ベトナム北中部タインホア省の沿岸で、伝統的な池の養殖から高度な閉鎖循環型のバナメイ養殖へ転換した一人の元漁師が、年商およそ120億ドン(約7,000万円、1万ドン≒約59円換算)を稼ぐ現場として報じられた(2026年7月1日、Nong nghiep va Moi truong報道)。ホアンチャウ地区のレ・ヴァン・フオン氏の農場は5ヘクタール・38池で年間50〜70トンを出荷し、純益は約50億ドン(約3,000万円)に達する。エビを日本へ調達する輸入業者にとって、この一農家の設備投資と管理手法は「越産バナメイの高度化がどこまで進んだか」を測る等身大のものさしになる。
元漁師が5ha・38池へたどり着くまで
フオン氏が高度化に踏み切ったのは2018年、まず約1ヘクタールの試験区からだった。天候の不順、病害の増加、天然種苗の枯渇が重なり、従来の粗放養殖では収量が落ち込んでいた。この試験区で成果を確かめたうえで規模を広げ、2021年ごろまでに総額約100億ドン(約6,000万円)を投じて現在の5ヘクタール・38池体制を築いた。周辺住民およそ20人を雇う地域の受け皿にもなっている。海に出て魚を追っていた漁師が、陸上の管理型養殖の経営者へと役割を変えたことになる。
「3段式」閉鎖循環という中身
報道が核心に据えるのが、ネットハウス(雨よけの屋根付き池)の中で行う3段階の飼育工程だ。稚エビを小さな育成池で立ち上げ、成長に合わせて中間池、本養成池へと移し替えていく方式だ。池は防水シートを敷き、汚泥を集める沈殿池と水処理系統を分けて設ける。水は取水・排水を閉じた循環でまわし、増設した水車で酸素を送り込む。水温・pH・溶存酸素・水質を継続的に監視し、抗生物質ではなく生菌などのバイオ資材で病気を抑える設計だという。
段階を分ける狙いは、飼育密度と水質を工程ごとに最適化して生存率を保ち、1回あたりの養殖期間を縮めて年3サイクルを回すことにある。海水を掛け流す粗放養殖と違い、外部の水系と切り離すことで病原の持ち込みを減らせる。広寧省でエビの通年養殖を実現した生産者の事例と同じく、季節と天候に依存しない生産へ近づける発想である。
数字で見る「一農家の高度化」
フオン氏の農場を数字で整理すると、投資と回収の関係が見えてくる。年商120億ドンに対して純益50億ドンは、売上のおよそ4割が利益として残る計算になる。設備投資約100億ドンは、単純化すれば年間純益のおよそ2年分で回収できる水準だ。もちろん種苗・飼料・電力・人件費が乗るため実際の投資回収はこれより長引くが、粗放養殖で収量が読めなかった時期と比べれば、経営として計画が立つ状態に移ったことがうかがえる。
| 項目 | 数値 | 円換算の目安(1万ドン≒約59円) |
|---|---|---|
| 養殖面積 | 5ヘクタール(38池) | — |
| 年間出荷量 | 50〜70トン(年3サイクル) | — |
| 年商 | 約120億ドン | 約7,000万円 |
| 年間純益 | 約50億ドン | 約3,000万円 |
| 総投資額 | 約100億ドン(2021年ごろまで) | 約6,000万円 |
| 雇用 | 約20人 | — |
| 飼育工程 | 3段式・年3サイクル | — |
タインホアが「北の養殖前線」になる背景
フオン氏は例外ではない。タインホア省では高度化した養殖を導入して「億ドン農家」になる生産者が続き、フオン氏はその代表例として紹介されている。ベトナムのエビ産地といえばメコンデルタのカマウやバクリューが定番だが、北中部の沿岸でも屋根付き池と閉鎖循環を組み合わせた集約モデルが根を張りつつある。産地が南に偏らず北へ広がれば、輸入側から見た調達先の分散につながる。冷凍加工品を日本へ送るカマウのブラックタイガー系統復活の動きとあわせて読むと、ベトナムのエビ供給が品種でも産地でも厚みを増していることが分かる。
日本の輸入業者が読むべき3つの示唆
第一に、抗生物質に頼らない管理が広がりつつある点だ。日本市場は残留基準が厳しく、抗菌剤の不使用を掲げる養殖工程は、加工・輸出の段階での検査リスクを下げる方向に働く。バイオ資材で病害を抑える設計は、調達側が求めるトレーサビリティと相性がよい。
第二に、年3サイクルの通年供給に近づいている点だ。閉鎖循環と屋根付き池は、季節による端境期を薄めてサイズと出荷時期を読みやすくする。バナメイの加工品や寿司ネタ向けは日本・韓国向けで高単価がつきやすく、供給が安定するほど契約栽培や年間の数量約束が組みやすくなる。
第三に、この5ヘクタールが「点」でしかない点をどう見るかだ。一農家の成功は再現性の証明でもあるが、日本の商流に載る規模へ束ねるには、同じ工程で管理する農家を面でまとめる仕組みがいる。契約単位は個別農場ではなく、同一手法で連携した産地グループとして捉えるのが実務的だ。産地の高度化を「一人の億ドン農家」で終わらせず、束ねる相手を探す視点が調達の勝ち筋になる。