ベトナム北西部ソンラ省の国境の村で、トウモロコシ畑を柑橘園に変えた一人の農家が年間およそ100トンを収穫し、トウモロコシやキャッサバを作っていた頃の10倍を超える収入を得ている。地元紙ダンヴィエトが報じたロンサップ村(xã Lóng Sập)のホアン・コン・ヴァン氏の事例だ。日本の調達担当や果樹・ソンラ産アラビカに挑む若手を追った記事で見たのと同じ「換金作物への転換」の流れが、いま柑橘でも起きている。注目すべきは金額よりも、15年にわたり除草剤を一切使わず、斜面に等高線で植え、草を生やしたまま育てるという栽培の中身にある。日本の園芸関係者が長年蓄積してきた考え方と、驚くほど重なるからだ。
国境の村で起きた作物転換
ヴァン氏の園地は5ヘクタール。主力はカムカイン(cam Canh、皮の薄い甘い在来ミカン)と種なしタンジェリンで、これに種なしミカン約1,000本を加えた構成になっている。ここから毎年およそ100トンの果実が採れる。
以前この土地はトウモロコシ、キャッサバ、ショウガといった作物が中心だった。斜面での連作は土を痩せさせ、収入も安定しない。40代で果樹への全面転換を決めたヴァン氏は、近隣のカオフォンなど北部の先進的な柑橘産地を回って技術を持ち帰り、10年以上かけて園地をつくり込んできた。
「除草剤を使わない」を15年続けた理由
この園地の芯にあるのは、手間のかかる二つの選択だ。一つは斜面を等高線に沿って植える方法で、畝の幅を約2メートルに保ち、掘り返しを最小限にする。傾斜地で最大の敵になる表土の流亡を抑え、養分を土に留めるためだ。
もう一つが草生栽培である。ヴァン氏はおよそ15年、化学除草剤をまったく使っていない。園内の草は機械で刈り、刈った草はそのまま木の根元に敷いてマルチにする。土の腐植層を守り、有機物を戻し続ける仕組みだ。肥料もトウモロコシと大豆から自分で仕込んだ有機堆肥が主体で、化学肥料は開花・結実期にごく少量を補うだけにとどめる。
これは日本の柑橘産地やお茶園で「草生栽培」「不耕起」として知られる手法とほぼ同じ発想である。クアンチ省でコーヒー畑に森を戻して単価を上げた実証と同様、環境負荷を下げる栽培が、結果として品質と価格の両方を押し上げるという道筋が、柑橘でも見え始めている。
数字で見る、トウモロコシとの差
ヴァン氏の園地とソンラ省の柑橘・果樹の位置づけを、報道と省の公表値で並べると次のようになる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 栽培面積 | 5ha(カムカイン+種なしタンジェリン、種なしミカン約1,000本) |
| 年間収穫量 | 約100トン |
| 年商・利益 | 年商は数十億ドン規模、利益は数億ドン(1万ドン≒60円換算で、10億ドン=約600万円) |
| 従来作物との比較 | トウモロコシ・キャッサバ・ショウガ時代の10倍超の収入 |
| 除草剤 | 約15年間ゼロ(草生栽培・草マルチ) |
金額は「数十億ドン」「数億ドン」と幅のある表現で報じられており、単一の円換算値を断定するのは避けたい。ただ、5ヘクタールという小さくない面積を家族単位で回し、化学資材をここまで絞ってなお10倍という差が出た事実は、栽培モデルそのものの手応えを物語っている。
ソンラ省という産地の厚み
この一戸の事例は、突出した個人技だけの話ではない。ソンラ省は果樹・ソンチャを合わせて8万5,000ヘクタール超を抱える北部最大の果樹産地で、2026年の果実生産量は39万トン超が見込まれている。省は栽培コード(産地コード)を216件・約2,800ヘクタール分維持し、うち200件を輸出向けに整備している。
| ソンラ省の指標 | 数値(2026年目安) |
|---|---|
| 果樹・ソンチャ栽培面積 | 8万5,000ha超(北部最大) |
| 果実生産量 | 39万トン超 |
| 産地コード | 216件・約2,800ha(うち輸出向け200件) |
| 2026年の農産物輸出目標 | 2億4,000万ドル |
省の方針も、面積を広げる段階から品質・食品安全・加工・販路拡大へと軸足を移している。個々の農家が減農薬に振り切れる土台には、こうした産地全体の底上げがある。
対日調達・園芸から見た三つの示唆
日本のバイヤーや果樹関係者にとって、この事例が持つ意味は三点にまとめられる。
- 栽培哲学の一致——草生栽培・不耕起・自家堆肥は、日本の果樹園が減農薬・土づくりで積み上げてきた技術と同じ方向を向く。共通言語で品質を語れる相手が北部ベトナムにいる、という事実は産地開拓の入口になる。
- 供給源としての安定性——化学資材を絞る園地は、残留農薬や土壌劣化のリスクが構造的に低い。生果の対日検疫は柑橘で依然ハードルが高いものの、加工原料や乾燥・果汁向けの調達先を探す局面では、栽培履歴の明快さがそのまま信用になる。
- 収益モデルの再現性——痩せた斜面の換金作物を、資材を減らしながら高付加価値の果樹へ切り替えて収入を10倍にした道筋は、他省・他品目でもなぞれる。ザライ省で「有機は儲かる」を実証した農家と同じく、減農薬は我慢ではなく利益の源になりうる。
もちろん、一戸100トンの規模がそのまま輸出ロットになるわけではない。だが「誰が、どう育てたか」を語れる産地を早く押さえることが、価格だけの競争から抜け出す条件になりつつある。
まとめ——次に確かめるべきこと
ソンラ省ロンサップ村の柑橘園は、除草剤ゼロと草生栽培という地味な選択を15年続け、トウモロコシ時代の10倍という数字にたどり着いた。ここから調達側が追うべきは三点だ。第一に、ソンラ省が2026年に整備を進める産地コードと輸出向け園地の広がり。第二に、こうした減農薬園地が加工・乾燥・果汁のどの経路で外に出ていくか。第三に、カムカインや種なしタンジェリンといった在来・準在来品種が、日本の実需にどう当てはまるか。まずは産地コードの登録状況と、ソンラ省の2026年果実シーズンの動きから確かめてみてほしい。