エビ養殖の品質は、池の管理や飼料よりも前の「種苗(親エビ・稚エビ)」で大きく左右される。その川上を握る種苗大手コナベイ(Kona Bay)が、次世代ライン「Balance Pro」をベトナム市場へ本格投入した。親会社はオランダの動物遺伝育種企業 Hendrix Genetics で、Balance Pro は2025年11月5日、インド・ビザカパトナムで開かれた Hatch India Show 2025 で発表された新ラインだ。日本はベトナムから加工エビを大量に輸入しており、種苗の質が上がれば、最終的に日本のスーパーや外食に届くエビの粒揃い・供給量・価格の安定に効いてくる。だからこそ、川上の一手を追う価値がある。
Balance Proは「眼柄非切除」で育てる種苗、コナベイが掲げるのは予測可能性
コナベイの説明で最も特徴的なのは、Balance Pro が眼柄切除(アイスターク・アブレーション)を行わない「非切除育種」である点だ。従来のエビ種苗生産では、雌の産卵を促すために眼柄を切除する手法が広く使われてきた。これを避けることは、動物福祉を重視する欧州・日本のバイヤーが調達基準に組み込みやすい要素になる。コナベイの商務責任者 Deepak Patnaik 氏は、Balance Pro を「エビ養殖の予測不能性への回答」と位置づけている。つまり、当たり外れの大きい養殖成績を、遺伝的な安定性でならすことを狙った種苗だ。
コナベイの種苗は SPF(特定病原体不在)認証を受けており、OIE(現WOAH)が指定する特定病原体を持たない親エビから供給される。ここは「病気に強い遺伝子を作る」というより、「病気を持ち込まない衛生管理で守る」という発想に近い。耐病性そのものを誇大にうたわず、バイオセキュリティと選抜育種の両輪で成績を底上げする構えである。
コナベイのBalanceラインは生存率70〜80%、Balance Proはその改良版
Balance Pro 単体の数値は企業発表として公開が限られるため、下地となる Balance ラインの公表指標を押さえておきたい。コナベイが自社サイトで示す Balance ラインの目安は、平均的な池での生存率が70〜80%、1日あたり増体量(ADG)が0.27〜0.33グラムというレンジだ。管理されたバイオセキュア環境やバイオフロック方式で成長が伸びやすいとされる。Balance Pro はこの Balance を土台に、成長・生存・飼料効率をさらに引き上げたと位置づけられている。数値の一人歩きは禁物だが、種苗段階でこのレンジの安定を確保できるかどうかが、後工程の歩留りを大きく左右する。
| 工程 | 種苗改良で起きること | 日本側への影響 |
|---|---|---|
| 種苗(コナベイBalance Pro) | 成育の均一化・生存率の底上げ | 供給の振れ幅が縮小 |
| 養殖池 | 斃死ロス減・サイズの揃い | 規格別の数量が読める |
| 加工工場 | 歩留り向上・剥き身の規格安定 | 加工原料コストの安定 |
| 対日輸出 | 数量・品質の予測性向上 | 棚価格・在庫計画が組みやすい |
ファンランの実地試験でSize60・DOC80+、ベトナムの厳しい現場で走らせた
コナベイは Balance Pro を、ベトナム中南部ニントゥアン省ファンラン(Phan Rang)で実地試験している。ファンランは高塩分・高水温で知られ、弱い系統では成績が安定しない難しい養殖地帯だ。公表された現場指標は、養殖80日超(DOC80+)でサイズ60前後、放養密度はおよそ1平方メートルあたり500尾。ベトナムのエビ産地は南部メコンデルタ(カマウ、バクリュウ、ソクチャン)から中南部まで環境差が大きく、そこで通用する系統は幅広い池で使いやすい。種苗メーカーが「試験しやすい優等地」ではなく難しい現場を選んで数字を出すのは、実務家への説得力を意識した動きだ。
ベトナムの水田×エビの複合経営や低排出エビへの取り組みは、当メディアでも追ってきた。持続可能性を証明する動きは川下(輸出要件)から強まっているが、Balance Pro は川上の種苗側から同じ流れに合流する構図だ。EUとNGOが42ヶ月、カマウの「低排出エビ」は調達の証明になるかで見た「証明のコスト」を、種苗の均一化で下げられるかが焦点になる。
日本の調達担当が確認すべきは、非切除・SPF・そして粒揃いの再現性
日本のエビ調達で種苗の話はふだん表に出ない。だが、実際に効いてくるのは次の三点だ。ひとつは非切除育種で、動物福祉を掲げる小売のPB基準やESG調達に乗せやすい。ふたつめは SPF 認証で、病害由来の突発的な供給ショックを避ける保険になる。みっつめは粒揃いの再現性で、サイズ60前後で安定するなら、寿司ネタや冷凍剥きエビの規格を年間で読みやすくなる。
調達サイドの実務としては、輸入商社や加工パートナーに対し「使用している種苗系統」と「その非切除・SPFの有無」を仕様として確認する動きが現実的だ。ベトナムでは種苗の供給と販路の整備が中小の生産者にとって参入の壁になってきた。経理をやめた彼女が配る種苗と販路、ハティン産タウナギの稼ぎ方で描いたように、種苗と出口をセットで押さえる者が強い。エビでも同じ理屈が働き、良質な種苗の入手性が生産者の顔ぶれを変えていく。
最終的に日本の食卓に届くかたちを想像するなら、養殖→加工の先にある対日輸出の質が要になる。Vietnam Clean Seafoodがティラピアを日本へ刺身用フィレ初出荷のように、ベトナム水産は「刺身級」を狙う段階に入っている。エビも種苗の底上げが進めば、加工度の高い対日商品でベトナム産の存在感がさらに増す可能性がある。
種苗の改良は、対日供給を本当に変えるのか
では、種苗の底上げは日本のスーパーや外食に届くエビを変えるのか。答えは「方向としては効くが、すぐ劇的には変わらない」あたりが妥当だ。Balance Pro はまだベトナム投入の初期段階で、公表される数値の多くは下地のBalanceラインや実地試験の一例にとどまる。種苗が均一化しても、その先の養殖・加工・輸送のどこかがぶれれば、店頭の粒揃いや価格までは平準化しきれない。それでも競争軸が池の管理テクニックから種苗の遺伝的品質へ前倒しされているのは確かで、非切除・SPF・現場適応の三つを日本の調達担当が「気にする」から「仕様に書く」へ動かせれば、供給の安定と品質の再現性は着実に上がる。川上の一手は静かだが、食卓に届くまでの全工程にじわりと効いてくる。