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元技術者がフエでアカシア鋸屑からヒラタケの月商30百万ドンを育てる

フエ大学理科大学バイオテクノロジー専攻を出て、南部の企業できのこ生産の技術管理・技術移転を担っていた9X世代のエンジニア、Đinh Văn Hào氏が、専門を活かせる仕事が中部に少ないという理由で故郷フエに戻り、地元のアカシア鋸屑を基材にしたヒラタケ(gray oyster、nấm bào ngư xám)の栽培を軌道に乗せた。フエ市トゥアンヴィン坊で1サイクル5,000袋を仕込み、月商は30〜40百万ドン。ベトナムの農業メディア Dân Việt が2026年7月30日に報じたこの一件は、日本の乾物・食品原料の調達担当にとっても、産地の担い手がどう生まれ、何を再現できるのかを読み解く手がかりになる。

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南部の技術管理職を辞めたĐinh Văn Hào氏が、故郷フエで5,000袋のヒラタケ栽培を立ち上げた

Hào氏の経歴は、農家というより研究者のそれに近い。フエ大学理科大学K40期のバイオテクノロジー専攻で、在学2年時にはフエ市内アンズオンヴオン通りのきのこ農園で実習し、3〜4年時にはきのこそのものを対象に学内研究を行っている。卒業後は南部の企業で技術プロジェクトの管理と技術移転に携わった。つまり「作り方を人に教える側」にいた人物が、担い手として自ら仕込む側に回った構図だ。

帰郷の動機は前向きな志だけではない。バイオテクノロジーの専門性を活かせる求人が中部フエには乏しく、南部で積んだ栽培技術を持ち帰る形で独立した。1ロットあたり5,000袋を仕込み、菌糸の蔓延(コロニー形成)に1.5か月、その後の収穫に3.5か月かかる。1ロットの回転は5か月ほどだが、ロットをずらして仕込むことで収穫が通年で途切れないように回している。整備工や経理を辞めて養殖に転じた越の担い手を何本も見てきたが、専攻と前職の技術をそのまま産地に接続した点で、Hào氏の転身は法学部卒が巻貝の養殖で日商118万円を上げた事例とは性格が異なる。前歴を捨てるのではなく、前歴の中身を持ち込んでいる。

ゴム材が使えないフエで、Hào氏はアカシア鋸屑を基材に選んだ

この事例で調達の視点から見落とされやすいのは、栽培量や売上よりも基材の選択という論点だ。きのこ栽培で広く使われるゴムの木の鋸屑(rubberwood)はフエ周辺では手に入りにくい。そこでHào氏は、中部に豊富なアカシア(keo)の鋸屑を基材に据えた。アカシア材はベトナム中部の造林・製材の主力で、鋸屑は製材の副産物として地元で安く安定的に出る。ゴム材の代わりに何を使うかは、単なる代替ではなく「産地がどこに立地できるか」を決める条件になる。

栽培研究の蓄積を見ても、アカシア鋸屑はゴム材と並ぶ有効な基材として扱われ、米ぬかや石灰の補助添加で歩留まりを整えるのが定石とされる。ゴム材の菌糸伸長がやや速いという報告はあるが、地元で切れ目なく調達できる副産物を使えることの意味は、輸送費とサプライの安定という形で効いてくる。基材を地域の林業副産物に合わせて組み替えられるなら、産地は「ゴム林のある南部」から「アカシア林のある中部」へ広がりうる。遊休林の林床で年7億ドンを稼ぐフート省の事例が林そのものを収益源に変えたのに対し、Hào氏は林から出る廃材を栽培資材に変えている。同じ「森ときのこ」でも、価値の取り出し方が逆向きだ。

月商30〜40百万ドンは日本円でおよそ18万〜24万円、収穫は3回で計680kg

報じられた月30〜40百万ドンを日本円に置き換えておく。1円=約170ドンの概算(2026年7月末時点の目安)で、月およそ18万〜24万円にあたる。ただし報道の表現からは、この金額が売上そのものか、諸経費を引いた手取りかまでは判別できない。価格が安かった当初は15〜20百万ドン(概算で月9万〜12万円)だったというから、単価の上昇がこの水準を押し上げたことは読み取れる。為替は変動するため、この換算はあくまで目安であり断定はしない。

収穫は1サイクルで3回に分けて採れ、初回が約250kg、2回目が約230kg、3回目が約200kgと逓減する。1袋あたりに直せば1サイクルで約136g(680kg÷5,000袋)で、これがきのこ栽培の歩留まりの実務感覚になる。

項目 数値 補足
1サイクルの仕込み 5,000袋 基材=アカシア鋸屑
初回収穫 約250kg 以降逓減
2回目収穫 約230kg
3回目収穫 約200kg 3回合計 約680kg
栽培期間 菌糸1.5か月+収穫3.5か月(1ロット約5か月) ロットをずらし通年で収穫
月商 30〜40百万ドン 概算 月18万〜24万円(1円≒170ドン)

個人経営の規模としては小さい。だが調達側が見るべきは絶対額ではなく、逓減パターンと単価感度、そして基材コストの読みやすさだ。副産物由来の基材は主原料の相場に振り回されにくい傾向があり、原価が読める産地は継続取引の前提として評価しやすい。

ヒラタケは日本では乾燥・粉末・だし素材として食品OEM原料になりうる

生鮮のヒラタケは日持ちせず、そのままの越境輸送は現実的でない。乾燥・粉末・エキスといった加工を一段挟んではじめて、調達原料として検討できる状態になる。日本の業務用市場では乾しいたけ粉末やホタテエキスと並んで、きのこ由来のうま味素材が流通しており、ヒラタケなら即席麺・レトルトの旨味ベース、きのこブレンド粉末、ヴィーガン向けスープの下地あたりが現実的な入口になる。裏を返せば、産地側に乾燥設備と粉砕の工程が乗っていることが前提で、生鮮のままでは商談の入口にすら立てない。

日本のメーカーが実際に引き合いを出すなら、確認する項目はほぼ決まっている。乾燥形態(スライスか粉末か)、水分規格、一般生菌数、残留農薬・重金属、月あたりの供給ロット、乾燥歩留まり、保管・輸送方法、原産証明——このあたりの数値が出てこない原料は、味がよくても採用しづらい。とくに乾燥後の水分と生菌数が見えないきのこは、そのまま加工ラインに入れられない。フエの生産者が単独でここまで整えるのは難しく、日本側が買うとすれば、この農家を直接ではなく、地域の一次加工業者や集荷業者を介したロットで受ける形が現実的だ。

この読み替えは、ベトナム水産で原料輸出から加工への転換をVASEPが促している局面と同じ論理だ。原料をそのまま出すのではなく、乾燥・粉末という一次加工を挟んで単価と保存性を上げる。きのこにも同じ設計が当てはまる。当社(Agriture)で乾燥野菜の原料調達を続けてきた実感でも、産地に一次加工の工程が一つ乗るかどうかで、対日取引の可否は大きく変わる。

Hào氏の強みは栽培そのものより、気候に合わせてプロセスを組み替えた点にある

南部で確立された標準手順を、そのまま中部フエに持ってきても再現はできない。基材はアカシアに変わり、湿度や気温の条件も異なる。Hào氏がやったのは、バイオテクノロジーの素養で標準手順を分解し、基材をアカシア鋸屑に替え、それに合わせて米ぬかや石灰の添加と水分管理を中部の気候へ寄せたことだ。属人的な「腕」ではなく、条件に合わせて再構成できる工程知識——これは産地化の観点で最も移転しやすく、最も横展開しやすい資産でもある。

調達の現場から見れば、担い手が一人の職人技に依存しているか、それとも再現可能なプロセスとして持っているかは、供給の安定性を左右する。前者は本人が抜ければ止まるが、後者は他の生産者へ広げられる。フエで動き出したアカシア鋸屑のヒラタケが、Hào氏一人の副業で終わるのか、中部の林業副産物を使った産地の起点になるのかは、この工程知識がどこまで共有されるかにかかっている。日本の調達担当が中部ベトナムのきのこを候補に入れるなら、見るべきは今の月商ではなく、この再現性のほうだ。

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この記事を書いた人

京都で食品ブランドを運営しながら、これまで乾燥野菜や野菜パウダーなど、素材の魅力を活かした商品づくりに携わってきました。現在はベトナム在住2年目で、現地ではコーヒーの生産現場にも関わり、栽培から加工、味づくりまで一貫して学んでいます。毎日の暮らしの中で、安心して楽しめる食品を届けたいという思いから、生産背景や作り手の顔が見える商品を大切にしています。日本とベトナム、それぞれの食文化の魅力を活かしながら、日常にちょっとした豊かさを届けることを目指しています。

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