ベトナム農業環境省の漁業・漁業監視局(Cuc Thuy san – Kiem ngu)が、養殖水産物の「動物福祉(アニマルウェルフェア)ロードマップ」を打ち出した(2026年6月29日、nongnghiepmoitruong.vn 報道)。最初の対象はエビとパンガシウス。日本の食品バイヤーや輸入業者にとっては、越産養殖の調達条件がまた一段変わるサインになる。福祉への配慮が、コストや規制の話にとどまらず、輸出先の棚に載るかどうかを左右する「市場アクセスの条件」へと移りつつあるからだ。
何が発表されたのか
漁業局が示したのは、養殖現場に動物福祉の考え方を段階的に導入していくための道筋だ。柱は大きく4つに分かれる。まず主要養殖種の飼育実態と導入ニーズを調べる評価フェーズ、次に農家・企業への周知と研修、そして飼育環境・栄養・健康管理・福祉モニタリングを織り込んだ技術指針の整備、最後に導入効果の検証だ。土台に置かれているのは、家畜福祉で国際的に共有されてきた「5つの自由」(飢えや渇きからの自由、不快からの自由、痛み・傷害・病気からの自由、正常な行動を表現する自由、恐怖・抑圧からの自由)という枠組みである。
漁業局のニュー・ヴァン・カン副局長は、動物福祉が国際的なサプライチェーンにアクセスするうえで「ますます重要な市場要件になっている」と述べた。裏を返せば、これは倫理的な理想論としてではなく、輸出競争力の実務課題として持ち出されているということだ。
なぜ今、福祉なのか
背景には、主要輸出認証が相次いで福祉基準を取り込み始めた流れがある。養殖の国際認証であるASC(水産養殖管理協議会)、GlobalGAP、BAP(Best Aquaculture Practices)は、これまで水質・病害管理・食品安全を中心に評価してきた。ここに、健全な取り扱いやストレス低減といった福祉の観点が加わりつつある。買い手であるEUや北米の大手小売が、動物福祉を調達方針に明記する動きと連動している。
ベトナムにとってパンガシウスは特に事情が切実だ。ベトナムは世界のパンガシウス供給の5割超を占め、輸出量では世界の約9割を握るとされる。事実上の産地独占に近い品目だけに、買い手側の要求が変われば、産地全体が同じ方向に動かざるを得ない。福祉をめぐる要件が「輸出の前提」に変わったとき、対応が遅れれば独占的な立場そのものが揺らぐ。ロードマップがパンガシウスを筆頭に挙げた理由は、ここにある。
民間はすでに走り出している
国のロードマップに先行して、現場では実証が進んでいる。福祉評価の専門機関FAIとベトナムの食品コンサルティング企業Fresh Studioは、ベトナム初のパンガシウス福祉評価プロトコルの開発に着手した。国内100以上の養殖場でテスト・検証を行い、2026年中の完成を目指す。評価軸は環境・健康・栄養・行動の4カテゴリーで、養殖だけでなく輸送・加工まで含めたサプライチェーン全体を対象にする点が特徴だ。
Fresh StudioのJoe Pearce氏は「福祉の改善は、より健康な魚と高品質な製品につながるだけでなく、農家の経営の強靭さも高める」と語る。FAIのØistein Thorsen CEOも、福祉が改善されれば魚の抵抗力が増して斃死率が下がり、品質と生産性を安定して出せるようになる、という趣旨を述べている。福祉はコスト増ではなく歩留まり改善の手段になりうる、という現場の論理だ。国の政策と民間の実証が同じタイミングで走っていることが、この動きの本気度をうかがわせる。
数字で見るベトナム水産の現在地
福祉対応の巧拙が効いてくるのは、まさに輸出が伸びている今だ。ベトナム水産物加工輸出協会(VASEP)などの集計によると、2026年1〜5月の水産物輸出総額は46億7000万ドルで前年同期比11%増。うちエビが約19億ドル(同11.5%増、水産全体の約40.4%)、パンガシウスが約9億500万ドル(同12.6%増)と、この2品目が輸出を牽引している。ロードマップが最優先に据えた品目が、そのまま輸出の主力と重なる。
| 項目 | 2026年1〜5月 | 前年同期比 |
|---|---|---|
| 水産物輸出総額 | 46億7000万ドル | +11% |
| エビ | 約19億ドル(全体の約40.4%) | +11.5% |
| パンガシウス | 約9億500万ドル | +12.6% |
日本の調達側は何を見ておくべきか
日本の買い手にとって、これは決して遠い話ではない。パンガシウスはすでにイオンがASC認証品を国内で先行販売し、ASC認証エビも売り場に並ぶ。認証水産物の取り扱いを広げてきた小売にとって、産地側で福祉の枠組みが整うことは、調達の説明責任を果たしやすくなるプラス材料になる。ベトナム水産が中国シフトを強めるなかで日本の調達がどう動くかを追ってきた読者なら、福祉という新しい差別化軸が加わる意味は大きいはずだ。
実務的には、当面はロードマップが「任意の上乗せ基準」から始まる可能性が高い。だからこそ、いま取引のある養殖場や加工業者が福祉プロトコルの実証に参加しているか、ASC・GlobalGAP・BAPの更新時に福祉項目がどう扱われるかを、契約更改の前に確認しておく価値がある。福祉対応が進んだ産地・加工場を早めに押さえておけば、要件が本格的な条件に切り替わったときの供給途絶リスクを避けられる。すでに通年養殖に挑む個別のエビ生産者のような先進的な現場も出てきており、こうした作り手は福祉対応でも先行しやすい。
市場への波及
ベトナムが国家レベルで福祉ロードマップを掲げたことは、東南アジアの養殖大国が「量と価格」の競争から「品質と信頼」の競争へ軸足を移そうとしていることの表れでもある。産地独占に近いパンガシウスで福祉基準を先取りできれば、それは価格交渉力にも直結する。一方で、飼育密度やストレス低減、人道的な締めといった論点は設備投資や作業手順の見直しを伴うため、小規模農家との足並みをどう揃えるかが今後の焦点になる。日本の買い手としては、福祉を「越産養殖の新しい付加価値」と前向きに捉え、産地の移行を後押しする調達方針を早めに整えておくことが、安定調達と差別化の両取りにつながる。
参照元
Nong nghiep Moi truong: Lo trinh dam bao phuc loi cho thuy san nuoi tai Viet Nam
Hatchery International: Welfare protocol in development for Vietnam’s pangasius sector