ベトナム北部ラオカイ省タックバー社で、木材生産と養豚をやめた60代の農家グエン・チョン・ヒエウ氏が、四季なりライム(現地名チャイン・トゥークイ/chanh tứ quý)3ヘクタールから2025年に約2億ドン弱の収入を得た。地元紙ダンヴィエットが2026年7月28日に報じた。通年で花と実をつける品種を選び、年間およそ20トンを収穫している。日本の食品・飲料メーカーにとって、香酸柑橘の原料をどの産地からいつ引くかという問いに、この小さな転換は具体的な材料を差し出す。円換算は1円=約170ドンを目安にした概算で示す。
旧イエンバイの4ヘクタールで、3ヘクタール分のライムが季節を選ばず実る
ヒエウ氏の農地は総面積およそ4ヘクタール。うち3ヘクタールに四季なりライムを植え、残り1ヘクタールで茶(chè)を育てている。行政区画の再編で今はラオカイ省タックバー社だが、以前は旧イエンバイ省イエンビン県ダーコック村にあたる山あいの土地だ。かつては植林用のアカシア(keo)と養豚で生計を立てていたが、養豚は取りやめ、痩せた傾斜地を柑橘に切り替えた。
四季なりライムは、種がほとんど入らず果汁が多い小果で、樹高1〜2メートルほどにおさまる。名前のとおり四季を通じて開花と結実を繰り返すため、収穫が特定の時期に偏らない。ベトナムでは苗の系統がカリフォルニア由来とされ、植え付けからおよそ1年で実り始める早さも特徴になっている。ヒエウ氏はハノイの農業研究機関(Viện Nông nghiệp I)から苗を取り寄せ、古いザボン(bưởi)の株を台木にした接ぎ木で樹を仕立てた。すでにある根系を生かすこの手順が、山地での活着を助けたとみられる。
不良地を高収益作物に置き換えて所得を押し上げる動きは、北部の各地で同時に起きている。フエでは低湿の使いにくい水田を蓮に転換した農家が稲作の3〜5倍にあたる年収に届いた例が伝えられており、ヒエウ氏の柑橘転換もこの流れの中に置くと理解しやすい。共通するのは、土地の弱点を認めたうえで、その土地でこそ値がつく作物を選び直した点だ。
1kg8,000ドンでも年20トン、価格の谷を数量と通年性で埋める
ヒエウ氏の四季なりライムは、通常期の畑先価格が1kgあたり8,000〜10,000ドン(およそ47〜59円)にとどまる。それでも年20トンという収穫量を通年でならすことで、2025年に約2億ドン弱(およそ120万円弱)の収入を成立させた。価格が跳ねるのはテト(旧正月)前後で、需要期には40,000〜50,000ドン(およそ235〜294円)まで上がり、報道時点の相場も25,000〜30,000ドン(およそ147〜176円)と通常期の3倍前後に位置していた。
| 時期 | 畑先価格(1kg) | 円換算の目安 |
|---|---|---|
| 通常期 | 8,000〜10,000ドン | 約47〜59円 |
| 報道時点の相場 | 25,000〜30,000ドン | 約147〜176円 |
| テト(旧正月)前後 | 40,000〜50,000ドン | 約235〜294円 |
この価格構造は、単価の高い時期だけを狙う果物栽培とは設計思想が違う。四季なりライムは実が付き続けるため、安い月も高い月も切らさず出荷でき、年間を通した平均単価と数量の掛け算で採算を作る。裏返せば、通年で一定量が市場に出るということでもあり、加工原料として安定調達を求める側にとっては読みやすい供給になる。
国産すだち・かぼすが休む冬に、通年供給が効く日本の飲料・食品調達
日本で香酸柑橘というと、すだち・かぼす・ゆずが思い浮かぶが、いずれも旬がはっきりしている。すだちは夏から秋の青いうちが盛りで、かぼすの収穫は7月から翌1月ごろ、ゆずは秋から冬に集中する。一方でライムは国内生産が細く、流通するものはほぼ全量が輸入で、主産地はメキシコに偏っている。つまり日本の飲料・外食・調味料の現場では、酸味と香りの供給源が「季節で切れる国産」と「一極集中の輸入」に二分されている状態だ。
| 香酸柑橘 | 主な供給時期 | 供給の性格 |
|---|---|---|
| すだち(徳島) | 夏〜秋 | 国産・季節限定 |
| かぼす(大分ほか) | 7月〜翌1月 | 国産・季節限定 |
| ゆず | 秋〜冬 | 国産・季節限定 |
| ライム | 通年 | ほぼ全量輸入(メキシコ中心) |
| 四季なりライム(越北部) | 通年 | 近距離・通年結実 |
ここに、通年で実をつける品種を近距離のベトナムから引ける可能性が加わる意味は小さくない。清涼飲料の割り材、酎ハイやカクテル用の果汁、ドレッシングやたれの酸味づけといった用途では、香りより先に「一年中、同じ品質で切らさず入るか」が採用の分かれ目になる。四季なりライムの通年結実は、この要件と素直にかみ合う。搾汁して濃縮やピューレにすれば輸送性も上がり、生果より歩留まりと日持ちの設計がしやすい。
個別の作物を日本側の原料需要に橋渡しする筋道は、柑橘に限らない。契約栽培で買い手を先に決めてから畑を回す型は、たとえば摘めば完売する唐辛子の産地化で先行しており、四季なりライムでも同じ発想が使える。産地側が数量と時期を約束し、調達側が規格と価格を先に示す。ヒエウ氏のような単独農家の段階から、協同組合や集荷業者を挟んでロットをまとめる段階へ進めば、対日の加工原料として現実味が出てくる。
ハティンの柑橘園やフエの蓮田と何が違うか——品種選択が産地を分ける
ベトナムの柑橘というと、これまで本サイトでも取り上げてきたのは南部・中部の産地が多かった。中部ハティンでは、農薬を減らす順番を土づくりから始めた7ヘクタールの柑橘園が注目されたが、あちらはオレンジ系を中心とした栽培体系で、産地も気候も北部ラオカイとは異なる。ヒエウ氏の事例が別物なのは、通年結実の四季なりライムという品種を選んだ点と、標高のある北部山地という立地の組み合わせにある。同じ「柑橘」でも、どの品種をどこで育てるかで、出せる時期も向く用途も変わる。
ベトナム北部の農業関係者からは、山地の傾斜地は稲や野菜では収益が伸びにくく、通年で値のつく果樹に切り替える農家が増えているという受け止めが聞かれる。調達側でも、輸入ライムの価格変動と一極集中への不安から、供給元を分散させたいという声は以前から出ている。四季なりライムはまだ個別農家の実績が積み上がっている段階だが、通年供給と近距離という二つの条件は、次の候補として検討する動機になりうる。
日本の食品・飲料メーカーが今すぐ動く話ではない。ただ、痩せた山地を選び直し、種のない小さな柑橘を四季を通じて実らせる一農家の判断は、香酸柑橘の調達地図に北部ベトナムという書き込みを増やす。作物を替えたのはヒエウ氏だが、その先で調達の選択肢を広げるかどうかは、時期と数量を約束できる産地づくりが続くかにかかっている。