ベトナム中部・ニャチャンに、アジア約20カ国から養殖の専門家が集まった。2026年7月15〜18日にニャチャン大学で開かれた「第8回アジア生簀養殖国際シンポジウム(CAA8)」は、テーマに「緑とスマートな生簀養殖」を掲げ、HDPE(高密度ポリエチレン)製の生簀やIoT環境モニタリング、AIによる自動給餌といった技術を主役に据えた。ベトナムの海面養殖が「たくさん獲る」から「きれいに、均一に育てる」へ軸足を移そうとしている――日本の水産バイヤーにとって、これは仕入れ品の質が数年がかりで変わっていく兆しになる。
ニャチャンに20カ国、テーマは「緑とスマート」
CAA8はアジア水産学会(Asian Fisheries Society)が主催し、ニャチャン大学と上海海洋大学、中国・ASEANの海洋養殖技術共同研究拠点などが共催した。参加者は250名、うち海外からの参加はおよそ150名で、約20カ国が顔をそろえた。会期中は技術革新・育種改良・栄養・環境の持続性・魚病管理などのセッションが組まれ、沖合養殖システムや選抜育種に加え、AI・IoT・カーボンニュートラル・バリューチェーン管理といった新領域まで議題に上がった。
アジア水産学会のLiu Liping会長は、ベトナムが沖合養殖への高度技術の導入で「著しい進展を見せている」と述べた。開催地に中部の海面養殖の中心地ニャチャン(カインホア省)が選ばれたのは、この土地が沖合養殖の実装で先行しているからだろう。
なぜ今、「緑とスマート」なのか
会議の背景には、ベトナムが掲げる2030年に向けた海面養殖の国家戦略がある。「透明性・責任・持続可能性」を原則に、先端技術で大規模・工業的・環境配慮型の養殖へ移行するという方向で、全国で養殖面積30万ヘクタール、生簀容積1,200万立方メートル、生産量145万トン、輸出額は年18〜20億ドルを目標に据える。
その先頭を走るのがカインホア省だ。同省は2030年までに従来型の生簀を100%HDPE生簀と沖合工業養殖へ転換する目標を掲げ、省内で海面養殖1,500ヘクタール、生産量3万トン、輸出額10億ドルを目指す。ニャチャン沖のホンノイ・ダムベイでは、漁民が国内で初めて岸から6海里の沖合で海面魚を育て始めた。CAA8はこの実装が進む土地で、次の技術を持ち寄る場になった。
数字で見る、ベトナム海面養殖の到達点
国家目標と、先行するカインホア省の目標を並べると、ベトナムがどの規模を狙っているかが見えてくる。
| 項目 | 全国目標(2030年) | カインホア省目標(2030年) |
|---|---|---|
| 養殖面積 | 30万ヘクタール | 1,500ヘクタール |
| 生簀容積 | 1,200万立方メートル | ー |
| 生産量 | 145万トン | 3万トン |
| 輸出額 | 年18〜20億ドル | 10億ドル |
| 生簀の方向性 | 沖合・工業型へ | 従来型を100%HDPEへ転換 |
カインホア省一つで全国輸出目標の半分近い額を掲げており、この省が国の海面養殖を牽引する存在であることがうかがえる。
HDPE生簀・IoT・AIは何を変えるのか
会議で並んだ技術は、それぞれ養殖魚の「質」に直結する。要点を整理する。
- HDPE生簀:木製やドラム缶を浮きに使う従来型に比べ、素材寿命が長く(現地では50年とされる)、台風や高波にも耐える。沖合の水深と潮通しのよい場所へ生簀を出せるため、水質が安定し、魚の生育環境が均質になる。
- IoT環境モニタリング:水温・溶存酸素・塩分をセンサーで常時記録する。異常の早期把握で斃死を減らせるうえ、飼育履歴のデータが残る。これは輸入側が求めるトレーサビリティの土台になる。
- AI自動給餌:魚の食い付きを見ながら餌量を最適化する。過剰給餌による水質悪化を抑え、出荷サイズのばらつきを縮められる。
カインホア省の主力である養殖魚――ハタ類、コビア、シマアジ系、そして生簀養殖の看板であるロブスターは、いずれも沖合HDPE化とデータ管理の恩恵を受けやすい魚種だ。中国向けの活ロブスター輸出がベトナム水産の稼ぎ頭に育った経緯は別稿(活ロブスターが10億ドルに迫る、中国が変えた越水産の稼ぎ方)でも触れたが、その品質を沖合養殖とデータで底上げする流れが今回の会議の延長線上にある。
日本の調達にとっての意味
この動きを日本の仕入れ目線で読むと、三つの実利が見えてくる。
第一に、サイズと鮮度の均一化だ。沖合の安定した水質とAI給餌は、出荷サイズのばらつきを縮める。ロットごとの歩留まりが読みやすくなり、加工や小売の現場で扱いやすくなる。第二に、トレーサビリティ。IoTで飼育履歴が残る養殖場は、産地・給餌・水質の記録を提示しやすい。原料の由来説明を求められる日本の商流では、これが取引の入口になる。第三に、供給の平準化。天然頼みの魚種は漁模様で入荷が振れるが、沖合養殖は計画生産に近づく。年間契約や定量仕入れを組みやすくなる。
日本は長らくベトナム水産の「買い手」だったが、原料を回し合い技術で品質を引き上げる段階へ移りつつある(日本が買うだけの時代は終わる、日越水産が原料を回し合う段階へ)。CAA8で共有された生簀技術は、その「品質を一緒に作る」余地がどこにあるかを教えてくれる。給餌設計や魚病管理、選抜育種は、日本側の知見が入り込める領域だ。
市場への波及と、次の数年
HDPE化と沖合移行はコストがかかる。従来型の生簀を入れ替える初期投資は小規模漁家には重く、100%転換という目標が計画どおりに進むとは限らない。裏を返せば、転換を先に終えた養殖場ほど品質と生産の安定で差をつけられる。日本のバイヤーにとっては、どの産地・どの養殖企業がHDPE化とデータ管理を実装済みかを見分けることが、これからの調達の目利きになる。
ホタテのように日本が最大の買い手として加工ハブ化まで踏み込んだ事例(越ホタテが日本最大の買い手に、加工ハブ化が開く調達の新ルート)と同じ発想を、海面魚に当てはめる余地もある。沖合養殖で質の底が上がれば、活魚・フィレ・加工品と、日本側の使い道も広がっていく。
CAA8 開催概要
| 会議名 | 第8回アジア生簀養殖国際シンポジウム(CAA8) |
|---|---|
| テーマ | アジアにおける生簀養殖の緑とスマートな発展 |
| 会期 | 2026年7月15〜18日 |
| 会場 | ニャチャン大学(カインホア省ニャチャン) |
| 主催 | アジア水産学会(AFS)/ニャチャン大学ほか共催 |
| 参加 | 250名(うち海外約150名・約20カ国) |
| 主な技術テーマ | HDPE生簀/IoT環境モニタリング/AI自動給餌/選抜育種/魚病管理 |
まとめ:産地の「実装度」を仕入れの物差しに
CAA8は、ベトナム海面養殖が量から質へ舵を切る節目にあたる会議だった。国家目標は2030年に生産量145万トン・輸出額年18〜20億ドル、先頭のカインホア省は従来型生簀の100%HDPE化を掲げる。日本の水産バイヤーが今できる一手は、取引先候補の産地について「沖合HDPE化・IoT記録・AI給餌をどこまで実装しているか」を具体的に確認することだ。実装が進んだ養殖場は、均一なサイズと産地履歴という、日本の商流で扱いやすい強みを持つ。ロブスターやハタ類の見積もりを取る際に、生簀の種別と飼育データの提示可否を一項目加えるところから始めたい。