栽培の「秘伝」を隠すのが当たり前のドリアン産地で、技術を惜しみなく周囲に配る農家がいる。メコンデルタ・カントー市タンビン坊(旧ハウザン省フンヒエップ県)のレ・ヴァン・サウ氏だ。自らの5.5ヘクタール・1,000本の園地でVietGAPと栽培地コード認証を取得し、ノウハウを近隣農家に無償公開。20人超で「億万農家クラブ」を結成し、集落全体の所得を押し上げた。技術独占ではなく共栄を選んだこの産地形成は、安定調達と産地ブランド化を求める日本のバイヤーにとって示唆に富む。記事の公開日は2026年6月25日。
1,000本・年100トン超──サウ氏の園地
サウ氏の園地は5.5ヘクタールに約1,000本のドリアンを植え、年間100トン超を収穫する。VietGAP基準と、輸出に不可欠な栽培地コード(ベトナム語でmã số vùng trồng)を取得済みだ。年間の利益は50〜60億ドン(約2,950〜3,540万円、1万ドン≈約59円で換算)に達するという。
注目すべきは、サウ氏がこの成功を自分だけのものにしなかった点だ。「いつも地元の人にドリアンへの転換を勧め、技術を惜しまず共有する。みんなで一緒に豊かになるためだ」と語る。
「億万農家クラブ」という産地形成
サウ氏が2年以上前に立ち上げた「億万農家クラブ(Câu lạc bộ Nông dân tỷ phú)」には、タンビン坊の農家20人超が参加する。栽培の経験と技術を持ち寄り、共有する場だ。結果として、クラブの拠点であるタンフー集落は同坊で最も所得の高いエリアになった。
| 指標 | 数値(円換算) |
|---|---|
| サウ氏の園地面積 | 5.5ヘクタール |
| 植栽本数 | 約1,000本 |
| 年間収穫量 | 100トン超 |
| サウ氏の年間利益 | 50〜60億ドン(約2,950〜3,540万円) |
| クラブ参加農家 | 20人超 |
| 小規模世帯の年所得 | 7〜8億ドン(約413〜472万円) |
| 大規模世帯の年所得 | 10〜20億ドン超(約590〜1,180万円) |
カントー市全体では、こうした「億万農家クラブ」が3つあり、会員農家の所得を押し上げているとされる。個人の成功譚ではなく、面としての産地形成が進んでいる。
なぜ「共有」が産地を強くするのか
ドリアンは栽培難度が高く、開花・着果の管理や病害対策のノウハウが収量と品質を大きく左右する。技術を一人が抱え込めば、その園地は突出しても産地全体の評価は上がらない。逆に技術を共有すれば、集落単位で品質が底上げされ、栽培地コードの取得・維持や共同出荷がしやすくなる。
対中輸出で残留農薬や重金属の基準が厳格化するなか、産地ぐるみで管理レベルを揃えることは輸出継続の前提条件になりつつある。サウ氏の「共有モデル」は、人情論ではなく、輸出時代の産地が生き残るための合理的な戦略でもある。
原料をそのまま売るのではなく、産地としての物語と品質で価値を高める動きは、メコンの他産地でも見られる(関連記事)。「億万農家クラブ」は、その人的ネットワーク版といえる。
日本のバイヤー・農業関係者への示唆
日本の輸入・流通にとって、産地が「個」ではなく「面」で品質管理されていることは、調達の安定性に直結する。栽培地コードとVietGAPを集落単位で取得・維持する産地は、ロットの均質性とトレーサビリティで優位に立つ。サウ氏のクラブのような組織は、まとまった量と一定品質を確保するうえで交渉相手として現実的だ。
冷凍ドリアンの需要は韓国・米国を中心に拡大しており(関連記事)、日本でも業務用・加工用の引き合いが増える余地がある。中国市場が検査強化で不安定化する局面では、こうした管理体制の整った産地に、日本向けの高品質ロットを振り向ける交渉余地が生まれる。
技術共有による産地形成は、日本の産地ブランド化にも通じる発想だ。個々の農家が抱えるノウハウを地域で共有し、品質を底上げする──カントーの事例は、その効果を所得という形で可視化している。
まとめ
レ・ヴァン・サウ氏の「億万農家クラブ」は、技術独占という業界の常識を覆し、共有によって集落全体を豊かにした。VietGAPと栽培地コードを面で揃える産地は、輸出時代の品質・トレーサビリティ要件に強い。日本のバイヤーにとっては、安定調達のパートナー候補として、また自国の産地ブランド化のモデルとして、注視すべき動きだ。
「共有モデル」がもたらす面の経済
一人の篤農家が突出するのではなく、集落単位で所得が底上げされる点に、このモデルの本質がある。小規模世帯でも年7〜8億ドン(約413〜472万円)、大規模なら10〜20億ドン超(約590〜1,180万円)という所得水準は、技術が共有された結果として集落全体に行き渡っている。個々の園地の優劣ではなく、産地としての平均点が上がることで、買い手から見た「その産地のロットは外れが少ない」という信頼につながる。
技術を抱え込めば短期的には優位に立てるが、産地としての評価は積み上がらない。逆に共有すれば、栽培地コードの取得・維持や残留農薬管理を集落ぐるみで揃えやすくなり、輸出継続の前提条件をクリアしやすい。サウ氏の選択は、人情ではなく輸出時代を生き抜くための産地戦略でもある。日本の産地が抱える「高齢化と技術の属人化」という課題にも、示唆を投げかける事例だ。