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クアンニンのイカ養殖10年、生存率30%が説く『儲かる』の落とし穴

ベトナム北部クアンニン省のクートー(Cô Tô)沖で、生きたイカの養殖に10年以上を費やしてきた起業家がいる。Mực nhảy Biển Đông(東海の跳ねイカ)社の会長、グエン・バー・ゴック(Nguyễn Bá Ngọc)氏だ。2026年8月10日、ベトナム農業環境紙のインタビューで氏が語ったのは、成功譚ではなく「イカ養殖を『簡単に儲かる』と思うな」という戒めだった。SNSに流れる収穫動画だけを見て参入する人が増えるなか、生存率およそ30%という現場の数字を突きつけた発言は、対ベトナム調達を検討する日本の水産バイヤーにも読みどころを残す。

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生存率30%、生きイカ42万ドン/kg——クートー沖の10年が並べた数字

ゴック氏が繰り返すのは「生きたイカを育てられることと、経済的に成り立つことは、まったく別の話だ」という一点だ。稚イカを放してから出荷までの生存率は、氏の記録でおよそ30%にとどまる。残り7割が育ちきらない前提で、餌代・人件費・設備の減価まで積んで初めて損益が見える、というのが10年かけた結論である。

数字を並べると輪郭がはっきりする。1級品の生きイカは時期によって1kgあたり420,000ドン前後で取引される。1万ドンを約60円で換算すると、およそ2,500円/kgだ。条件がそろえば利益は1トンあたり70〜100百万ドン(約42万〜60万円)出る一方、水温・塩分・酸素・飼育密度のどれかが崩れれば、その利幅は容易に消える。ゴック氏自身、この10年で十億ドン単位(tỷ đồng、数千万円規模)を失ったと明かしている。

項目 一次ソースの値 円換算(1万ドン≒60円)
養殖研究・試験の年数 10年以上
放苗〜収穫の生存率 約30%
生きイカ1級品の価格 約420,000ドン/kg 約2,500円/kg
利益(条件が合えば) 70〜100百万ドン/トン 約42万〜60万円/トン
飼育密度の目安 6尾/m³
出荷サイズ(5〜6か月) 0.5〜1.2kg/尾

180㎡の実験区画から、世界最大級のHDPEかごへ

ゴック氏は1989年生まれ、ハティン省の出身だ。2019年にニントゥアン省で会社を立ち上げ、当初は漁師から生きイカを買い取ってレストランや鮮魚店に卸していた。運搬中にイカを死なせない通水式の箱を自作したのが、最初の技術投資だった。

2021年、ヴィンヒー湾の180㎡の区画で人工繁殖の試験に着手する。捕えた親イカをかごで馴致し、産卵させ、採卵した卵を孵化させて稚イカを海へ戻す——という工程を一つずつ組み上げた。孵化率はおよそ50%。2024年初めには約3,000㎡・投資6 tỷ đồng(60億ドン、約3,600万円)の巨大HDPEかごを進水させ、ベトナム最大・世界最大級とうたわれた。飼育は1m³あたり6尾を目安に、5〜6か月で0.5〜1.2kgまで育てる。最初の3か月は小魚やエビの生き餌を与える。そして氏は今、クートーの沖合集約養殖区(約209.8ha)へと軸足を移しつつある。

スルメイカが激減した日本市場に、養殖イカは届くか

ここに日本側の事情を重ねると、需給の谷が見えてくる。日本のスルメイカは記録的な不漁が続き、報道では水揚げが10年前と比べ8割超減ったとされる。かつて1kgあたり283円だったスルメイカが1,000円を超えた、との指摘もある。刺身向けのイカは価格が上がり、輸入への依存も強まっている。ベトナムからの水産輸出はエビやパンガシウスのバリューチェーンが主役だが、そこにイカという新しい品目が育ちつつある構図だ。

ゴック氏が繁殖にこぎつけたイカには、日本の寿司ネタで高値がつくアオリイカ(ベトナム名mực lá、ヤリイカ類の一種)が含まれる。生きイカ2,500円/kgという現地価格には、鮮度と活〆を武器に日本の高級帯へ食い込む余地が理屈のうえでは残る。ただし断言はできない。活イカ・活〆イカの輸出は輸送コストと歩留まりが厳しく、日本側の衛生基準や生鮮流通の壁も高い。生存率が3割で振れるうちは、量をそろえて通年で安定供給する段階には遠い。可能性は現地価格の裏に確かにあるが、越えるべき条件もまた現地の数字が示している。メコンデルタのエビ養殖が数十年かけて輸出産業に育った道のりを思えば、北部沖合のイカ養殖はまだ入口に立ったところだ。

「動画ではなく現地の数字を見ろ」——参入前に答えるべき問い

ゴック氏が投資希望者に勧めるのは、成功動画ではなく現場である。「現地に足を運び、データを見て、生存率を聞き、費用を丸ごと計算しろ」。種苗の入手先、稚イカの質、水質、水温・塩分・酸素をどこまで制御できるか、餌、そして出荷先——答えを持たないまま設備だけ先に組めば、生きイカは育っても事業は育たない、という戒めだ。

日本のバイヤーにとっての読みどころも、同じ場所にある。養殖イカの調達を検討するなら、ブランドの物語や最大級のかごではなく、直近の生存率・稚苗の由来・活〆の歩留まりを一件ずつ確かめることだ。ベトナム産水産物を日本企業がどう取り込んできたかの事例と同じで、勝敗は現場の数字の確認精度で決まる。クートーの10年が積み上げたのは、養殖イカという新しい供給源の可能性と、それを支える数字の厳しさの、その両方だった。

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この記事を書いた人

京都で食品ブランドを運営しながら、これまで乾燥野菜や野菜パウダーなど、素材の魅力を活かした商品づくりに携わってきました。現在はベトナム在住2年目で、現地ではコーヒーの生産現場にも関わり、栽培から加工、味づくりまで一貫して学んでいます。毎日の暮らしの中で、安心して楽しめる食品を届けたいという思いから、生産背景や作り手の顔が見える商品を大切にしています。日本とベトナム、それぞれの食文化の魅力を活かしながら、日常にちょっとした豊かさを届けることを目指しています。

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