画情報と履歴を束ねられる輸出企業や協同組合が、適合ロットの供給元として選ばれる。東京の商談では日本の商社が豆の履歴を問い、産地に追跡データの提示を求める動きが出ている(越コーヒーに日本2社が関心、東京の商談で問われた豆の履歴)。履歴を整えた産地とそうでない産地の差は、来年以降さらに開く。
コーヒー畑に森を戻すと単価が上がる、産地側の実装が始まった
森林破壊フリーの証明は、単なる書類仕事ではなく栽培の設計に踏み込む。日陰樹を植えてコーヒー畑に森を取り戻す取り組みは、EUDRの求める「森林破壊なし」の裏付けになり、同時に豆の品質と単価を押し上げる。クアンチ省のアラビカでは、コーヒー畑に森を戻したことで買値が上向いた実証が報告されている(コーヒー畑に森を返すと単価が上がる、クアンチ産アラビカの実証)。
持続可能認証とEUDR適合は別の制度だが、農地の区画管理・栽培記録・履歴の保存という土台を共有する。認証を取った産地はEUDR対応の下地ができており、両方をまとめて満たすロットがプレミアム帯に入っていく。
中国の買い付けが調達枠を細らせる、年末の争奪が読める
適合ロットの奪い合いは欧州向けだけの話ではない。中国の越コーヒー輸入は5カ月で87%増え、日本向けの調達枠が細る局面が出ている(中国の越コーヒー輸入が5カ月で87%増、日本の調達枠が細る)。年末はEUDR発効前の駆け込みと中国の旺盛な需要が重なり、質の良い適合ロットほど早く売り切れる展開になりやすい。
日本のバイヤーが年明けの入荷を待ってから動くと、適合品は先に押さえられている恐れがある。プレミアムを払ってでも枠を確保するか、非適合品で単価を抑えるかの判断を、相場ではなく供給網の空き具合で下す局面が近づいている。
Vicofa会長「年末に加速の好機」、産地の巻き返し
Vicofa会長のグエン・ナム・ハイ氏は「ベトナムコーヒーには年末の数カ月で輸出数量と価格の双方を伸ばす大きな好機がある」と述べた。金額が前年割れで推移するなか、適合ロットのプレミアムと年末需要を取り込んで手取りを回復させる、という産地側の戦略が読み取れる。
量で世界2位のロブスタ産地が、規制対応を単なるコストではなく値付けの武器に変えようとしている。適合の可否が輸出価格の分かれ目になる以上、対応の速い産地ほど年末の相場で優位に立つ。
非適合の6割は行き場を探す、価格の二極化が進む
供給の35〜40%が適合するということは、残る6割前後が現時点でEUDRの要件を満たさない。この非適合分は欧州以外の市場へ回るか、証明の要らない用途へ流れる。適合ロットにプレミアムが乗る一方、あぶれた非適合品は値を下げてでも売り先を探すため、同じベトナム産でも適合の可否で単価が二極化する。
日本のバイヤーがEUの規制を直接負わない立場でも、この二極化は仕入れ交渉の材料になる。欧州が求めない非適合ロットを、履歴の証明を割り引いた価格で引き取るという選択肢が現実味を帯びる。ただし品質や栽培管理の裏付けが薄いロットが混じる恐れもあり、価格だけで飛びつく判断は避けたい。
日本のロースターとバイヤーが年内に詰める論点
日本の実務で問われるのは3点に絞れる。第一に、仕入れているベトナム産ロットがEUDR適合かどうかを、輸出企業に区画座標と履歴の有無で確認すること。適合であれば1トン50ドルのプレミアムが乗るため、価格改定の根拠を先に把握しておく。
第二に、日本はEUDRの直接の規制対象ではないものの、産地の主力ロットが欧州向けの適合品に振り向けられれば、非適合の在庫が細る可能性を織り込むこと。第三に、複数産地・複数輸出企業に発注先を分け、適合ロットの枠を早めに押さえておくこと。相場の上下だけを見るのではなく、供給網のどこに履歴の整った豆があるかを起点に調達を組み立てる時期に入った。