ベトナム最南端のカマウ省で、エビ産業の統治そのものを組み替えるプロジェクトが始まった。名称は「Quản trị bền vững ngành tôm(エビ産業の持続可能なガバナンス)」。水産専門誌Thủy sản Việt Namが2026年7月22日付で伝えたところでは、資金は欧州連合(EU)とActionAid Quốc tế(ActionAid国際)の共同拠出で、実施期間は42か月。うちカマウ省内の活動は2026年5月24日から2029年3月31日までと区切られている。到達点は、メコンデルタの養殖農家500戸と中小企業300社をASC認証とESGの土俵に乗せ、「低排出エビ(Tôm phát thải thấp)」というブランドを立ち上げることに置かれた。日本の小売・商社にとっても遠い話ではない。SSBJのサステナビリティ開示基準が2027年3月期から段階適用に入り、調達先の排出を含むScope3が開示の射程に入ってくるからだ。
42か月のうち、カマウに配分されたのは34か月
事業全体の期間は2025年10月から2029年3月。カマウ省での活動が2026年5月24日に始まったので、省内に割り当てられた実働はおよそ34か月になる。報道は事業を三つの構成要素(hợp phần)に分けて説明している。第一が地域と企業の能力形成。持続可能なエビ養殖のグループ・協同組合を10組つくり、企業連合「Liên minh doanh nghiệp tôm Sóng xanh」を組成し、講師役を育て、農家と企業にESG研修を行い、知識共有と履行追跡のためのデジタル基盤を整える。
第二は住民によるモニタリングとASC対応。監視ツールの整備、監視員の養成、トレーサビリティ支援、定期評価、農家のASC移行支援、企業のバリューチェーンへのESG原則の組み込みが並ぶ。第三が市場側の仕事で、認証エビの市場調査、政策提言、多様な関係者による対話、国内外の市場との接続、記者向けESG研修、専用の情報発信ページの構築が挙げられている。広報の実務には電子誌Tạp chí điện tử Thiên nhiên và Môi trườngが加わる。EUとActionAidがそれぞれいくら出すのかは、報道に書かれていない。
対象5社はすべて、旧バクリエウ省ドンハイ県だった
カマウ省での対象地はLong Điền、Đông Hải、Gành Hào、Định Thành、An Trạchの5つの社(xã)。この5つは、2025年の行政再編で旧バクリエウ省ドンハイ県の11の社・町が統合されてできた5社と名称が完全に一致する。再編の根拠はバクリエウ省人民評議会の決議13/NQ-HĐND(2025年4月28日)で、そのバクリエウ省自体が決議202/2025/QH15により2025年7月1日にカマウ省へ統合された。
つまり「カマウのエビ」と一括りに語られてはいるが、今回の実証が入るのは旧バクリエウ側の東部沿岸に固まった一帯である。産地を指定して仕入れを組む立場からすると、この地理的な偏りは最初に押さえたい。省全体の生産が明日から低排出になるわけではなく、旧カマウ側の主要産地はこの5社に含まれない。
検証できた数字と、公表されていない数字
報道の数値を、別記事で突き合わせられたものとそうでないものに分けておく。カマウ省のエビ養殖面積について元記事は約41万1,000haとし、全国最大だと書く。同誌が2026年4月10日に別途伝えた2026年第1四半期の実績は42万2,194ha・収穫量10万6,900トンで、面積の桁は揃った。一方、元記事にある年間生産量約54万7,000トンという数字は他の公表資料と一致を確認できなかったので、この記事では扱わない。
| 項目 | 公表されている内容 | 出所 |
|---|---|---|
| プロジェクト名 | Quản trị bền vững ngành tôm | Thủy sản Việt Nam |
| 資金 | EUとActionAid Quốc tếの共同拠出(金額の記載なし) | 同 |
| 全体期間 | 2025年10月〜2029年3月(42か月) | 同 |
| カマウでの実施 | 2026年5月24日〜2029年3月31日 | 同 |
| 対象地 | Long Điền/Đông Hải/Gành Hào/Định Thành/An Trạchの5社 | 同 |
| 支援対象 | 養殖農家500戸、中小企業300社 | 同 |
| 省の養殖面積 | 約41万1,000ha(2026年Q1実績は42万2,194ha) | 同誌2026年4月10日 |
| 「低排出」の定義・測定法 | 記載なし | — |
| CO2削減量・削減目標 | 記載なし | — |
「低排出」という語がプロジェクト名にもブランド名にも入っているのに、何をどう測って低排出と呼ぶのかは、報道の範囲では説明されていない。削減率も、基準年も、算定の境界も出てこない。ここは空白のままにしておく。
誰の言葉として報じられているか
起点となった元記事には、鉤括弧で括られた直接の発言が一つも入っていない。農家や省の担当者のコメントも載っていない。公表されている見解は、次の三つに整理できる。
一つ目は、ActionAid Quốc tếのベトナム事務所の代表者による説明として書かれた部分だ。氏名は報じられていない。産業のガバナンス能力を高め、持続可能な基準に沿った生産を促し、国際市場でのエビ製品の競争力を上げることが事業の狙いだと述べたとされる。
二つ目は、Thủy sản Việt Nam編集部自身の現状認識である。カマウのエビ産業は気候変動、養殖域の環境の質の低下、生産コストの上昇、国際市場での競争圧力に直面していると書き、輸入市場が温室効果ガス削減・トレーサビリティ・環境保護・社会的責任・透明なガバナンスの面で要求を強めていると続ける。生産量の拡大ではなく品質と付加価値へ軸を移すべきだ、というのがこの媒体の立場だ。
三つ目は、認証を出す側であるASC本体が2026年7月2日に公表した内容。魚種別基準を一本化した統合Farm Standardへの必須移行期限を、2027年5月1日から2028年5月1日へ1年繰り延べると発表した。理由は、模擬監査・パイロット監査と初期の認証農場から得た知見に、要求事項の明確さ・一貫性・実装面で改善の余地が見つかったこと。中間版のV1.0.1Aが2026年7月1日から2027年2月1日まで有効で、V1.1は2026年11月1日の公表が見込まれている。なお、この発表文には温室効果ガスや排出量に関する要求への言及はない。
日本の調達が確かめるべきは「低排出」の算定境界
材料を並べ直すと、日本側が最初にやるべきことははっきりする。「低排出エビ」は、すでに測り終えた排出値の呼び名ではなく、これから数年かけて作るブランドの名前だ。商談で受け取る資料に「低排出」と書いてあっても、その語だけでは開示に使えない。確かめる順番は三つある。第一に算定の境界——種苗、飼料、電力、水処理、輸送のどこまでを数えているか。第二に第三者検証の有無と、検証したのが誰か。第三に、ASC認証は農場単位で出るものだから、納品ロットがどの農場から出たのかを紐づけられるか。
SSBJ基準は2027年3月期に時価総額3兆円以上の企業から適用が始まり、2028年3月期には1兆円以上、2029年3月期には5,000億円以上へと対象が広がる。Scope1・2に加えScope3が対象に入るため、原料に紐づく排出は仕入れ先から一次データを取るか、算定根拠を説明できる形で受け取る必要が出てくる。逆にいえば、算定根拠を書面で出せる産地は、この時期の条件交渉で有利に立てる。規制対応を売り物に転換した例はベトナムにすでにあり、EUDR適合ゴムで先行したVRGの動き(EUDR適合ゴム1万トン、VRGが示す「規制を商機に変える」調達網)は、発想としてほぼ同じ線上にある。
もう一点。エビには国際的な要求軸が同時に何本も重なりつつある。ベトナムはエビとパンガシウスを対象にした動物福祉の国家ロードマップも走らせており(エビとパンガに「動物福祉」、ベトナムが国家ロードマップ始動)、排出、労働、福祉、トレーサビリティが別々の書類で届く状態が当面続く。調達側で確認書式を一本化しておかないと、書類の突き合わせだけで人手が溶ける。
移行期限が1年延びて、支援期間と時間割が噛み合った
ASCの1年延期は、このプロジェクトにとって追い風になる。旧来の期限である2027年5月1日のままなら、2026年5月に支援が始まった農家が統合基準への移行を終えるまでの猶予は1年しかなかった。期限が2028年5月1日に動いたことで、カマウでの活動終了(2029年3月31日)との間に約11か月の余白ができ、移行と認証取得を支援期間の内側に収める設計が成り立つ。
やりにくさも残る。V1.1が2026年11月1日に出る予定である以上、それより前に始まる研修は確定前の版を教材にせざるを得ない。第一の構成要素にある講師役の育成とデジタル基盤は、要求事項が動いた分だけ作り直しが要る。研修教材がどの版に準拠しているかは、日本側からでも質問できる項目だ。
加工側の受け皿は先に厚みを増している。カマウにはエビ最大手の新工場が立ち上がっており(エビ最大手ミンフーが動いた、日本の調達を変えるカマウ新工場)、原料側の証明が整えば製品化までの距離は短い。ベトナムのエビ輸出は2025年に46億ドル(1ドル=約163円換算で約7,500億円)と前年比19%増で過去最高を更新した。量はすでに出ている。次に差がつくのは、その量に付ける証明書の中身のほうだ。
実用情報:いつ、どこを見に行くか
問い合わせ窓口や事務所の住所は報道されていない。公表されている一次情報の在り処と日程だけを整理する。
| 確認したいこと | 見に行く先 | 時期 |
|---|---|---|
| 広報・進捗 | Tạp chí điện tử Thiên nhiên và Môi trường | 随時 |
| ASC統合基準の最新版 | ASC公式サイトのFarm Standardページ | V1.1は2026年11月1日公表見込み |
| ASCの必須移行期限 | ASC公式発表(2026年7月2日) | 2028年5月1日 |
| 中間版の有効期間 | ASC Farm Standard V1.0.1A | 2026年7月1日〜2027年2月1日 |
| 自社の開示義務 | SSBJ基準の適用スケジュール | 時価総額3兆円以上から段階的に拡大 |
| 産地の所在 | 旧バクリエウ省ドンハイ県の5社 | 実施は2029年3月31日まで |
まとめ
動き方は決めやすい。2026年11月にASC Farm Standard V1.1が出たら、取引中のベトナムの加工業者に、どの版に沿って農場を指導しているかを一度聞く。次に、「低排出」を名乗る提案を受けたら、算定の境界と検証者の名前を書面で求める。ここで止まる相手なら、開示に使える原料ではない。そして対象5社は旧ドンハイ県に固まっているのだから、まずこの範囲から小ロットでサンプルを取り、トレーサビリティの粒度を実物で測ってみるのが早い。カマウでの実働は2029年3月末まで。ブランドが出来上がってから買いに行くより、作られている過程に自社の要求を差し込むほうが、条件は通りやすい。
参照元:Thủy sản Việt Nam/Thủy sản Việt Nam(2026年4月10日)/ASC International/ASC Japan/Thư viện pháp luật/ダイヤモンド・オンライン/ACCESS ONLINE