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稚魚は今も海頼み、ベトナム63歳が挑むオオウナギ養殖30年の壁

ベトナム中部・ザライ省(旧ビンディン省)のチャウチュック潟で、63歳の農家ヴォー・トゥアン・トゥー氏が育てる魚が地元メディアで注目を集めている。日本でオオウナギと呼ばれる大型のウナギ(ベトナム名カーチン)を、約1万m²の池で年4〜5トン出荷し、キロ50万〜60万ドン(約3,000〜3,600円)で売りさばく。ただし見出しになったのは「完全養殖の成功」ではない。30年かけてなお、この魚を池の中で産卵させられていないという事実のほうだ。稚魚(種苗)を天然に頼る構造は、日本の天然頼みだったイカを養殖に切り替えたコートー島の取り組みと同じ壁を、ウナギという難物で映し出している。活魚を扱う日本の水産バイヤーにとって、この潟湖の物語は「有望な新供給源」であると同時に「なぜ供給が安定しないのか」の教科書でもある。

目次

何が報じられたのか——「億の損失」から半年に一度の収穫へ

トゥー氏は1997年、当時のビンディン省科学技術局のプロジェクトに参加してオオウナギ養殖の研究を始めた。2000年に独立し、潟のほとりで寝泊まりしながら試行錯誤を重ねた。地元紙によれば、失敗で1年に10億ドン(約600万円)を失った年もあったという。

転機は2010年。天然から買い付けた稚魚を池で健康に育て切る「馴致(じゅんち)」に成功し、事業として回り始めた。現在は4つの池で約1万尾を飼育し、2〜3年かけて1.5〜3kgの商品サイズまで育てる。出荷は商品魚が年4〜5トン、他の農家向けに育てた種苗が年3〜4トン。VietGAP認証とOCOP3つ星を取得し、2018年には「傑出したベトナム農民」として首相表彰も受けた。

成功しても「卵は採れない」——30年解けない産卵の謎

ここで押さえておきたいのが、彼が到達したのは「グロウアウト(育成)の完成」であって「完全養殖」ではない、という区別だ。オオウナギは川や潟で数年育ち、成熟すると深海へ回遊して産卵する。ふ化した仔魚は海流に乗って河口へ戻ってくる。この回遊と産卵の行動を、飼育下で再現する技術はまだ誰も確立していない。

トゥー氏自身が地元紙にこう語っている。「何十年やっても、種苗だけは自前でまかなえない。育てて大きくはできるが、飼育環境で産卵させることができないんだ」。だから彼は今も毎年、旧暦の11月から2月にかけて、中部沿岸の漁師から天然の稚魚を買い付ける。産地の看板であるVietGAPやOCOPの背後で、供給の起点はいまだ海の恵み次第という構造が続いている。

日本のシラスウナギ問題と同じ壁

この構図に既視感を覚える読者は多いはずだ。日本のウナギ養殖も、天然のシラスウナギ(ニホンウナギの稚魚)を採捕して育てる方式で、稚魚は1980年代以降ずっと低水準にある。人工的に産卵させ、仔魚をシラスウナギまで育て、成魚にして再び産卵させる「完全養殖」は、水産研究・教育機構が2010年に世界で初めて成功させた。だが15年経っても商業化には届いていない。壁になっているのは仔魚のエサだ。

項目 ニホンウナギ(日本) オオウナギ(トゥー氏)
稚魚の調達 天然シラスウナギの採捕に依存 天然稚魚の買い付けに依存
人工繁殖 研究機関が2010年に完全養殖成功、商業化は未達 個人農家段階では未達(30年挑戦中)
育成(グロウアウト) 確立済み 確立済み(2〜3年で1.5〜3kg)
最大のボトルネック 仔魚飼料のコスト 産卵行動の未解明

日本側の技術は着実に進んでいる。2025年7月、水産研究・教育機構とヤンマーは新型の量産用水槽を共同開発し、1水槽あたり約1,000尾のシラスウナギ生産に成功、種苗1尾あたりの飼育コストを従来の約20分の1にあたる1,800円程度まで下げた。ニッスイも同年4月に人工種苗の量産技術の共同研究を始めている。国家機関と大手企業が束になって数十年、ようやく試験規模の壁を崩しにかかっている段階だ。その難度を知れば、ザライ省の一農家が30年で産卵を解けていないことは、むしろ自然に見えてくる。

それでも越産オオウナギに注目する理由

供給の起点が天然頼みだと分かった上で、なぜこの魚が調達対象として面白いのか。整理すると論点は3つある。

第一に、オオウナギは中華圏で強い需要を持つ高級活魚だという事実だ。体長2m・体重20kgに達することもある大型種で、中国広東省・香港・台湾では滋養強壮の食材として珍重され、ニホンウナギより価値が高いとみなす向きもある。脂が少なく身が締まっているぶん調理は選ぶが、蒲焼き文化圏の外で確立した需要があるのは、対日以外の販路が最初から存在するということでもある。産地価格が崩れにくい背景はここにある。

第二に、「完全養殖の達成」を待つのではなく、育成と物流を評価軸にすべきという点だ。稚魚が天然頼みである以上、越産オオウナギの供給量は当面ぶれ続ける。だから日本のバイヤーが見るべきは繁殖のニュース性ではなく、トゥー氏が確立した水質管理(糖蜜・完熟バナナ・発酵乳から作る生物製剤で池の生態系を安定させる手法)やVietGAP・OCOPといった追跡可能性の担保だ。ブラックタイガーの家畜化系統づくりに挑むカマウの現場と同様、価値は「種の突破」より「再現できる育成の質」に宿る。

第三に、日本の種苗技術こそがベトナム産の伸びしろを解く鍵になりうるという逆説だ。ヤンマーの量産水槽や安価な仔魚飼料の開発が実用化されれば、その技術はニホンウナギだけでなく近縁のオオウナギにも応用の余地がある。天然稚魚に縛られたベトナムの生産と、繁殖技術を持つ日本。原料調達と技術移転を一つの取引として設計できれば、潟湖の30年は「越産の供給を安定させる出発点」に変わる。

チャウチュック潟の基本情報

項目 内容
生産者 ヴォー・トゥアン・トゥー氏(63)
産地 ザライ省(旧ビンディン省)フーミーバク村・チャウチュック潟(チャーオー潟)
潟の面積 約1,200ha(淡水と海水の交雑域)
養殖規模 約1万m²・4池・約1万尾
出荷サイズ 2〜3年で1.5〜3kg/尾
生産量 商品魚4〜5トン+種苗3〜4トン/年
単価 50万〜60万ドン/kg(約3,000〜3,600円、1万ドン≒60円換算)
年間利益 4〜5億ドン(約240〜300万円)/売上は数十億ドン規模
認証・受賞 VietGAP、OCOP3つ星、2018年「傑出したベトナム農民」・首相表彰

まとめ——「養殖成功」の見出しを鵜呑みにしない

ザライ省の潟湖から届いた話は、勇ましい成功譚として消費するには惜しい。トゥー氏が示したのは、天然稚魚を池で育て切る技術と、高級活魚としての越産オオウナギの実在であり、同時に「産卵の壁は個人の30年でも越えられない」という限界だ。この二面性こそが、活魚を扱う日本の調達担当が押さえるべき現実に近い。まず確かめるべきは、越産オオウナギの中華圏向け出荷価格と対日在庫の有無。次に、VietGAP・OCOP認証農家の育成品質とトレーサビリティ。そして、日本の種苗量産技術がオオウナギへ横展開されるかどうかだ。天然頼みという前提を織り込んだうえで供給元を選ぶことは、元漁師が3段式養殖で年商120億ドンに届いたタインホアの事例のような、小規模でも設計次第で伸びる生産者を見抜く目にもつながる。

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この記事を書いた人

京都で食品ブランドを運営しながら、これまで乾燥野菜や野菜パウダーなど、素材の魅力を活かした商品づくりに携わってきました。現在はベトナム在住2年目で、現地ではコーヒーの生産現場にも関わり、栽培から加工、味づくりまで一貫して学んでいます。毎日の暮らしの中で、安心して楽しめる食品を届けたいという思いから、生産背景や作り手の顔が見える商品を大切にしています。日本とベトナム、それぞれの食文化の魅力を活かしながら、日常にちょっとした豊かさを届けることを目指しています。

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