ベトナム南部カントー市のルオンタム地区で、稲田をそのままエビの養殖池として使う「トム・ルア(tôm-lúa、エビ稲作)」に180戸以上・約250ヘクタールが取り組んでいる。舞台は塩害を防ぐ堤防の外側、乾季には塩水が入り込んで稲作の収量が落ちる土地だ。その塩水を欠点ではなく資源として使い、コメとエビを1枚の田で交互に育てる。日本の食品メーカーや外食が国産に代わる持続可能なエビ調達先を探すとき、こうした低投入型の産地は無視できない候補になる。
堤防の外側で180戸・250ha、乾季の塩水をエビ養殖に振り替える
現地の産地情報によれば、ルオンタム地区でトム・ルアに参加する農家は180戸を超え、養殖面積は約250ヘクタールに達している。行政は2026年に50ヘクタールの拡大を計画し、実績は51.8ヘクタール(達成率103%)と目標を上回った。育てるエビはウシエビ(tôm sú)、バナメイエビ(tôm thẻ)、ニッポンテナガエビ(tôm càng xanh)の3種で、田の水質と季節に合わせて種類を替える。
収益の実例として、地元のグエン・ティ・オアイン(Nguyễn Thị Oanh)さんは前年、経費を差し引いて約5,000万〜6,000万ドンの利益を得たと紹介されている。1円=約170ドンの目安で換算すると、およそ30万〜35万円にあたる(1戸・1シーズンの数字)。堤防の外という条件の悪い土地で、コメ一本では出しにくい副収入をつくり出している点が要点だ。行政側は視察・技術研修・技術移転に加え、種苗や資材の支援、技術職員の派遣で立ち上げを後押ししている。
農薬を使えないエビが、結果として「有機に近いコメ」を生む
トム・ルアが環境と相性が良いのは、標語ではなく仕組みの問題だ。同じ田でエビを育てる以上、農薬や殺虫剤を強く使えばエビが死ぬ。だから農家は薬剤を極力使わない選択に追い込まれ、その結果としてコメも低農薬で育つ。メコンデルタの研究でも、この「エビがいるから薬を使えない」制約が、コメを実質的に無農薬に近づけ、単価と需要の押し上げにつながってきたと整理されている。塩水期にエビ、淡水期にコメと使い分けるサイクルは、水を張り替えるだけで塩分と病害のリセットにもなり、連作障害を避けやすい。
タインホア省では稲田にオニテナガエビを混ぜて同じ土地の収益を1.5〜3倍にした例があり、水産と稲作を1枚の田で両立させる発想はメコンデルタに限らない。タインホアの稲田でオニテナガエビ混養、同じ土地の価値が1.5〜3倍にと読み比べると、ルオンタムの取り組みが特殊事例ではなく、ベトナム各地で同時多発している適応策の一つだと分かる。
メコンデルタ約21万haの中で、カントーは「後発だが伸びしろ」の位置
トム・ルア自体はメコンデルタ全体で2020年時点で約21万9,000ヘクタールに広がっており、主産地はキエンザン(約10万ha)、バクリュウ(約5.8万ha)、カマウ(約3.8万ha)、ソクチャン(約9,700ha)だ。カントー(旧ハウザン地域)の250ヘクタールは規模ではまだ小さいが、堤防外の塩害地を新たに取り込んでいる点で伸びしろが大きい。産地ごとの立ち位置を整理すると次のようになる。
| 産地 | トム・ルア面積の目安 | 特徴 |
|---|---|---|
| キエンザン | 約10万ha | メコンデルタ最大の集積地 |
| バクリュウ | 約5.8万ha | 加工・輸出企業との距離が近い |
| カマウ | 約3.8万ha | マングローブ・エビの有機認証で先行 |
| ソクチャン | 約9,700ha | 沿岸部で塩水管理の経験が厚い |
| カントー(旧ハウザン) | 約250ha | 堤防外の塩害地を新規開拓、行政支援で拡大中 |
カマウ省では塩害を治さず前提として受け入れ、耐塩性の作物や低排出エビで付加価値をつくる動きが進んでいる。塩害を災害ではなく産業条件として扱うこの発想は、ルオンタムの取り組みと地続きだ。塩害は治さない——カマウの耐塩農業が生んだ「植物の塩」という商機もあわせて見ておきたい。
日本の調達が見るのは「認証への道筋」——カマウのNaturland実績が下地
ここからが日本の食品・外食にとっての本題だ。ベトナムはインド、エクアドルに次ぐ世界3位のエビ輸出国で、日本は米国・EU・中国・韓国と並ぶ主要な輸出先になっている。日本のバイヤーが低投入型のトム・ルアに関心を持つ理由は、単価の安さではなく「環境負荷の低さを第三者が証明できるか」にある。
その受け皿はすでにベトナム側に存在する。カマウ省ではマングローブ・エビが2000年代からドイツのNaturland、EU Organic、Bio Suisseといった有機認証を取得してきた実績があり、大手のミンフー(Minh Phu)はトム・ルアでASC・BAP・有機の各認証を取りにいく方針を打ち出している。低排出エビの産地化を狙う動きも各地で始まっており、EUとNGOが42か月、カマウの「低排出エビ」は調達の証明になるかで扱ったように、証明の仕組みそのものが調達価値になりつつある。ルオンタムの250ヘクタールは現時点で有機認証を掲げているわけではないが、農薬を使いにくい生産構造は認証取得と矛盾しない。日本側が見るべきは「今すでに有機か」ではなく「認証への道筋が現実的か」という点だ。
塩害地から適応、そして商機へ——ルオンタムがたどる時間軸
ルオンタムの歩みは、塩害という制約が産業条件へ読み替えられていく時間の流れの上にある。かつては乾季の塩水が稲の収量を削る災害だったが、その塩水をエビの資源に振り替えたことで、堤防外の不利地が副収入を生む土地に変わった。次に控えるのは、農薬を使いにくい生産構造をASC・BAP・有機といった第三者認証へつなげられるかという段階だ。カマウのマングローブ・エビがNaturlandやEU Organicを積み上げてきたように、証明の仕組みが整えば、250ヘクタールという小さな産地でも「環境負荷の低さを説明できるエビ」として対日の棚に届く余地が出てくる。そのとき前提になるのは、塩水期のエビと淡水期のコメが年間を通じて途切れず回り、ウシエビ・バナメイ・テナガエビの数量とサイズに見通しが立っていることだ。少量でも物語のあるエビを求める国産志向の外食や、環境配慮を打ち出したい食品メーカーにとって、ルオンタムが候補として現実味を帯びるのはこの先の話になる。塩害という気候の制約を、そのまま調達側の差別化材料へ変えられるかどうかが分かれ目になる。