ベトナムの加工工場から「原料が上がったので単価を見直したい」という連絡が入ったとき、それを工場側の都合と読むか、相場の結果と読むかで打ち手が変わる。2026年9月25日午前、ファム・ザー・トゥック常任副首相との会合で、チュオンザン水産(Thủy sản Trường Giang)副社長のハン・ヴァン(Hàng Văn)氏が、原料魚が一時36,000ドン/kgまで上がり、輸出価格の換算値である33,000ドン/kgを上回ったと述べた。工場が原料を買うと赤字になる並びが、当事者の口から出た。パンガシウスは日本でも骨取りの白身魚フライや冷凍フィレとして流通しており、この逆ざやは日本の調達価格と数量の両方に効いてくる。本文の円換算は1万ドン=約61円(2026年9月下旬の実勢、1米ドル=約25,940ドン・157円台)で計算した。
副首相との会合で出た「原魚36,000ドン、輸出換算33,000ドン」
会合は農林水産物の輸出企業と業界団体が政府に対して詰まりを申し立てる場で、出てきた論点は資金、税、土地、原料生産地域、トレーサビリティ、輸出手続きだった。パンガシウス業界からの発言がハン・ヴァン氏のもので、原料魚の36,000ドン/kg(約219円)に対し、輸出価格から逆算した支払い可能額が33,000ドン/kg(約200円)。差は3,000ドン/kg、約18円である。
ハン・ヴァン氏は同時に、高度技術型の養殖区を広げようとしても水処理と循環設備を入れる土地がまとまらないと述べ、養殖区の計画を見直してほしいと求めている。原料が足りないから増やしたいが、増やす場所の手当てが先に詰まっているという順番だ。会合に出た企業の多くは、種苗と原料品質とトレーサビリティを加工と輸出先の需要に結び直すべきだという整理をしていた。
原魚3kg前後でフィレ1kg、値動きは増幅されて効く
原魚の価格とフィレの輸出価格を並べて比べられるのは、加工の取り率がほぼ決まっているからだ。パンガシウスは6〜8か月飼って800〜1,100gで出荷するのが標準で、そこから皮と骨を抜いてフィレにする。取り率は魚のサイズとトリミングの程度で動き、文献や業界資料でも30〜35%前後と値が割れて一つの数字に固まらない。おおよそ原魚3kg前後でフィレ1kgという桁で見ておくと、価格の話が噛み合う。残りは皮、骨、腹身、脂として副産物に回る。
この比率が意味するのは増幅だ。原魚が1kg当たり3,000ドン動けば、フィレ1kgの原料コストでは1万ドン近い差になる。工場から見て、原魚の小さな上昇は製品原価では小さくない。逆に言えば、工場が単価見直しを言ってくるタイミングは、原魚が数千ドン動いた時点で説明がつく。
ただし33,000ドン/kgという数字の出し方は公表されていない。どの取り率で、加工費と副産物の売上をどう織り込んだのかが書かれていないため、これは業界共通の定数ではなく、同社が自社の原価で引いた損益分岐点として読むのが妥当だ。買い手として使えるのは水準そのものより、「原魚が一定の線を越えると工場は買い控える」という挙動のほうである。
稚魚が一時90,000ドン、池を空けた養殖者が戻ってこない
原魚が上がった要因として現地で挙げられているのは、供給側の細りだ。パンガシウスは6〜8か月の飼育期間がある。魚価が低かった期間に多くの農家が池を空け、放養を減らすか離業した。加工と輸出の需要が戻ったとき、出荷サイズに達した魚が注文に足りず、価格が押し上げられた。メコンデルタの取材では、この筋立てが企業と協同組合の双方から語られている。
種苗も細っている。種苗業者によれば寒波と気候の振れで育苗段階の損失率が高く、供給が薄い。100尾/kgの稚魚が1尾約1,000ドン(約6円)、30〜35尾/kgのサイズは70,000〜75,000ドン/kg(約425〜455円)で、一時は90,000ドン/kg(約547円)を超えた。通常の何倍もの水準である。稚魚の生存率が50%を下回るとも報じられており、放養の判断が重くなっている。
採算そのものは悪くない。VASEPの算定では平均生産原価が24,000〜26,000ドン/kg(約146〜158円)で、現在の魚価なら養殖者の利益は8,000〜10,000ドン/kg(約49〜61円)出る。それでも戻らないのは、飼料と薬と稚魚の投入コストが高く、借入で養殖を回している層が再開に踏み切れないからだ。飼料は上がるばかりで下がらないという声が現地に残っている。飼料要求率はベトナムで1.57〜1.69とされ、原価の効き方が飼料価格に強く依存する構造でもある。
つまり36,000ドンは、養殖者が値を吊り上げた結果ではない。原価が上がった状態で供給が細り、その両方が同時に価格に乗っている。メコンデルタの足元の相場は、0.8〜1kg/尾の原魚で33,000〜35,000ドン/kgと報じられている。2025年末より5,000〜7,000ドン高い水準で、36,000ドンはそこからさらに上振れした一時の値である。工場が買えず、農家も増やせない帯が、33,000ドンと36,000ドンの間にできている。
市場別に見ると中国4億1,700万ドル、日本3,631万ドル
需要側は伸びている。VASEPによると2026年8か月のパンガシウス輸出は15億ドル(1,5 tỷ USD、約2,360億円)で前年同期比10%増、8月単月は2億500万ドル(205 triệu USD)で前年同月比6%増。市場ごとの差は開いている。
| 市場 | 8か月の金額 | 前年同期比 | 構成比 |
|---|---|---|---|
| 中国・香港 | 4億1,700万ドル(417 triệu USD、約657億円) | 29%増 | 27% |
| 日本 | 3,631万ドル(36,31 triệu USD、約57億円) | 20.8%増 | 約2.4% |
| 米国 | 金額は非公表 | 約14%減 | 非公表 |
| 全市場 | 15億ドル(1,5 tỷ USD) | 10%増 | 100% |
8月単月で見ると中国が6,000万ドル(60 triệu USD)で18%増、日本が547万ドル(5,47 triệu USD)で23.7%増。伸び率では日本が中国を上回るが、金額の桁が二つ違う。中国は8か月累計で、金額にして日本の11倍を超えて買っている。ブラジルについてVASEPは伸びを押し上げている市場として名前を挙げているが、8月時点の金額は公表していない。価格の高い動物性たんぱくの代替としての需要が背景にあるという整理までが確認できる範囲だ。
米国は8月単月で50%超の減少、8か月で約14%の減少。VASEPが要因として挙げているのは関税の積み上がりで、2026年2月24日から150日間の10%の輸入付加金がかかり、7月24日の終了後は301条で12.5%の追加関税が乗った。パンガシウスの場合、これが既存の反ダンピング税に上乗せされる。米商務省が8月12日に公表したPOR21の最終結果では、企業別税率が暫定値から大きく上がり、Bien Dong Seafoodが0.29→1.00ドル/kg、CASEAMEXとNAVICOが0.23→0.84ドル/kg、NTSF Seafoodsが0.07→0.38ドル/kg、個別税率のない企業に適用される全国一律税率は2.39ドル/kgに据え置かれた。
現地の養殖者と工場はいま何を言っているか
いまの魚価なら養殖者の手元には8,000〜10,000ドン/kgが残るというのがVASEPの算定だが、現地で出てくる話は採算の数字だけでは動いていない。
カントーのパンガシウス協同組合の理事長は、飼料と水産薬の価格が上がる一方で下がらないため、多くの農家が次の養殖に踏み込めないと述べている。この組合は組合員28戸の全員が数か月にわたり養殖を止め、組合自体も操業を休んでいる。加工企業から魚代の未払いが10億ドン(約607万円)規模で残っており、理事長は回収に動いているが、相手側も資金が詰まっているため終わっていない。残って養殖している農家は自己資金に余裕がある層で、借入で回している層は再開していないという説明だった。
買う側も慎重だ。カントーのトットノット地区にある加工企業の社長は、魚価が上がっていても深く踏み込まず、国内市場向けの製品に必要な分だけ自社で養殖していると話している。以前は輸出も手掛けていたが、取引先との行き違いが続いたため長期の計画を立てていない。
この社長の発言のなかで日本の買い手が押さえるべきなのは購買の型の変化だ。以前は輸入バイヤーが年初、年央、年末の繁忙期と計画を決めて買っていたが、市況が読みにくくなった結果、季節ごと注文ごとの対応に変わったという。長期の数量見通しを出せる買い手が、現地では希少になっている。
中国とブラジルが買い上がると日本は何番目に並ぶか
原料が足りない局面で、工場は注文を選ぶ。選ぶ基準は量と規格の単純さと決済の速さだ。ここで市場ごとの性質の差が出る。
VASEPの記述では、中国向けは消費用と加工用の両方の商品群が対象になっている。再加工に回す原料も含むということは、仕上げの規格が比較的緩く、1コンテナ当たりの手間が軽い注文が取れるという意味になる。これに対し日本向けは、皮と骨を抜いた冷凍フィレが中心と明記されている。サイズ指定、歩留まり指定、異物基準が重なり、同じ原魚から作っても工程の手間が厚い。金額で中国の11分の1という規模で、しかも手間が重いほうが後ろに回るのは、工場の判断として自然だ。ブラジルも価格の安さを武器に量を取る市場で、日本より前に並ぶ。
順番だけを見れば日本は不利に見える。ただし業界側の見方は違う。パンガシウス業界は2026年の輸出目標を23億ドル(2,3 tỷ USD、前年比5%増)に置き、その達成に向けて余地の大きい地域として中東、ASEAN、そして日本を名指ししている。中国の供給リズムを保ちながら、この三つを開けるのが鍵という整理だ。つまり日本は「量は小さいが、伸ばしたい先として名前が挙がっている市場」に位置している。量で押せない代わりに、続けて買う相手としての価値で交渉できる余地がここにある。極洋が越産パンガシウスの取り扱いを広げ、対日輸出が20%伸びた経緯も、この流れの上にある動きだ。
契約の形と規格で、買える確度は変えられる
打ち手は三つの層に分かれる。
ひとつは契約の形だ。現地企業が注文ごとの対応に切り替えている状況は、裏を返せば期間契約を出せる買い手が目立つ状況でもある。数量と期間を約束する代わりに、原料が緩む局面での供給の優先順位を取りにいく交渉ができる。価格の固定にこだわるより、原魚価格を参照指標にした改定条項を入れるほうが現実的だ。VASEPはドンタップなど産地ごとの水産原料価格を週次で公表しており、双方が同じ数字を見ながら改定できる。フロアプライスを置く場合も、養殖側の原価が24,000〜26,000ドン/kgという水準にあることを踏まえれば、どこに床を敷くと相手が池を埋め続けられるかの見当がつく。
ふたつめは規格の見直しだ。原魚の主流サイズは0.8〜1kg/尾で、それより大きい魚を求めれば飼育期間が延び、供給が細い局面ではプレミアムが乗る。サイズ幅を1段広げる、トリミング等級を1段落とす、切り身の目方公差を緩めるといった調整は、単価の話をせずに歩留まりを作れる。価格を比べるときは、氷衣(グレーズ)の率と水分を揃えて正味重量ベースに直す。同じ1kgでも実際の魚肉量が違えば、単価の比較は成立しない。
みっつめは魚種の振り替えだ。対日ティラピアが8か月で77%増え、刺身に回るのは1.7kgの汽水魚だという動きは、白身魚の枠をパンガシウス以外で埋める選択肢になる。天然白身魚の品薄を受けてヴィンホアンが日本にも販路を広げているように、供給側も代替の受け皿を作りに来ている。用途が加熱調理なら魚種の置き換えは通しやすく、生食用途なら難易度が上がる。自社の用途を洗い出して、置き換え可能な枠がどれだけあるかを先に数えておくと、値上げ交渉の幅が変わる。
米国向けが細ると、日本の棚にも回り方が変わる
米国向けが8か月で約14%減り、8月は半分以下になったことは、日本にとって二つの方向に効く。ひとつは、米国に出せなくなった分が他市場に回るため、中期的には玉が緩む可能性がある。もうひとつは、米国向けに作っていた歩留まりと規格の生産ラインが余るため、規格の相談がしやすくなることだ。
ただし玉が緩むかどうかは原魚の回復速度で決まる。稚魚の供給と放養が戻り、6〜8か月後に出荷サイズが揃うまでは、輸出先が減っても原料の側が詰まったままになる。次の出荷が厚くなるのは、放養が本格的に戻った時点から半年以上あとだ。この時間差を頭に入れずに「米国が減るなら安く買える」と読むと、手当ての時期を外す。
ブラジル側にも動きがある。ブラジルの加工業界が越産ティラピアのフィレに年1万6,200トンの輸入枠を提案しているため、ティラピアとパンガシウスでブラジル向けの通り方が分かれる可能性がある。振り替え先としてティラピアを見るなら、この枠の議論も一緒に追うことになる。
この相場で日本の買い手が次にやること
工場からの値上げ要請は、原魚36,000ドンと輸出換算33,000ドンという当事者の数字で説明がつく。強欲ではなく相場の結果だと読めれば、交渉の相手は価格ではなく条件になる。
順番として現実的なのは、まず現行契約の価格根拠を原魚価格に紐づけ直すことだ。産地の週次原料価格が公開されているため、参照指標は用意できる。次に自社の用途別に、規格をどこまで緩められるかとパンガシウス以外に振り替えられる枠がどれだけあるかを数える。そのうえで、数量と期間を約束できる用途から期間契約を持ち込み、供給の優先順位と引き換えにする。原魚が緩む局面は放養の回復から半年以上あとに来るため、それまでの手当てを先に組んでおく。
取引先の工場に当たるなら、最初に聞くのは自社の池と契約養殖の比率だ。自社池が厚い工場ほど、原魚の上昇を内側で吸収できる。そのうえで、原魚の調達単価をどの指標で見ているかを確かめる。産地の週次価格を見ている相手なら、改定条項の話がそのまま通る。最後に、日本向けのラインが中国向けと同じ原魚から取られているのかを聞く。同じ原魚なら、原料が細った局面で日本向けの注文が後ろに回る。ここまで聞けば、相手が値上げを吸収できる余地と、注文が後回しになるリスクの両方が見える。
参照元
- VietnamBiz「Giá cá tra nguyên liệu cao hơn giá xuất khẩu, doanh nghiệp gặp khó thu mua」(原典は政府電子新聞)
- VASEP「Xuất khẩu cá tra 8 tháng: Duy trì đà tăng, Trung Quốc và Brazil tạo lực đẩy」
- VASEP「Mỹ công bố kết quả cuối cùng POR21 thuế chống bán phá giá cá tra Việt Nam」
- Tiền Phong「Giá cá tra tăng kỷ lục, vì sao người nuôi vẫn ‘treo ao’?」
- Soha「Trung Quốc, Nhật Bản, Brazil đồng loạt báo tin vui cho Việt Nam」(VASEP統計の市場別内訳)
- Doanh nghiệp & Tiếp thị「Xuất khẩu cá tra sang Nhật Bản tăng hơn 20%」
- The Fish Site「Pangasius farming: an overview」(飼育期間・出荷サイズ・単位面積収量)
- Aqua Culture Asia Pacific「Pangasius fish nutrition revealed」(飼料要求率)