2024年の漁業生産で世界第7位に立つベトナムが、太平洋のマグロ資源を管理する国際機関WCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)の正式加盟に向けて動き出した。2026年7月28日、マグロ水揚げの拠点であるカインホア省で加盟義務の履行能力を高める全国ワークショップが開かれ、太平洋共同体(SPC)のグラハム・ピリング博士が同国の漁業データの現状を報告した。焦点は漁獲量の多寡ではなく、その漁獲を「どこで、どう獲ったか」を数字で示せるかどうかにある。日本のバイヤーが越産マグロを買う前提そのものに関わる論点なので、調達・輸入の実務者にとって見過ごせない動きだ。
オブザーバー網羅率0%・操業記録25〜50%が、世界7位の漁獲を「証明できない数字」にしている
ピリング博士がワークショップで示したベトナムの漁業データは、生産規模と管理体制のちぐはぐさを映していた。年間推定漁獲量(ACE)の報告は最大100%まで届く一方で、漁船に検査員を乗せて実態を確認するオブザーバーの網羅率は0%。船上で日々の漁を書き留める操業記録(ログブック)の記録率も25〜50%にとどまり、魚体長のサンプル収集も限られている。対象はキハダ、ビンナガ、コシナガといったマグロ類とカジキ類だ。
この数字が意味するのは、ベトナムが「どれだけ獲ったか」の合計は言えても、「その一尾一尾がどの海域で、規制を守って獲られたか」を第三者に証明する足場が弱い、ということだ。総量が正しくても、証明の粒度が粗ければ、資源管理と市場アクセスの両面で不利になる。
| データ項目 | ベトナムの現状カバー率 | 意味するところ |
|---|---|---|
| 年間推定漁獲量(ACE) | 最大100% | 総量の把握は進んでいる |
| 操業記録(ログブック) | 25〜50% | 海域・漁法の裏付けが半分以上欠ける |
| 魚体長サンプル | 限定的 | 資源評価の精度が上がりにくい |
| オブザーバー網羅率 | 0% | 第三者による現場確認がまだ存在しない |
(数値は2026年7月28日ワークショップでのSPC報告に基づく。表は理解のための整理)
WCPFC正式加盟が対日マグロ調達の入口を広げる、2009年からの協力的非加盟という助走
ベトナムは2009年からWCPFCの協力的非加盟国(Cooperating Non-Member)という立場にある。毎年の分担金を払い、太平洋のマグロ管理ルールに部分的に参加してきたが、正式加盟国ではない。今回のワークショップは、その助走を終えて正式メンバーへ移る道筋を確認する場だった。水産・漁業監視局のチャン・ディン・ルアン局長は資源の保全と持続的利用への取り組みを強調し、WCPFCのレア・モス=クリスチャン事務局長は「法制度の改善、国際規則の遵守、漁業データ収集の標準化で前向きな進展があった」と評価している。
正式加盟がなぜ調達の話につながるのか。WCPFCの管理下で漁獲されたマグロは、加盟国の枠組みに沿った漁獲証明を伴う。この証明が、日本を含む輸入国側のトレーサビリティ要件と接続する。加盟は外交上の肩書きではなく、越産マグロが「管理された漁業の産物」として市場に入るための通行証に近い。ベトナムはすでに15メートル以上の漁船へのVMS(船舶監視システム)搭載や電子的な証明システムの導入を進めており、正式加盟はこれらの土台を国際的に認めさせる段階にあたる。
日本のバイヤーが漁獲証明とVMS航跡で確かめる、キハダ・ビンナガの「どこで獲ったか」
日本の水産調達は、価格と鮮度だけで動く時代を過ぎている。マグロを含む輸入水産物では、漁獲証明書、漁船の登録情報、VMSによる航跡データといった書類群で「合法に、管理された海域で獲られたか」を確かめる流れが定着してきた。IUU(違法・無報告・無規制)漁業由来の原料を排除する国内外の枠組みが、この確認を後押ししている。
ここでオブザーバー網羅率0%という数字が効いてくる。船上に第三者の目がなければ、ログブックの記載を裏づける独立した証拠が薄くなる。日本のバイヤーが越産キハダやビンナガを継続調達するとき、産地側の証明が書類頼みなのか、VMSやオブザーバーで裏打ちされているのかは、リスク評価の分かれ目になる。実務では、値ごろでもEUや米国の規制を通せる証明が揃っているかを仕入れのたびに確かめる動きが定着しており、証明力の差がそのまま取引条件に反映されやすい。データ整備は、ベトナム側から見れば市場アクセスの防波堤であり、日本側から見れば調達判断の物差しだ。この構図は、日本の新規制7件に越の産地が先手を打った動きとも重なる。ルールが先に来て、産地が対応を前倒しする順番が、水産でも起きている。
低排出エビの環境証明とは別の軸、天然マグロは操業データそのものが証明になる
ベトナムの水産で「調達の証明」が語られるとき、これまで注目を集めてきたのは養殖側の話だった。たとえばカマウ省では、EUとNGOが42か月をかけた「低排出エビ」の取り組みが、環境負荷を証明として付加価値に変えられるかを問うている。養殖は生産工程を設計できるため、飼料・水質・排出といった管理項目を積み上げて証明を作れる。
天然マグロは事情が違う。生産工程を人が設計できない以上、証明の中身は「いつ、どの海域で、どの漁法で獲ったか」という操業データそのものになる。だからこそオブザーバーとログブックが証明の骨格を担い、養殖の環境証明とは別の軸で調達可否が決まる。日本の食品メーカーや商社が越産水産をポートフォリオに組むなら、養殖品の環境証明と天然マグロの操業証明は評価の物差しが異なると理解しておく必要がある。同じ「ベトナム産水産」でも、証明の作られ方が根本から違うからだ。
電子ログブックとオブザーバー網が埋まれば、ベトナムは対日マグロの受け皿になれる
足元のマグロ輸出は決して楽な数字ではない。VASEP(ベトナム水産物輸出加工者協会)の集計では、2026年上半期のマグロ輸出は約4億5,270万ドル(1ドル155円換算で約700億円、概算)で前年同期比2.0%減。ただし6月単月は8,590万ドルと前年比28%増で、月次では持ち直しの兆しも出ている。もっとも供給量の波は大きく、通年での安定調達に踏み込みにくいという事情も残る。
それでも方向は前向きに読める。オブザーバー0%を段階的に引き上げ、ログブックの記録率を電子化で底上げできれば、証明の粒度は書類頼みから実測ベースへ移る。証明が厚くなるほど、日本のバイヤーは越産マグロを安心して継続発注しやすくなる。日本市場は越水産58億ドルの中で「加工」という穴場を握る立ち位置にあり、原料の証明力が上がれば、その加工需要とベトナムの供給が噛み合う余地は広がる。WCPFC正式加盟に向けたデータ整備は、資源管理の義務であると同時に、対日供給の受け皿を厚くする投資でもある。日本の調達側にとっては、いま越産マグロの証明体制がどこまで進んだかを産地ごとに見極める好機になっている。