ベトナムのコーヒー大手トゥングエン・レジェンド・グループが、コーヒー生産の本場ダクラク省タンアン工業団地で深加工工場の起工式を開いた(2026年6月26日報道、起工は6月25日)。第1期の投資額は989億ドン(約37.58百万米ドル、日本円で約60.9億円)で、噴霧乾燥の処理能力は毎時1,000キロ。ブオンマトート産ロブスタを生豆のまま出すのではなく、インスタント原料などの高付加価値品へ加工して送り出す設備だ。日本の焙煎会社や商社が長年「生豆」で仕入れてきた産地が、一次加工の主導権を自分の側に引き寄せ始めた具体的な一手として読める。
ダクラク省で起きた「起工式」の中身
起工式で着工したのは2つの案件だ。ひとつが新設のトゥングエン・レジェンド工場で、敷地4.9ヘクタール、第1期投資989億ドン、噴霧乾燥(スプレードライ)の能力が毎時1,000キロ。ネットゼロ基準を満たす省エネ・環境配慮型の設計とされ、稼働目標は2027年に置かれている。もうひとつが既存工場の拡張案件で、敷地2.5ヘクタール、投資150億ドン、生豆の処理能力が毎時18トンとされる。ダクラク省人民委員会のダオ・ミー副委員長は投資側に対し、工期を維持し2027年の稼働開始を守るよう求めた。
ここで押さえておきたいのが「噴霧乾燥」という言葉だ。液体にした抽出コーヒーを高温の気流で一気に乾かして粉末にする、インスタントコーヒー(可溶性コーヒー)の代表的な製法である。毎時1,000キロという能力は、生豆を選別・焙煎して袋詰めするだけの工場とは工程がまるで違う。産地側が「豆」ではなく「粉」を出荷する準備を整えた、という意味を持つ。
なぜ今、産地が加工に踏み込むのか
背景にあるのは、ベトナムのコーヒー輸出が「量」から「金額」へと質を変えている数字だ。2025年のベトナムのコーヒー輸出は約160万トン、金額で89.2億米ドルと過去最高を記録した。数量は前年比18.3%増だが、金額は前年比58.8%増と伸びが桁違いに大きい。単価が上がった局面で、加工品の比率を高めれば取り分がさらに増える構造になっている。
その加工品の実績が、ちょうど動き始めている。2025年の加工コーヒー(インスタント・焙煎など)の輸出額は17.8億米ドルで過去最高、前年比50.4%増。生豆の輸出額の伸びに加えて、粉や焙煎品の伸びが加速している。トゥングエンやネスレといった大手が2024〜2025年に加工設備へ投資を積み増した流れの延長線上に、今回のダクラク新設がある。産地に加工能力を置けば、輸送する重量あたりの単価が上がり、国産ブランドとしての値付けもしやすくなる。生豆で安く売って外で加工される構図から抜け出そうという、産地側の意思がはっきり見える。
数字で見る投資規模と産地の位置づけ
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 新設工場・第1期投資額 | 989億ドン(約37.58百万USD/約60.9億円) |
| 新設工場・敷地 | 4.9ヘクタール |
| 噴霧乾燥の処理能力 | 毎時1,000キロ |
| 拡張案件・投資額 | 150億ドン |
| 拡張案件・生豆処理能力 | 毎時18トン |
| 稼働目標 | 2027年 |
| ベトナム2025年コーヒー輸出額 | 89.2億USD(前年比58.8%増) |
| うち加工コーヒー輸出額 | 17.8億USD(前年比50.4%増) |
投資額989億ドンと37.58百万米ドルの対応から逆算すると、換算レートはおよそ1米ドル=2万6,300ドン。円換算は本稿執筆時点の1米ドル≈162円で計算し、第1期投資は約60.9億円になる。金額そのものより注目すべきは、この投資が「生豆を出す設備」ではなく「粉を出す設備」に向いている点だ。ブオンマトートというロブスタの一大産地に噴霧乾燥ラインが立つ意味は、原料の出口が一段階うしろへ動くことにある。
日本の調達現場から見た意味
日本にとってベトナム産ロブスタは他人事ではない。2026年1〜2月のベトナムから日本向けコーヒー輸出のうち、ロブスタが金額ベースで63.0%を占めた。缶コーヒーやインスタント、ブレンド用の増量原料として、日本の飲料・焙煎の現場はベトナム産ロブスタに深く依存している。その原料の一次加工が産地側へ移るということは、日本の調達担当が向き合う「仕入れる対象」そのものが変わりうる、という話だ。
この動きは、ベトナム農業の各産地で進む「原料を売らず、加工して送り出す」流れとも重なる。たとえばダクラク省が果物加工クラスターを始動させ、産地が「加工して送り出す」段階へ移った事例と、今回のコーヒー深加工は同じ発想の線上にある。品目は違っても、産地が付加価値を自分の手元に残そうとする構図は共通だ。コーヒーの世界でも、ロブスタ一辺倒の常識を崩そうとするソンラ産アラビカの挑戦のように、産地が「どう売るか」を主導的に描き直す動きが続いている。
バイヤー・輸入業者が今から考えておくこと
実務の示唆は3つに整理できる。ひとつめは、生豆の玉が徐々にタイトになる可能性だ。産地が加工に回す原料を増やせば、その分だけ生豆として市場に出る量に影響が及ぶ。生豆で買い付けてきた商社ほど、産地の加工投資を「供給側の構造変化」として仕入れ計画に織り込んでおく余地がある。
ふたつめは、調達の選択肢に「産地加工の粉」を早めに入れておくことだ。産地でネットゼロ基準の設備が動けば、環境配慮を打ち出したい製品ラインにとって、産地・製法まで語れる原料は差別化の材料になる。生豆で仕入れて国内で加工するのか、産地の加工品を仕入れるのか、コストとブランドの両面で比較する土俵ができつつある。みっつめは、産地との関係づくりだ。加工能力を持つ産地は、単なる原料供給者から交渉力のある取引相手へと立場が変わる。稼働は2027年目標で時間はまだあるが、動き出した投資を見てから関係を築くのでは遅い。産地が「加工して送る」段階に入る前提で、いまのうちに現地の作り手と話しておくことが実利につながる。
参照元
Vietnam Plus (VNA): Dak Lak adds new high-tech coffee processing project meeting Net Zero standards
Nhan Dan: Dak Lak adds new high-tech coffee processing project meeting Net Zero standards
VietnamNet: Deep processing lifts Vietnam’s coffee close to US$9 billion
VOV: Robusta dominates Vietnam’s coffee exports to Japan despite price-driven decline