ベトナム産の黒胡椒をEUに入れるには、残留農薬に関する565もの項目をクリアしなければならない。ベトナム胡椒・香辛料協会(VPSA)が「世界で最も厳しい」と表現するこの壁を、ラムドン省のHoàngNguyên農協は986haのうち195.6haで有機認証を取り、有機胡椒約1,300トンを輸出することで越えた。畑で作って収穫するだけでは通用しない――この構造は、JAS認証まで視野に入る以上、日本の食品メーカーやスパイス調達にとっても他人事ではない。(2026年7月29日・Dân Việt報道をもとに考察)
EU向け黒胡椒は残留基準565項目、フランスは1月に未承認成分を全面遮断した
VPSA会長のHoàng Thị Liên氏によれば、EU市場向けの胡椒には残留農薬に関する565の項目が課される。これは単なる数の多さの話ではなく、基準の設計思想が変わりつつあることの表れだ。EUは2026年1月、発がん性や内分泌かく乱の疑いがある成分について、リスクベースからハザードベースへと考え方を移し、多くの未承認・失効成分の残留上限を検出限界に近い0.01mg/kgへ引き下げる方向に動いている。
フランスはさらに先行した。2026年1月5日付の政令AGRG2600034A(1月7日官報掲載)で、EUで禁止された特定の農薬成分が定量できる水準で残留する輸入食品について、フランス国内への輸入・流通を一時停止した。VPSAは会員企業に対し、胡椒や香辛料を輸出する前の残留検査を徹底するよう促している。つまり「畑の管理」がそのまま「市場に入れるかどうか」を決める段階に入った。
ネッドスパイスは2013年から3,600戸・14,000haを組織化し、有機50戸超まで届かせた
この壁を川上から崩しにいったのが、オランダ系のネッドスパイス(Nedspice)だ。同社のNedspice Farmers Partnership Programme(NFPP)は2013年にビンフオック省で始まり、ダクノン省・ビンズオン省へと広がった。現在はベトナムとインドを合わせて約3,600戸、面積にして14,000ha超が参加し、そのうちレインフォレスト・アライアンス認証が約600戸、農場持続可能性評価(FSA)修了が約600戸、有機認証が50戸超に達している。
NFPPの要点は、農家を「仕入れ先」ではなく「パートナー」として扱い、栽培研修・市場情報・買取価格のプレミアムをセットで提供したところにある。ネッドスパイスの購買・持続可能開発部門を率いるLê Thanh Hùng氏は、透明で持続可能なバリューチェーンづくりを事業の核に据えると語る。農薬の使い方を農家任せにしたままでは残留565項目は越えられない、という逆算がこの組織化の背後にある。
HoàngNguyên農協は986haのうち195.6haでUSDA・EU・JAS認証、有機胡椒1,300トンを送り出した
個別農家より一段大きな単位で証明を積み上げたのが、ラムドン省のHoàng Nguyên農協である。2018年5月設立、現在は202戸が加盟し、胡椒の作付面積は約986ha。このうち195.6haでUSDA・EU・JAS・カナダの各基準に対応した有機認証を取得し、これまでに有機胡椒約1,300トンを輸出してきた。
注目すべきは認証の顔ぶれだ。USDAとEUに加えてJAS(日本農林規格)が並んでいる点は、この産地がすでに日本市場を出口として意識していることを意味する。同じラムドン省の胡椒産地でも、高値局面でも化学多投に戻らず土と根の栽培へ転換した動きは栽培方法そのものを論点にしていたが、HoàngNguyênの986haが示すのは「認証という書類で市場アクセスを確保する」という別の勝ち筋だ。栽培の質と、それを第三者が保証する仕組みは、車の両輪として初めて輸出の生命線になる。
| 担い手 | 規模 | 認証・到達点 |
|---|---|---|
| ネッドスパイス NFPP | 約3,600戸/14,000ha超(越・印) | レインフォレスト約600戸・FSA約600戸・有機50戸超 |
| HoàngNguyên農協(ラムドン) | 202戸/986ha | 195.6haで有機(USDA・EU・JAS・加)/有機胡椒約1,300トン輸出 |
数字の桁は違うが、両者に共通するのは「認証を取れる状態まで農家をまとめ上げた」という川上の作り込みだ。EUや日本のバイヤーが最終的に買っているのは胡椒そのものと同時に、残留検査で弾かれない確からしさである。
JAS認証まで取った産地は、日本の調達にとって『検査で止まらない原料』になる
ここが日本の食品メーカー・スパイス調達にとっての読みどころだ。日本もEUと足並みをそろえるようにMRL(残留基準)の運用を厳格化しており、越産地は日本の新規制に先手を打つ形で夏の対日商戦へ準備を前倒ししている。EU向けに565項目を通せる管理体制を敷いた産地は、日本向けの検査でも通りやすい。EUという最も厳しい市場を基準に川上を整えた農協は、結果として日本向けの「歩留まりの高い調達先」になり得る。
もう一点、書類の設計も見逃せない。ベトナムは産地コード(growing area code)の取得要件を協同組合に限定していた運用を改め、事後検査を主導とする制度へ転換しつつある。トレーサビリティの起点が農協単位で整うほど、日本のバイヤーは「どの畑の、どの区画の胡椒か」を遡れるようになる。認証と産地コードは、残留基準という関門を通り抜けるための二枚のパスポートだ。
『作って収穫するだけ』では通用しない――日本の調達が確かめるべき三つの点
VPSA会長の「農家は栽培と収穫だけを考えていればよい時代ではない」という言葉は、ベトナム側への戒めであると同時に、買い手側への設計図でもある。日本の調達担当が越産胡椒の産地を評価するとき、少なくとも三つは具体的に確かめられる。ひとつ、有機やレインフォレストなどの認証が「農家戸数ベースで」どこまで浸透しているか。ふたつ、JASを含む対日仕様の認証を実際に保持しているか。みっつ、産地コードで区画までトレースが遡れるか。
ラムドンの986haやネッドスパイスの14,000haは、この三点を先回りで満たしにいった事例だ。価格が高い局面ほど、農家は目先の増収のために化学資材へ戻りがちになる。そこで踏みとどまり、認証という手間のかかる資産を積み上げた産地こそ、EUと日本という二つの厳しい市場を同時に相手にできる。日本の食品メーカーが越産スパイスを恒常的な原料に組み込むなら、価格表の数字より先に、この川上の作り込みを見に行く価値がある。