ベトナム水産物加工・輸出協会(VASEP)が2026年9月25日朝に公開した記事は、米国の関税措置をきっかけに各国が二国間・地域の貿易協定を積み増しており、水産物の関税優遇が協定単位で細かく分かれていくと伝えた。柱に置かれた数字は「384」である。
起点記事は「発効中の地域貿易協定384本」と正確に書いているが、日本語で読むと取り違えやすいので先に押さえておく。これはベトナムが結んだFTAの本数でも、世界で署名された協定の累計でもない。原典をたどると、世界貿易機関(WTO)が2026年6月30日時点で「発効中」と数えた地域貿易協定(RTA)の本数だった。ベトナムから水産原料を買う日本の担当者に効くのは本数ではなく、同じ魚を同じ工場から入れても、どの協定で申告するかで日本側の輸入税率と必要書類が変わる点である。
発効中の地域貿易協定384本は何を数えた数字か
WTOが2026年6月30日時点で数えた「発効中」の本数
WTOの地域貿易協定ページには「2026年6月30日時点で384本のRTAが発効中」と書かれている。続く一文では、この384本がWTO加盟国からの634件の通報に対応し、物品・サービス・既存協定への加入を別に数えた結果だと注記されている。384は協定を1本として束ねた数で、通報の件数で数えれば634件、1.6倍あまりに膨らむ。
もう一つ条件が付く。384本はWTOに通報された協定の数である。WTO事務局は、これとは別に6月時点で未通報の発効中RTAを当事国に確認して少なくとも79本特定した、と同じページで説明している(文書WT/REG/W/198)。単純に足せば463本だが、通報済みの384本とは確認の経路が違う数字が混ざる。
RTAという分類はFTAと一対一で対応しない
WTOはRTAを「2以上の当事者が互いに特恵を与える協定」と定義している。日本語で言うFTAやEPAはここに入るが、関税同盟やサービス分野の協定、既存協定への新規加入も同じ枠で扱われる。商談で「FTAが何本」と話すときより広い。
WTO事務局が半期ごとに出す集計では、2026年1〜6月に新規通報されたRTAは5本、審査されたのは10本、実施内容の変更通報が4本だった。新規通報の5本のうち1本はイスラエルとベトナムの協定である。同資料の「RTAの主な利用国」欄では、日本は通報済みで発効中のRTAが18本、EUが47本、英国が39本と並ぶ。
米国の関税を受けて各国が動かしている協定
EUはインドネシア・インド・メキシコ・メルコスールとの通商関係を推進または拡大している
VASEPの記事は、市場を分散させて米国依存を下げる動きとして、EUがインドネシア、インド、メキシコ、メルコスールとの通商関係を推進または拡大していると書いている。インドは7月に署名した英国との協定に続き、チリやオマーンなどとの関係を進めているという。ベトナムも欧州側の枠を広げようとしており、EFTA諸国との協定が大筋合意に至った経緯は、この流れの中に置くと位置がわかりやすい。
同記事はUndercurrent News経由のWTOの数字として、MFN(最恵国待遇)税率だけで動く世界貿易の比率が約80%から72%へ下がったとも記している。ただし比較の起点となる時期は記事に示されておらず、下げ幅の読み方には幅が残る。
ニュージーランド議会が対インドFTAの実施法を可決した
記事は9月16日に、ニュージーランド議会がインドとのFTAの実施法を可決したと伝えている。協定の内容としては、ニュージーランドからインドへの輸出のおよそ95%が関税撤廃または大幅削減の対象となり、インド側の産品はニュージーランド市場に0%で入る。国内の実施法が通った段階の話であり、これを発効と読み替えると調達計画の前提が1年単位でずれる。
ベトナム産水産物を日本に入れるとき使える協定は4本
関税率表にAJCEP・日越EPA・CPTPP・RCEPの列が並ぶ
日本側の一次資料でも確かめられる。財務省・税関の実行関税率表(2026年4月1日適用分)では、EPA税率の欄が協定ごとの列に分かれている。ベトナム産品に関係するのは、日ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)、日越経済連携協定(日越EPA)、CPTPP、そしてRCEPの列である。RCEPはさらに「ASEAN・豪州・ニュージーランド向け」「中国向け」「韓国向け」に分かれ、ベトナム産は最初の列を見る。
1つの品目に対して無税の可否を判断する列が最低4本ある。記事の「細かく分かれる」という表現は、日本の関税率表ではこの列の並びとして目に見える。
冷凍と生鮮・冷蔵で有利な協定が入れ替わる
パンガシウス(ナマズ類)のフィレで確かめると、状態が変わるだけで有利な協定が入れ替わる。下表は実行関税率表と各協定の譲許表(2026年8月版、2026年4月1日適用の欄)で突き合わせた数字で、HSは6桁、税率は統計細分9桁で引いている。
| 品目(HS6桁/統計細分) | WTO税率 | AJCEP | 日越EPA | CPTPP | RCEP(ASEAN・豪・NZ) |
|---|---|---|---|---|---|
| パンガシウス フィレ 生鮮・冷蔵(0304.32/030432000) | 3.5% | 3.5% | 譲許対象外 | 無税 | 2.2% |
| パンガシウス フィレ 冷凍(0304.62/030462000) | 3.5% | 無税 | 無税 | 無税 | 1.6% |
| えび 冷凍・その他(0306.17/030617000) | 1% | 無税 | 無税 | 無税 | 0.6% |
冷凍フィレならAJCEP・日越EPA・CPTPPのいずれでも無税で、RCEPだけが1.6%を残す。ところが生鮮・冷蔵フィレに移ると、AJCEPの税率はWTO税率と同じ3.5%で優遇の意味がなくなり、日越EPAには譲許がない。日越EPA・AJCEP・RCEPの譲許表には「空欄は当該EPAで譲許の対象外」との注記が付いており、空欄はそう読む。CPTPPの譲許表は段階区分を欄に明示する形で、注記の書き方が違う。無税で通せるのはCPTPPだけ、RCEPは2.2%という並びになる。世界的な白身魚の品薄でパンガシウスの引き合いが動いている状況で生鮮・冷蔵品の試験輸入を検討するなら、この一段が見積もりに乗る。
RCEPの数字は据え置きではない。同じ譲許表の年次欄をたどると、冷凍フィレは2026年4月1日の1.6%から段階的に下がり2031年4月1日に無税、冷蔵フィレは2.2%から2036年4月1日に無税、冷凍えびは0.6%から2036年4月1日に無税になる。えびはASEAN・豪州・ニュージーランド向けに0.6%が設定されている一方、中国・韓国向けの欄は空欄で譲許の対象外である。1本の協定の中でも相手によって扱いが違う。
原産地の証明は協定ごとに書類が変わる(AJCEP・日越EPA・CPTPP)
日越EPAとAJCEPは第三者証明、CPTPPは自己申告
税率で協定を選んだら、次は証明の形式が変わる。税関の原産地証明手続のページは、輸出国の権限ある機関が発給する原産地証明書を使う「第三者証明制度」の適用協定にAJCEPと日越EPAを挙げ、輸入者・輸出者・生産者が自ら作成する書類で申告する「自己申告制度」の適用協定にCPTPPを挙げている。
同じ工場から同じ魚を買っていても、日越EPAで通すならベトナム側の発給機関から証明書を取ってもらう段取りになり、CPTPPで通すなら誰が作成者になるかを決めて自分で保存する書類が変わる。同ページは、特恵を求める貨物が原産品であることの確認責任は輸入者側にあるとして、輸出者への確認や事前教示の活用、通関後の照会に備えた資料の整備を挙げている。税率差が0.6%や1.6%の水準だと、この手間と社内コストを並べて初めて損得が出る。
水産では漁獲の追跡や環境・労働の説明も求められる
記事は、水産物に求められる範囲が原料の原産地から漁獲の追跡、環境、労働、残留物質、海洋動物の保護、サプライチェーンの証明へと広がっていると書いている。低い税率を得る費用が企業の管理能力や追跡の体制と結び付いてきたという整理である。カマウのエビ養殖組合がASC認証を取得した動きは、関税の書類とは別系統ながら、この「証明を揃えられる供給元かどうか」という選別と同じ方向にある。
発注前に自社の品目で引いておくこと
統計細分9桁で4本すべての税率を並べる
本数の話は、自社の品目に落とすと小さな作業になる。確認の順序は次の表の通りである。
| 確認すること | 見る資料 | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| 自社品目の統計細分(9桁)を確定する | 実行関税率表の該当章 | 冷蔵と冷凍、フィレと切り身で番号が変わる |
| AJCEP・日越EPA・CPTPP・RCEPの4列を横に並べる | 実行関税率表のEPA税率欄 | 空欄は「無税」ではなく譲許の対象外 |
| 年次の引き下げ幅を確認する | 各協定の譲許表(年次欄) | RCEPは年度で税率が動く |
| 証明の形式と作成者を決める | 税関の原産地証明手続 | 第三者証明と自己申告で段取りが別 |
この4行を1品目分埋めれば、商談で「関税は無税ですよね」と言われたときにどの協定で無税なのかを詰められる。冷蔵品では無税になる協定が1本しかないことも起こる。
引き下げの年次と契約期間を突き合わせる
年次の欄を見る意味は契約の長さと関係する。RCEPの冷凍パンガシウスのように5年で無税に届く品目なら、複数年契約の途中で前提が変わる。2036年まで税率が残る品目のうち、生鮮・冷蔵フィレは日越EPAに譲許がないのでCPTPP、冷凍えびはCPTPPと日越EPAのどちらでも無税になる。品目ごとに使える協定を分けて、その申告体制を先に整えるほうが効く。
次の一手として具体的なのは、直近に輸入した水産品1品目を選び、統計細分9桁で4協定分の税率を1枚に並べることである。空欄が出た協定と年次で数字が動く協定に印を付ければ、次の見積もり依頼で供給元に何の書類を頼むかが決まる。384本という世界の総数は、そこまで落とさないと社内の判断材料にならない。