ベトナム北部ラオカイ省バクハ社の急斜面で、雨のたびに痩せていくトウモロコシ畑を、梨VH06や赤ラッカセイを組み合わせた農林複合へ切り替える動きが2年目に入った。国際農林研究機関ICRAFの実証では、表土の流出量が平均46.7%減ったという数値が出ている。山の傾斜地で土と収入を同時に立て直すこの設計は、対日調達で北部フルーツを探すバイヤーにも、痩せた中山間の畑を抱える日本の産地にも、読みどころが多い。
バクハの傾斜地で、トウモロコシ単作の限界が数字になった
舞台はラオカイ省バクハ社のコックカイ村やバンフォー村。標高が高く、モンスーンの豪雨がまとまって降る土地で、農家は長くトウモロコシの単作に頼ってきた。傾斜のきつい畑にトウモロコシだけを植える耕作は、収穫のたびに畝の間の表土が雨で削られ、翌年の地力を確実に削っていく。ICRAFのファム・タイン・ヴァン研究員は、2年の取り組みで「表土の流出量が平均で46.7%まで減った」と実証結果を説明する。数字が示すのは、土壌侵食が根性論ではなく作付け設計で抑えられるという、単純だが動かしにくかった事実だ。
コックカイ村のレン・ヴァン・クアン氏は、収入だけでなく畑そのものの変化を口にする。「収入が増えただけでなく、家の焼き畑の土が以前よりずっと良くなったのを感じる」。傾斜地では、地力の回復がそのまま次作の収量に跳ね返る。侵食を止めることは、環境の話であると同時に、翌年いくら稼げるかという経営の話でもある。
トウモロコシをやめ、梨VH06と赤ラッカセイを等高線に沿って並べた
切り替えの核は、傾斜に逆らわず等高線(コンターライン)に沿って複数の作物を層状に植える農林複合だ。ICRAFの「劣化した土地の回復と気候変動への適応力構築」プロジェクトが、バクハに矮性の梨VH06、黄色いスモモ(マン・ヴァン AFLi種)、蓮ミカン(クイット・セン)といった果樹を軸に据えた。果樹が実をつけるまでの数年は畑を遊ばせず、赤ラッカセイ、黒豆、サツマイモといった短期作物を株間に挟み込む。
コックカイ村のル・ヴァン・リエム氏は、この待ち時間の使い方を具体的に語る。「スモモとミカンが実るのを待つ間、家では黒豆を間作している」。果樹は数年後の柱、間作は今年の現金――役割の違う作物を同じ斜面に重ねることで、収入の空白と裸地の期間を同時につぶす発想だ。トウモロコシ1本足の畑を、時間軸でも空間軸でも分散させている。
梨は年800万ドン止まりでも、赤ラッカセイは従来比20〜25%増
果樹の実入りはまだ立ち上がりの段階にある。バンフォー村のリー・セオ・ズン氏の梨VH06は、結実が始まったばかりで「年8百万ドン(約4.6万円)を超える程度」の収入にとどまる。ここだけを見れば小さい。だが同時に走る短期作物の底上げが効いている。等高線植栽に切り替えた赤ラッカセイは、従来のやり方より20〜25%多く穫れたと記録された。侵食が減って表土がとどまった分、根張りと結莢が改善した格好だ。事業全体では優良苗2万5千本が配られ、100haを超える面積・13コミューン・348世帯まで広がっている。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| モデル圃場の面積 | 2,900㎡(0.29ha) |
| 事業全体の広がり | 100ha超/13コミューン/348世帯 |
| 表土流出の削減(2年平均) | 46.7%減 |
| 赤ラッカセイの増収 | 従来比20〜25%増 |
| 配布した優良苗 | 25,000本 |
| 梨VH06の年収(結実初期・ズン氏) | 800万ドン超(約4.6万円) |
| VietGAP認証 | 2026年7月27日取得(2026〜2029年) |
為替は1円≒175ドン(1USD≒148ドン)で概算。現地相場により変動する。
果樹+短期作物の二層構造が、収量と土を同時に取り戻す
この設計が示すのは、傾斜地農業の答えが「儲かる単一作物への乗り換え」ではないという点だ。トウモロコシを梨に置き換えただけなら、実がつくまでの数年は収入が消え、その間も裸の斜面から土は流れ続ける。バクハのやり方は、多年生の果樹で数年後の値の張る柱を仕込みつつ、赤ラッカセイや黒豆で毎年の現金と地表の被覆を確保する。豆科作物は窒素を土に戻すため、間作そのものが果樹への施肥にもなる。侵食対策・地力回復・当座の収入という、ふつうは対立させられがちな3つを同じ圃場で両立させているところに、この事例の独自性がある。
ソンラ省では、国境の傾斜地でトウモロコシを柑橘に替えて収入を10倍に伸ばし、減農薬まで進めた農家の動きがトウモロコシから柑橘への転換で報告されている。同じソンラ高地ではトウモロコシ畑をアラビカと果実に切り替える調達先づくりも進む。北部・中部高原の痩せた傾斜地でトウモロコシ単作を降ろす流れは、バクハ一か所の話ではなく、産地側の構造的な選択になりつつある。土そのものを資産として立て直す発想は、クアンチ省でコーヒー畑に木陰を戻すと単価が上がった実証とも重なる。
日本の中山間と対日調達に効く、バクハの読みどころ
日本の農業関係者にとって、バクハの斜面は他人事ではない。急傾斜・小面積・高齢化という条件は、日本の中山間地域とほぼ同じだ。単価の高い品目1つに賭けるのではなく、多年生果樹と短期の豆・イモを層で組み、裸地の期間をつくらない――この作付け設計は、耕作放棄の一歩手前にある日本の傾斜畑にそのまま置き換えて検討できる。バクハのスモモ産地としての土台に梨VH06や果樹加工が乗る構図は、京都・京丹後の山あいで二十世紀梨をドライ加工し、痩せ地でも回る少量多品目の農業を組み立ててきた自社の実感とも通じる。
調達側の目線では、確認すべき点がはっきりしている。梨VH06は2026年7月27日にVietGAP認証を取得し、2029年まで有効だ。ICRAFという第三者が2年の侵食データを取り、100haで面的に動いている事実は、トレーサビリティと環境配慮を問われる対日輸出で武器になる。ただし果樹はまだ結実初期で、輸出に回る安定ロットが出るのは先の話だ。今の段階では、スモモや赤ラッカセイなど短期作物の一次原料、あるいは産地形成の初期パートナーとして関わる余地を探るのが現実的な入り方になる。
次に確かめるべきは、果樹が本格結実に入る2〜3年後の数字
バクハの2年は、傾斜地で「土を守ると収入も戻る」順番を数字で見せた。表土流出46.7%減、赤ラッカセイ20〜25%増、100ha・348世帯への面的拡大――ここまでは実証済みだ。焦点は、矮性梨VH06や黄スモモが本格的に実をつける2〜3年後、年800万ドン止まりの果樹収入がどこまで伸び、輸出可能なロットと品質に届くかにある。北部フルーツの調達を検討するバイヤーは、VietGAP更新とICRAF事業の継続状況を追いつつ、スモモ・豆類の短期原料から接点を持っておくと動きやすい。日本の中山間で似た斜面を抱える生産者は、間作で裸地をつくらない設計を、来季の作付け図に一度落とし込んでみる価値がある。