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コーヒーの国が「低排出カカオ」に賭ける、ダクラク23農園の実証

コーヒーの一大産地として知られるベトナム中部高原ダクラク省で、カカオを「低排出」の看板で育てる試みが動き出した。2026年7月2日には現地4村の農家を集めた研修が開かれ、23農園・18.5ヘクタール規模の実証モデルが立ち上がった。生産から発酵・加工、輸出までを一本の鎖でつなぐ狙いで、視線の先には欧州・米国・日本の市場がある。西アフリカ産に偏ってきたチョコレート原料の調達地図に、アジアの小さな産地が名乗りを上げた格好だ。日本の製菓メーカーや原料商社にとっても、第三の候補地の輪郭がはっきりしてきた。

目次

ダクラク省で立ち上がった実証モデル

今回の取り組みを進めるのは、カカオ栽培を手がけるCacao Landと、資金面を担うLPF Fund、そして技術指導を担当するダクラク省農業普及センターだ。対象となるのはEa Ba、Duc Binh、Song Hinh、Ea Lyの4つの村(コミューン)。23戸の農家が23の実証農園を運営し、あわせて18.5ヘクタールに20,350本のカカオ苗が配られた。プログラム期間は2026年5月から12月までで、7月2日の研修会が農家教育の起点となった。

研修で示された技術の柱は、化学肥料を減らして有機物を増やすこと、総合的病害虫管理(IPM)、節水灌漑、そして日陰樹を組み合わせた混作による炭素の固定である。生産記録をデジタル化してトレーサビリティを確保する点も盛り込まれた。LPF Fundはこれに合わせて、集荷拠点や国際基準を満たす発酵センター、デジタル管理基盤の整備を計画している。単に苗を配って終わりではなく、集荷から発酵・加工までの受け皿を同時に用意しようとしているのが特徴だ。

なぜ今、コーヒーの産地がカカオに向かうのか

ダクラク省はロブスタ種コーヒーの心臓部として名を馳せてきた。そのコーヒー産地がカカオに力を入れる背景には、原料市場の構造変化がある。世界のカカオ相場は2025年前半に記録的な高値を付け、その後も供給不安を抱えたまま乱高下を続けている。西アフリカの主要産地が天候不順や樹木の高齢化に苦しむなか、トレーサビリティや農法の条件を満たしやすいアジア・中南米の産地に、原料調達の目が向き始めた。

もう一つの動因が、EUの森林破壊防止規則(EUDR)だ。2026年12月30日以降、EU域内で扱われるカカオなどの産品は、2020年末以降に森林を破壊していないことの証明を求められる。産地の位置情報と非森林破壊のエビデンスをそろえられない原料は、欧州市場から締め出されかねない。ダクラクの実証が最初からESG基準・トレーサビリティ・カーボンクレジットを掲げているのは、この規制の壁を「参入条件」ではなく「差別化の武器」に変える狙いがあると読める。後発だからこそ、規制に合わせた設計で産地をつくれる余地がある。

ダクラク・カカオの実力と規模感

ベトナムのカカオは規模こそ小さいが、質で評価されてきた歴史がある。国際ココア機関(ICCO)からファインフレーバー(高品質カカオ)産地の認定を受け、ダクラクを代表するトリニタリオ種(B14やB10といった系統)は、フレッシュな果実味や花の香りで海外の作り手から高く評価される。ホーチミンを拠点にするブランドMarouなど、この土地の豆を使ったビーン・トゥ・バーの担い手も育ってきた。

数字で見ると、ダクラク省全体のカカオ作付けは1,140ヘクタール前後、年産は1,525トン程度とされる。省内には日本や欧州へ輸出する加工企業が複数あり、対日供給の実績も積み上がってきた。今回の実証18.5ヘクタールは、その産地全体から見ればごく一部にすぎない。だが「低排出」「一貫加工」という設計思想を持ち込んだパイロットとして、産地の次の姿を占う試金石になる。

項目 今回の実証 ダクラク省全体(参考)
作付面積 18.5ha 約1,140ha
担い手 23戸・23農園 加工企業複数(対日・対欧輸出)
配布苗 20,350本
期間 2026年5〜12月
設計思想 ESG・低排出・一貫加工 質重視(ファインフレーバー)

数値は現地発表と各種報道による。作付面積・年産などの産地全体の数字は時期により変動しうる。

現地・業界の受け止め

研修に参加した農家からは、化学肥料への依存を減らしながら収量を保てるのか、そして発酵まで産地で担えるのかを見極めたいという慎重な期待の声が聞かれる。カカオは収穫後の発酵・乾燥の巧拙が風味を大きく左右するため、集荷して終わりではなく発酵センターまで用意する構想は、農家にとって「豆を高く売れる出口」の意味を持つ。

業界筋の見方はおおむね三つに分かれる。第一に、規制対応を先取りした産地づくりは輸出単価を押し上げる好機だとする前向きな評価。第二に、18.5ヘクタールという規模ではまだ商業ロットには遠く、拡張の速度と資金の持続性が問われるという冷静な指摘。第三に、コーヒーとの土地・労力の取り合いをどう解くのかという現実的な懸念だ。いずれも、産地が「量」ではなく「質と証明可能性」で勝負しようとしていることの裏返しでもある。

日本の原料調達にとっての意味

日本の製菓メーカーや原料商社にとって、この動きは二つの角度から効いてくる。一つは、西アフリカ一極に頼らない調達先の分散だ。相場の乱高下や規制強化で単一産地リスクが意識されるなか、トレーサビリティを前提に設計されたアジア産地は、少量でも「顔の見える豆」を求めるクラフト系や高付加価値ラインの受け皿になりうる。

もう一つは、原料形態の変化だ。産地が発酵・加工まで担う一貫モデルが機能すれば、日本側は生豆ではなく発酵済み豆や半加工品を、トレーサビリティ情報とセットで受け取れる可能性が出てくる。ダクラクではコーヒーでも、豆の輸出から粉体・加工品での輸出へと段階を上げる動きが出ている。カカオでも同じ「加工して送り出す」段階へ産地が進めば、日本の調達側は仕様書の書き方や検品の設計を見直す必要が出てくる。産地の加工進化は、ブオンマトートの豆が「粉」で出る日、日本の調達はどう動くで描いたコーヒーの流れと重なる構図だ。

市場と近隣産地への波及

ダクラクのカカオ実証は、単独の点ではなく、中部高原で進む「原料を売らずに加工して送り出す」流れの一部として捉えると見通しがよい。同じダクラク省では果物加工クラスターが動き出し、産地が加工の川下へ踏み込む段階に入っている(ダクラク省が果物加工クラスター始動)。低排出やESGを旗印に掲げる潮流も、コメや他作物で先行して広がっている。

カカオでこの設計が回り始めれば、周辺の小産地にも「規制準拠の産地づくり」という型が波及しうる。日本のバイヤーにとっては、産地の位置情報や非森林破壊のエビデンスが最初から整った原料が、東南アジアから継続的に出てくる将来像を意味する。EUDRは欧州の規則だが、そこに合わせて設計された産地の豆は、証明可能性という点で日本市場でも通用しやすい。

実務者が今できること

原料調達や商品開発の担当者がまず取れる動きは三つある。第一に、少量・高付加価値ラインでベトナム産ファインフレーバー・カカオのサンプルを取り寄せ、自社の焙煎やレシピに合うか風味を確かめること。第二に、供給側にトレーサビリティ情報(産地位置・農法・発酵履歴)の提供可否を早い段階で確認しておくこと。第三に、発酵済み豆や半加工品での調達が可能かを打診し、生豆前提の仕様を柔軟にしておくことだ。

産地側の加工高度化は、コーヒーでもフルーツでも同時進行している。カカオはその最新の一例にすぎない。関連する動きはソンラ産アラビカのような品種・品質での差別化にも表れており、ベトナム農産物全体が「量から質・証明可能性へ」と軸足を移していることがうかがえる。

まとめ

ダクラクの23農園・18.5ヘクタールは、規模だけ見れば小さな一歩だ。しかし、ESG・低排出・一貫加工という設計をあらかじめ組み込んだ産地づくりは、EUDR後の世界で通用する原料をつくる実験でもある。日本の製菓・原料関係者にとっては、いま結論を出す段階ではなく、サンプル入手とトレーサビリティ確認を通じて「使えるかどうか」を見極めておく時期だ。西アフリカ以外の選択肢を一つ、実務の視野に入れておく価値は十分にある。

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この記事を書いた人

京都で食品ブランドを運営しながら、これまで乾燥野菜や野菜パウダーなど、素材の魅力を活かした商品づくりに携わってきました。現在はベトナム在住2年目で、現地ではコーヒーの生産現場にも関わり、栽培から加工、味づくりまで一貫して学んでいます。毎日の暮らしの中で、安心して楽しめる食品を届けたいという思いから、生産背景や作り手の顔が見える商品を大切にしています。日本とベトナム、それぞれの食文化の魅力を活かしながら、日常にちょっとした豊かさを届けることを目指しています。

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