ベトナム水産加工輸出協会(VASEP)と国営メディアVOVが8月8日に伝えた数字は、水産バイヤーにとって示唆に富む。2026年上半期、ベトナム産ティラピアの対日輸出は前年同期比54%増の約140万ドル(約2.1億円)に伸びた。6月単月でも約20万ドル(約3,000万円)と11%増。金額は小さいが、伸びの中身が変わってきている。冷凍フィレと付加価値加工品が輸出額の大半を占め、その一部は寿司・刺身用として日本に渡り始めた。安い切り身の魚が、生食グレードへと軸足を移す転換点にある。
上半期の対日輸出は54%増、それでも全体の2%という現実
数字を正しく置くと構図が見える。2026年上半期、ベトナムのティラピア輸出は全市場合計で約6,940万ドル(約104億円)。このうち日本向けは約140万ドルで、全体に占める割合はおよそ2%にとどまる。量を牽引しているのは日本ではなくブラジルだ。2025年末の関税優遇合意を機にブラジル向けが約3,490万ドル(約52億円、全体の5割超)へ跳ね上がり、前年同期比で289倍という異常な伸びを記録した。
つまり対日輸出の54%増は、ブラジルのような「量」の話とは別の軸にある。1キロあたりの単価が高い生食・加工向けをどれだけ積めるか、という「値」の勝負だ。日本向けの内訳は冷凍フィレが67%、付加価値加工品が21%、残りの約10%がその他の冷凍品。低価格の丸魚を大量に流すのではなく、単価の取れる形態に寄っているのが、他の市場との違いになっている。
| 区分(2026年上半期) | 金額(円換算) | 前年同期比 |
|---|---|---|
| ティラピア輸出総額(全市場) | 約6,940万ドル(約104億円) | — |
| うちブラジル向け | 約3,490万ドル(約52億円・全体の5割超) | 289倍 |
| うち日本向け | 約140万ドル(約2.1億円) | +54% |
| 6月単月・日本向け | 約20万ドル(約3,000万円) | +11% |
円換算レート:1米ドル≒150円。ベトナムドンは1万ドン≒60円(tỷ=10億ドン。100 tỷ đồng=1,000億ドン≒約6億円)で換算。
「イズミダイ」として消えた白身が、刺身グレードで戻ってくる
日本の食卓にとって、ティラピアは初めての魚ではない。1960年代以降、マダイの代用魚として養殖が広がり、流通段階では「イズミダイ」「チカダイ」といった商品名を付けて、回転寿司やスーパーの鮮魚売り場に並んでいた。淡白で肉厚な白身はマダイやクロダイに近く、加熱でも生でも扱いやすい。ところが食品表示法の運用が厳しくなり、「イズミダイ」の名で売ることが難しくなると、店頭からも回転レーンからもほぼ姿を消した。
今回の対日輸出は、その歴史を逆回しにするものだ。ただし戻り方が違う。かつては別名で高級魚に見せかけた「安い代用」だったのに対し、今回は原産地・水質・寄生虫管理・トレーサビリティを整えた刺身グレードとして、正面から日本市場に入ろうとしている。名前を隠すのではなく、生産履歴を開示して価値を出す。同じ魚でも、売り方の設計思想が反転している。
バレンツ海のタラ枠が半減、白身の玉不足が追い風になる
この動きは、世界の白身魚が細っている事情と地続きだ。2026年のバレンツ海マダラ漁獲枠は48,530トンと前年の半分以下に落ち込み、ノルウェー産タラの原料価格は1トンあたり約1.2万ドルの水準まで上がった。スケソウダラなど代替種に需要が流れ、養殖ティラピアは世界生産が3.3%(約24.2万トン)増える見通しで、その受け皿になりつつある。
日本の回転寿司や加工食品は、白身のかなりの部分を輸入のタラ・スケソウダラに頼ってきた。原料高が続けば、価格と供給の安定した養殖白身へ目が向くのは自然な流れだ。ベトナム産ティラピアは、この空席を「刺身も引き受けられる白身」として狙っている。ブラジル向けが量で回るのに対し、日本向けは高値の白身需給という別の扉を開けにいっている、と読むのが実態に近い。
Vietnam Clean Seafoodの6か月改修と、寿司に必要な条件
実際に動いた企業は具体的だ。カントー市に拠点を置くVietnam Clean Seafood Corporation(CEO:Vo Van Phuc氏)は、約6か月かけて設備と工程を改修したうえで、2026年7月に寿司・刺身向けフィレを日本へ初出荷した。同社は日本に加え、米国・カナダも狙う。米国向けでは、ハイフォン市の協同組合が高度な養殖技術で育てた大型ティラピアを輸出した例も報じられている。
生食に回すには、丸魚を冷凍するのとは要求水準が違う。養殖池の水質、原料の管理、凍結、寄生虫のコントロール、食品安全とトレーサビリティまで、一連の条件をそろえて初めて刺身グレードとして通る。VASEPのDo Ngoc Tai会長は、海洋魚の供給が細り漁労コストが上がるなか、刺身のような高付加価値セグメントでのティラピアの可能性に自信を示している。一方で会長は、付加価値品の壁は「生産ではなく、国内の流通と販売にある」とも指摘する。ある加工業者はこうした製品の国内販売で100 tỷ đồng(=1,000億ドン、約6億円、総売上の約2%)を見込むが、売り先の開拓が課題だという。
日本の調達担当が見るのは価格ではなく、凍結記録とトレーサビリティ
輸入・調達の実務目線で言えば、確かめるべきは単価そのものではない。生食で使う以上、寄生虫対策としての凍結温度と時間の記録、養殖池から加工までの履歴、食品安全の認証がそろっているか——ここが取引の可否を分ける。ベトナムは輸出向けの認定加工場が約510、年間の稚魚生産が14億尾、2025年の生産量は42万トン(前年比33%増)と、量の土台はできている。問題は、その量のどれだけを生食グレードの管理下に置けるかだ。
VASEPは下半期について、ブラジルや米国の政策動向次第で輸出が難所に入る可能性に触れ、仕向け先の多角化を勧めている。ブラジル一極の量に頼る構図はリスクでもある。日本向けの「値」の販路は、金額こそ小さいが、その多角化の一手として意味を持つ。日本のバイヤーにとっては、タラ・スケソウダラ高騰の代替を、まだ価格が固まりきらないうちに評価できる局面ということになる。
ブラジル向けの量とは別の勝負が、日本で動き始めた
2026年上半期の54%増と、冷凍フィレ・付加価値品へのシフトが示すのは、ベトナム産ティラピアが「量のブラジル」と「値の日本・米国」を同時に走らせ始めたということだ。かつて名前を隠して回転寿司に紛れた白身は、今度は履歴を開示した刺身グレードとして再上陸を試みている。世界の白身魚が細るタイミングでこの転換が起きているのは、日本の調達側にとっても見過ごせない。金額2億円規模の今のうちに、産地と管理の中身を自分の目で確かめておく価値がある。
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参照元
- VOV「Vietnamese tilapia moves upmarket, gains traction in Japan, US」(2026年8月8日)
- DTiNews / Dân trí「Vietnam exports tilapia to Japan for sushi and sashimi」
- VietnamPlus「Brazil spends nearly 35 million USD on Vietnamese tilapia, imports surge 289-fold」
- SeafoodSource「Kontali predicts tight cod supply, high whitefish prices in 2026」