ベトナムのエビ輸出最大手ミンフー(Minh Phu)の子会社が、エビではなく「川ガニ」の養殖に本腰を入れている。フンイエン省ナムクオン地区で、ミンフー・インターナショナル(MICFOOD)が108ヘクタールの水域を使い、cà ra(カー・ラー)と呼ばれる淡水性のカニを育てている。この種はチュウゴクモクズガニ(Eriocheir sinensis)、つまり中華料理の高級食材「上海蟹」と同じ種であり、日本の河川に棲むモクズガニの近縁でもある。エビの反ダンピング審査や価格暴落に揺れる中で、カマウ省に大型加工工場を構えたエビ輸出最大手のミンフーが、あえて畑違いの高単価品目に賭ける。この動きは、日本の水産バイヤーにとって「上海蟹の穴」を突く新しい調達先の予兆になりうる。
108haで年30トン、利益率35〜40%という数字
MICFOODが公表した数字は、養殖事業としては目を引く水準だ。自社養殖面積は108ヘクタールで、そのうち稼働しているのは約75ヘクタール。これに農家と連携した30ヘクタール超が加わる。2025年の商品ガニ生産量は30トンを超えた。
販売価格は1kgあたり60万〜70万ドン。1万ドンを約60円で換算すると、3,600〜4,200円になる。経費を差し引いた後の利益率は35〜40%とされ、エビ養殖が価格変動で赤字と黒字を行き来する現状を思えば、安定感のある数字だ。トラン・ヴァン・ヴァン会長は「多くの時期で供給が需要に追いつかない」と語り、外国からの引き合いは数千トン規模に達するという。
なぜエビ王が畑違いのカニを選んだのか
ミンフーは「エビ王」の異名を持つベトナム最大のエビ輸出企業で、50カ国超に販売網を持つ。2025年は本体と子会社ミンフー・ハウザンを合わせ、エビ輸出だけで5億4千万ドルを超えた。それでもエビ一本足の経営には構造的な弱点がある。米国の反ダンピング審査、病害による歩留まりの悪化、養殖池の飽和、そして世界的な供給過剰による単価下落だ。
川ガニはこの弱点を補う。淡水で育つため塩害地のエビ池とは競合せず、単価はエビの高級グレードに匹敵する。ベトナムでエビ大手が新しい魚種に触手を伸ばす例は珍しくなく、エビ大手がティラピアで白身魚の新供給源に回る動きとも軌を一にする。品目を横に広げることで、単価とリスクの両方を平準化しようという発想である。
数字で見る養殖モデルの内訳
MICFOODが明かしたコスト構造と生産条件を並べると、この事業の勘所が見えてくる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 自社養殖面積 | 108ha(うち稼働 約75ha)+農家連携30ha超 |
| 養殖密度 | 約3尾/m² |
| 2025年生産量 | 商品ガニ30トン超 |
| 商品ガニ販売価格 | 60万〜70万ドン/kg(約3,600〜4,200円) |
| 農家からの買取価格 | 36万〜42万ドン/kg(約2,160〜2,520円) |
| 利益率 | 35〜40%(経費控除後) |
| 種苗コスト比率 | 総投資の40〜45% |
| 飼料コスト比率 | 20〜25% |
種苗が総投資の4割超を占めるのが、この養殖の最大のボトルネックだ。飼料より種苗のほうが重いという構造は、エビ養殖とは逆で、生産をスケールさせる鍵が「稚ガニをいかに安定確保するか」に集約されることを示している。池には水草(ベトナム語でrong đuôi chóと呼ばれる沈水植物)を水面の20〜30%植え、脱皮時の隠れ場所と水質浄化を兼ねさせている。
種苗の壁と、それを崩す二段構え
川ガニ養殖の普及を阻んできたのは、稚ガニの供給だ。MICFOODはこの壁を二つの方法で崩そうとしている。
- 中国・江蘇省の大規模企業と技術提携し、種苗生産のノウハウを導入。江蘇省では「カニ粉1kgあたり約12万尾」の稚ガニを生産できる水準にあるという。
- 国内ではハイフォンの海産研究所と協力し、種苗の国産化を進行中。会長は「初期結果は好評」と述べ、輸入依存からの脱却を目指す。
- 農家からの買取価格を36万〜42万ドン/kgと明示し、周辺農家を連携生産に巻き込むことで、供給量そのものを面で広げようとしている。
川ガニ(cà ra)はもともと紅河、マー川、タイビン川など北部の大河川に自然分布する在来の高級食材で、冬の低温で産卵する性質から北部〜中部ハイヴァン峠あたりまでが生息域とされる。天然頼みだった資源を養殖で工業化する構図は、供給の読みにくさを解く一手になる。
日本のバイヤーが押さえるべき三つの論点
この事業を対日調達の視点で見ると、単純な「新しいカニ産地の誕生」では片づけられない論点が三つある。
第一に、上海蟹の代替という位置づけだ。cà raは上海蟹と同じ種であり、日本では「日本の上海蟹」と呼ばれるモクズガニの近縁にあたる。濃厚なカニ味噌を持つこの系統は、中華料理店や高級和食で確かな需要がある。国内のモクズガニは天然採取が中心で供給が不安定なため、養殖で数量を読める産地は、料理店向けの通年調達を組む相手として価値が出る。
第二に、生体輸入の規制という関門だ。チュウゴクモクズガニは日本で特定外来生物に指定されており、生きたままの輸入・運搬・飼育は原則できない。したがって対日ルートは活ガニではなく、冷凍・加工・むき身・カニ味噌といった「死んだ状態の製品」に限られる。MICFOODが加工に強いミンフー傘下である点は、この関門を越えるうえで実は追い風になる。バイヤー側も、産地に活け締めや冷凍の一次加工を求める前提で商談を組むべきだ。
第三に、価格帯の読み方だ。産地の商品ガニが1kg3,600〜4,200円という水準は、高級食材としては手頃な部類に入る。輸送・加工・関税を上乗せしても、店頭で上海蟹より競争力のある価格を組める余地がある。高単価の希少水産をどう仕入れるかは、欧州バイヤーが長期契約を手放した越産ハマグリの調達でも論点になった通り、少量・高付加価値の品目ほど産地との直接の関係づくりが効く。
現状の到達点と、輸出までの距離
ヴァン会長が挙げる輸出先は、シンガポール、台湾、マレーシアといったアジア市場だ。数千トンの引き合いに対し、2025年の生産は30トン超にとどまる。需要と供給の差は大きく、当面は国内市場が主戦場になる。輸出を本格化するには、種苗の国産化と連携農家の拡大で生産量を一桁増やす必要がある。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事業主体 | ミンフー・インターナショナル(MICFOOD)/エビ大手ミンフー傘下 |
| 所在地 | フンイエン省ナムクオン地区 |
| 対象種 | cà ra(チュウゴクモクズガニ/上海蟹の同種) |
| 当面の主市場 | 国内(ベトナム) |
| 輸出検討先 | シンガポール・台湾・マレーシア |
| 種苗確保 | 中国・江蘇省企業との技術提携+ハイフォン海産研究所と国産化 |
まとめ——「エビの次」を仕込む産地として見る
MICFOODの川ガニ事業は、まだ年30トンの初期段階にすぎない。それでも、エビ輸出最大手が加工力を武器に高単価の淡水種へ横展開する構図は、ベトナム水産が「エビ一本足」から抜け出す動きの一例として押さえておく価値がある。日本のバイヤーが次に確かめるべきは三点だ。第一に、種苗の国産化がどこまで進み生産量が積み上がるか。第二に、冷凍・加工品として対日輸出の規格が整うか。第三に、上海蟹やモクズガニに対して店頭でどこまで価格優位を作れるか。まずは冷凍・加工前提のサンプル取り寄せから、この産地の実力を測ってみたい。