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天然頼みのイカを養殖へ、コートー210haが変える調達の常識

ベトナム北部クアンニン省のコートー特別区で、2026年6月30日午後、約209.8haの海域を使う集中型の海面養殖事業が始動した。手がけるのはムック・ニャイ・ビエンドン社(Công ty CP Mực nhảy Biển Đông)。投資額はおよそ67億ドンで、日本円ではおよそ4億円(1円≈165ドン換算)にあたる。注目すべきは金額の大きさではなく、対象種に「イカ」が据えられている点だ。イカは世界的にもほぼ天然漁獲に頼る水産物で、それを商業規模で養殖しようとする案件は、日本の水産バイヤーや加工業者にとっても他人事ではない。ベトナムは2024年時点で日本の水産物輸入相手の第4位(約6.9%)を占める供給国であり、その北部沿岸で何が起きようとしているのかを実務目線で読み解く。

目次

コートーで始まった沖合養殖の全容

現地の農業環境紙が報じた内容によると、6月30日にコートー特別区で「海域割当決定の発表式と事業始動式」が開かれた。割り当てられた海域は約209.8ha。事業運営期間は2050年12月31日までで、およそ四半世紀にわたる長期計画だ。現地報道では全面稼働の目標を2027年とする記述も出ている。

養殖対象は一種類に絞らず、複数の魚介と海藻を組み合わせた構成になっている。イカ類(管イカ・コウイカ・アオリイカにあたる種)、キンメダイ系やハタ、コビアなどの海水魚、二枚貝や巻貝、ナマコ、海藻(キリンサイ類)まで幅広い。年間の生産目標は839トン超とされる。ひとつの海域で魚・貝・棘皮動物・海藻を層状に育てる多栄養段階型の設計思想がうかがえる。

なぜ「イカの養殖」がニュースなのか

エビやナマズ、最近はティラピアまで、ベトナムの養殖水産は品目を広げてきた。それでもイカだけは事情が違う。イカは寿命が短く、共食いしやすく、生きたまま扱うのが難しいため、世界的に見ても商業養殖の成功例が乏しい。市場に出回るイカのほとんどは天然漁獲で、資源の増減や燃料費に価格が左右されてきた。

ムック・ニャイ・ビエンドン社は、南部カインホア省ですでにイカの半自然養殖に取り組んできた企業だ。現地報道によれば同社はカインホア沿岸で約13,000平方メートルのいけす、15万1,000立方メートルを超える養殖容積を運用し、東南アジア最大級の半自然イカ養殖エリアを築いているとされる。つまり今回のコートー事業は、南部で積み上げた養殖ノウハウを北部の沖合へ持ち込む「実績のある挑戦」という位置づけになる。天然頼みの品目を管理された環境で育てられれば、供給の読みやすさが変わる可能性がある。

施設構成と数値の読み方

いけすの構成については報道ソース間で数字に幅がある。事業計画の全体像を示す起点報道では、魚・イカ用のHDPE円形いけすが43基、軟体動物・海藻用の角型いけすが160基、海水魚用の角型いけすが20基、稚魚・稚イカ育成用いけすが20基とされる。一方、別の水産専門媒体は直径23mのHDPE円形いけす20基と6×6mの角型いけす20基という初期構成で報じており、着工時点の第一段と最終形とで数字が異なるとみられる。共通するのは、大波や強風に耐える先進素材の浮体を使い、管理棟・浮体式発電設備・連絡橋を備えた沖合型の設計という点だ。

項目 数値(起点報道ベース) 補足
海域面積 約209.8ha コートー特別区ホンガン海域
投資額 約67億ドン(約4億円) 1円≈165ドン換算
年間生産目標 839トン超 魚・貝・イカ・海藻の合計
運営期間 2050年末まで 約25年
雇用 約100人 地元労働者向け

金額に注意したい。投資額はあくまで「約67億ドン=約4億円」であり、大規模プラント案件と比べれば控えめな水準だ。派手な巨額投資というより、既存ノウハウを持つ企業が新海域で足場を固める段階の事業と捉えるのが実態に近い。

現地・業界がこの動きをどう見ているか

現地では、この事業を「小規模な採集からの脱却」「北部の沿岸経済を産業型へ引き上げる転換点」と評価する声が目立つ。天然採集に依存してきた漁業者に、管理された養殖という選択肢を示す点が支持されている。

行政側は、投資前の段階から環境評価と生態系保護を組み込んだこと、地元住民との利益共有モデルを設計したことを前面に出している。約100人の安定雇用を見込む点も、離島の生計づくりとして期待されている。

一方で、水産の現場からは慎重な見方もある。イカの商業養殖は世界的にも難度が高く、種苗の安定確保や飼育管理が計画どおり進むかは未知数だという指摘だ。839トンという生産目標も、あくまで計画値である点は割り引いて見る必要がある。

日本の輸入業者・水産関係者への示唆

日本の調達目線で見た場合、この案件の意味は二段構えだ。まず短期的には、839トンという規模は日本市場を左右する量ではない。すぐに調達単価が動くわけではない。効いてくるのは中期の「供給の質」だ。天然頼みのイカが管理養殖で獲れるようになれば、サイズや入荷時期のばらつきが減り、加工向けの計画調達がしやすくなる。冷凍イカや加工イカを扱うバイヤーにとって、産地の生産履歴が追える点は原料選定の判断材料になる。

ベトナム産水産物では、養殖エビや加工品で残留動物用医薬品やカビ毒が監視の重点に挙げられてきた。養殖イカが今後日本向けに出てくる場合も、飼育環境や投薬の管理体制を早い段階で確認しておくことが、後々のトラブル回避につながる。産地が産業養殖へ移る局面こそ、トレーサビリティの整備状況を見極める好機だ。

ベトナムの水産は、日本一辺倒ではなく中国など近隣市場へのシフトも鮮明になっている。エビ・白身魚で中国シフトが進む供給構造を踏まえると、北部で新たな養殖拠点が育つことは、日本が安定調達先を確保するうえでも意味を持つ。

ベトナム海面養殖の産業化という文脈

コートーの事業は単発の話ではない。ベトナム各地で、天然採集や小規模養殖から「管理された産業型養殖」への移行が同時進行している。エビの分野では、高度な多段式養殖に挑む生産者が現れ、タインホア海岸で年商規模を伸ばす3段式エビ養殖の事例のように、技術で収益構造を変える動きが広がる。北部クアンニン省でも、エビの通年養殖を実現した生産者が出ており、季節に縛られない供給への転換が進む。イカの産業養殖は、その延長線上にある「次の一手」と位置づけられる。

産業化が進めば、単なる原料供給から、加工・ブランド化まで含めた垂直統合に踏み込む産地が増える。日本の輸入業者にとっては、価格だけでなく「どの産地が管理体制を整えているか」で調達先を選ぶ時代への移行を意味する。

実務で押さえておきたいポイント

この案件を追う実務者は、次の点を継続チェックしておきたい。第一に、全面稼働の時期(現地報道の2027年目標)が計画どおり進むか。第二に、イカの養殖種苗が安定確保できるか——ここが商業養殖成否の分かれ目になる。第三に、日本向け輸出を視野に入れた場合の衛生・投薬管理と生産履歴の整備状況だ。北部クアンニン省はハロン湾など観光資源が集まる地域でもあり、環境負荷を抑えた養殖として打ち出せれば、ブランド面でも差別化しやすい。

まとめ:次の一手として何を見るか

コートーの約67億ドン・209.8haの海面養殖は、金額の大きさより「天然頼みのイカを産業養殖に乗せる」という方向性にこそ意味がある。日本の水産バイヤーが今すぐ動く話ではないが、中期的には供給の安定性とトレーサビリティを変えうる案件だ。具体的な次アクションとしては、(1) ムック・ニャイ・ビエンドン社の南部カインホア実績と品質管理体制を調べる、(2) 冷凍・加工イカの既存取引先にベトナム北部産の見通しを確認しておく、(3) 産業養殖へ移る他産地(エビ・海藻)の動向とあわせて、クアンニン省の養殖クラスターを継続ウォッチする——の三点が現実的だ。天然資源の変動に振り回されてきたイカの調達に、養殖という選択肢が加わる可能性を、早めに情報として押さえておきたい。

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この記事を書いた人

京都で食品ブランドを運営しながら、これまで乾燥野菜や野菜パウダーなど、素材の魅力を活かした商品づくりに携わってきました。現在はベトナム在住2年目で、現地ではコーヒーの生産現場にも関わり、栽培から加工、味づくりまで一貫して学んでいます。毎日の暮らしの中で、安心して楽しめる食品を届けたいという思いから、生産背景や作り手の顔が見える商品を大切にしています。日本とベトナム、それぞれの食文化の魅力を活かしながら、日常にちょっとした豊かさを届けることを目指しています。

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