ベトナムの加工工場に日本から届く注文書で、ここ数年いちばん大きく変わったのは数量の欄ではなく形状の欄だ。無頭のブロック凍結で何トン、という書き方から、1尾あたりの重量と長さ、尾の付け方、背を開いた後の伸ばし具合まで指定が入るようになった。ベトナム水産輸出者協会(VASEP)が2026年10月2日に出した世界水産ニュースの要約には、日本の大手4社が外食と小売の作業を減らす狙いで、むきえび、背開き(バタフライ)、寿司用、天ぷら用、衣付き、下処理済みといった深加工品を増やしているという記述が入っている。ただしこの記述は日本の水産専門紙の報道をベトナム語に要約したもので、原紙の記事そのものは特定できていない。
VASEPの10月2日付がニッスイ・極洋・ニチレイ・ウミオスの深加工増を伝えた
VASEPの要約に出てくる4社は、ニッスイ、極洋、ニチレイ、ウミオスである。4社が外食と小売の手間を減らす狙いで深加工品の比率を上げているという整理で、具体的な製品の形としてむきえび、背開き、寿司用、天ぷら用、衣付き、下処理済みが並ぶ。ニッスイについてはさらに、ベトナムとインドネシアで加熱済みのバナメイを背開きにした製品を作っており、解凍するだけで使える形で6サイズ展開しているという記述がある。
VASEPの要約は理由を二段に分けて書いている。商品側の理由は、外食の厨房と小売のバックヤードで包丁を入れる作業を減らすこと。もう一段が、日本国内の人手不足で加工の工程そのものを生産国へ移す動きだ。殻をむき、背を開いて伸ばす工程は機械化しきれないまま人の手に残っていて、国内で人を集められないなら工程ごと人のいる場所へ出す。ベトナム側が自分たちの売り物を人手と工程だと読んでいるのは、この二段目のほうだ。
VASEPの当該項目には出所の記載がない。同じ記事が媒体名を挙げているのは別の項目(日本の8月の水産物輸出が39,357トン・316.7億円)で、そちらはみなと新聞を出所としている。4社の深加工についてはVASEPの記述が唯一の手がかりで、各社がそう発表したわけではない。
各社の公式情報で裏が取れた部分は、このあと会社ごとに分けて見ていく。
冷凍えびの数量だけ見ると、深加工が増えるほど市場が縮んで見える
エビの輸入統計を読むときに先に押さえるのはHSコードの割れ方だ。有頭の冷凍えび、無頭の冷凍えび、衣付きや味付けなどの調製品は別の番号に入る。背開きや寿司用のように工程が進んだ品は調製品の側へ移っていくので、冷凍えびの数量だけを追うと、深加工が増えるほど市場が縮んで見える。期間の取り方も暦年と年度で結果が変わる。
これは細かすぎる作法ではなく、エビの統計では実際に噛み合わなくなる。エビは有頭と無頭、殻付きとむき身、加熱済みと未加熱でHSコードが分かれる。「冷凍えび」と書かれた数字が、どのコードの合計なのかで水準が変わってしまう。加工度の高い衣付きエビは調製品の側に入るので、深加工が増えるほど「冷凍えび」の数量だけを見ていると市場が縮んだように見える。期間も、暦年の1月から7月までの累計なのか年度の7か月なのかで、前年比の符号が入れ替わることがある。
二次情報の数字をそのまま社内の仕入れ稟議に貼ると、後から集計範囲の違いを指摘されて資料ごと使えなくなる。数量の議論をするなら、自分で引いたHSコードと期間を明示した数字を持っていくほうが結局は早い。相手の工場に数量を示して値段を交渉する場面でも、根拠の出所を言えるかどうかで話の進み方が変わる。
極洋はタイ子会社の事業を「寿司種、煮魚・焼魚等の製造」と自社で書いている
4社のうち、海外での加工を公式サイトで最も具体的に書いているのは極洋だ。グループ会社一覧には、タイのサムットサコン県にあるKYOKUYO GLOBAL SEAFOODS Co.,Ltd.の事業内容が「寿司種、煮魚・焼魚等の製造」と記載されている。ベトナムにはKyokuyo Vina Foods Co.,Ltd.がホーチミン市にあり、こちらの事業内容は「食品の製造等」である。
「寿司種の製造」という一行は読み飛ばしやすいが、中身は重い。寿司種は日本の回転寿司や持ち帰り寿司の棚にそのまま並ぶ最終形態で、それを現地の自社工場で作ると会社が自社の会社紹介に書いている。外に出しているのは原料ではなく、原料を最終形態まで持っていく工程そのものだ。
ニッスイの海外グループ会社一覧には、ベトナムにNIGICO Co., Ltdがある。所在地は国道1A沿いのカマウ省ジアライ地区で、事業内容は「水産品・食品の販売」と記載されている。カマウはベトナムのエビの中心地で、立地としては噛み合う。ただし公式の記載は「販売」で、加工については書かれていない。
| 会社 | 公式サイトに載る東南アジアの会社 | 所在地 | 公式記載の事業内容 |
|---|---|---|---|
| ニッスイ | NIGICO Co., Ltd | ベトナム・カマウ省ジアライ地区(国道1A沿い) | 水産品・食品の販売 |
| 極洋 | Kyokuyo Vina Foods Co.,Ltd. | ベトナム・ホーチミン市 | 食品の製造等 |
| 極洋 | KYOKUYO GLOBAL SEAFOODS Co.,Ltd. | タイ・サムットサコン県 | 寿司種、煮魚・焼魚等の製造 |
VASEPの要約は、ニッスイがベトナムとインドネシアで寿司用のエビ製品を生産していると書いている。このうちインドネシアの側は確認できなかった。ニッスイの海外グループ会社一覧に載っているのは北米、南米、ヨーロッパ、アジア・オセアニアの会社で、アジア・オセアニアの内訳はタイ、ベトナム、中国、台湾、ニュージーランド、オーストラリアである。インドネシアに所在する会社は出てこない。
これは生産していないという意味ではない。委託加工であれば自社法人は要らないし、一覧に載らない形の出資もある。生産の有無はこの一覧では決まらない。
ここは原料調達の実務でそのまま使える確認手順でもある。相手が公式に何を書いているかを、グループ会社一覧の事業内容の欄まで降りて読む。「製造」と書いてある会社と「販売」と書いてある会社に同じ仕様書を投げると、片方では話が前に進まない。社名の変更も同じで、マルハニチロのニュースページのURLは2026年10月初めの時点でumios.comへ転送される。社名変更は実施済みで、契約書や衛生証明書の宛名、取引先マスタの表記を直す作業が現場に残っている。
背開きを解凍だけで寿司ネタにするには、長さの選別とX線検査が要る
「解凍するだけで使える」という一行は、工場の側から見ると要求の束である。むき身を重量で揃えて凍らせるのと、背を開いて伸ばして寿司飯の上に乗る形にするのとでは、必要な設備と残すべき記録がはっきり違う。
背開きは、殻と背ワタを取ったむき身の背側を切り開き、腹側の筋を切って平らに伸ばす工程だ。むき身のままなら1尾あたりの重量が揃っていれば売れるが、開いて伸ばすと寿司飯の上での見え方は長さと幅で決まる。重量が同じでも、短くて厚い個体と長くて薄い個体では別物になる。サイズ選別が重量だけでは足りず、長さの選別工程が別に要る。ここは機械で代替しにくく、人の目と手でやる比率が高い。日本側が深加工を外に出す理由が、そのままこの工程の人手にある。
開く工程では身を切り落とすので、むき身より取り率が落ちる。歩留まりが落ちる分は、長さの揃った製品の単価で取り返すことになる。ベトナムの加工業者から見た勝ち筋が、養殖コストでも歩留まりでもなく最終形態までの工程を引き受けられるかに移っているのは、この取り率と単価の関係が理由だ。
異物の管理も形が変わる。開いて薄くなった身は金属検知機の感度を上げやすいが、殻の破片やエビの脚、池の砂は金属ではないので検知機にかからない。X線検査機を入れるか、目視選別の人数を増やすかのどちらかになる。全数検査にするか抜き取りにするかで、1日の処理量と要員の組み方が変わる。
解凍だけで使う前提だと、工場で火を通した後に菌数を落とす工程が入らない。最終工程より後ろの管理が効かないので、買い手はラインの温度帯、1尾が常温に触れている時間、器具の洗浄頻度、手袋の交換頻度が記録として残っているかを見にくる。日本側の規格基準そのものについては、食品衛生基準行政が2024年4月1日に厚生労働省から消費者庁へ移管されている。条文を引くときの参照先が変わっているので、古い社内資料を回したままだと出所が合わなくなる。輸入時の監視指導は、引き続き厚生労働省の輸入食品監視指導計画の枠組みで動く。
設備の並びで言えば、むき身の工程に追加で要るのは、長さを測る選別台、開いた身を並べるトレーとコンベア、そしてIQF用のトンネルフリーザーだ。ブロック凍結のプレートフリーザーしか持っていない工場は、1尾ずつ外せる製品を作れない。グレーズをかける水槽と凍結後の再計量も、氷衣の比率を注文書の値に収めるために独立した工程として置く必要がある。どれも単体で高額な設備ではないが、ラインの前後をつなぎ直す話になるので、既存の無頭凍結のラインをそのまま使うわけにはいかない。
包装の形も「解凍するだけ」の成否を決める。1尾ずつバラで凍らせたIQFなら、必要な枚数だけ外して解凍できる。ブロックで凍らせてあると全量を解かすことになり、店の運用に乗らない。氷衣の重量比、ネット重量の表示、尾を残すか落とすか、尾の黒変、曲がりや割れの許容範囲まで、注文書の形状の欄に入る項目は増え続けている。
仕様書に落ちる項目も増える。1尾あたりの重量の上下限、伸ばした後の長さと幅、尾の処理、黒変と曲がりの限度見本、氷衣の比率、金属検知とX線の設定、1ロットの大きさとトレーサビリティの単位。ここまで書き込まれた仕様書に毎回同じ品物を合わせられる工場は、原料の値段が上下しても取引が切れにくい。価格表だけで勝負している工場は、相場が動くたびに相手が入れ替わる。
ASC飼料認証15工場やイカ・タコの寿司ネタと並べると、残っている伸びしろは工程側にある
川上の整備はベトナムで進んでいる。ASC飼料認証を持つ飼料工場がベトナムで世界最多の15か所になったという話は、原料として買える条件が揃いつつあることを示す。ただし認証は買える条件の話で、最終形態を作れるかどうかとは別の軸だ。認証が揃っても、長さを揃えて開いて伸ばす工程がなければ寿司種の注文は来ない。
価格の側はもっとはっきりしている。エクアドル産エビの池揚げ価格と、ベトナムの経営者が加工と大型で戦うという話を以前扱ったが、池揚げの原料価格で勝てない相手がいるなら、価格の効き方が違う層に出るしかない。工程を売ると、価格の比較対象が原料のキロ単価ではなく、買い手が自社の工場でやった場合の人件費になる。同じ土俵で安さを競う話から降りられる。
この発想はエビの隣でもう動いている。寿司ネタのイカとタコを日本と韓国に売ろうとしているベトナムの食品会社は、カット、スライス、ボイル、整形まで工場でやる前提で売り先を探している。エビの背開きはその隣の工程で、冷凍設備と選別の人手の重なりも大きい。イカ・タコで通った工場は、エビの寿司種でも話を聞いてもらえる。
日本の調達担当が工場を見に行くときは、聞く順番を変えるだけで見えるものが変わる。池の面積と飼料の銘柄から入るのではなく、開いて伸ばす工程の要員が何人で1日何時間動くのか、長さの選別は誰がどの工程でやるのか、X線は全数か抜き取りか、IQFトンネルの処理能力はどれだけか。この順で聞くと、相手が原料を売りたい会社なのか工程を売りたい会社なのかが半日の視察で分かれる。極洋が自社のタイ子会社の事業内容を「寿司種、煮魚・焼魚等の製造」と書いているのは、エビの商売をまだ原料の話だと思っている側がいちばん読み落としやすい一行だ。