ベトナム北部トゥエンクアン省の省水産センターが、高級川魚カーチエン(cá chiên)の人工種苗を年初から5万尾超も生産した。カーチエンは紅河水系に棲む大型のナマズの仲間で、身の締まりと希少性から高値がつく魚だ。これまで養殖用の稚魚は川で獲る天然頼みだったが、その稚魚づくりを産地の中で回せるようになりつつある。原料の安定を課題に抱える日本の水産バイヤーにとって、産地の「川上」が変わる動きとして読み解く価値がある。
省水産センターが年初来5万尾、カーチエンの人工種苗づくりを軌道に乗せた
トゥエンクアン省水産センターは2026年1月から7月末までにカーチエンの稚魚を5万尾超、人工繁殖で生産した。同センターの年間生産能力はカーチエンだけで10万尾を超える見込みで、コイ類・草魚・白ナマズなど各種の稚魚を合わせると年4,020万尾を育て、うち3,180万尾を出荷している。カーチエンは長く「人工では殖えない魚」とされ、失敗を重ねた末にようやく採卵から稚魚の育成までが通しでできるようになった経緯がある。
1kg50〜60万ドンの「川の主」を、産地はこれまで天然の稚魚に頼っていた
カーチエンはロー川(sông Lô)流域で「川の主」「王への献上魚(cá tiến vua)」と呼ばれてきた在来種で、ベトナムのレッドデータブックにも載る希少魚だ。生簀(いけす)で1.5〜2年かけて1.5〜2kgまで育て、産地の取引価格は1kgあたり50万〜60万ドン(約2,900〜3,500円、1円≒170ドンの概算)に達する。問題は稚魚の出どころだった。天然の稚魚を川から獲って生簀に入れるやり方は、獲るほど野生の個体を減らし、産卵場所の悪化もあって年々細っていた。種苗を天然に依存する構図は、他省に頼らない稚魚づくりを進めたクアンチ省のドジョウ孵化場が抱えていた課題とも重なる。
種苗を産地で握ると、生簀養殖の原料が天候と漁獲量から切り離される
稚魚を人工で安定して起こせるかどうかは、生簀養殖の採算を根っこで左右する。天然採捕に頼る限り、投入できる稚魚の数は川の状態と漁の当たり外れに縛られ、出荷量も価格も読みにくい。産地の中で稚魚を計画的に供給できれば、養殖農家は「何尾入れれば何kgが何年後に出せる」という逆算がしやすくなる。ロー川の生簀養殖は台風や増水で損害が出る不確実さを抱えてきただけに、川上の稚魚を天候から切り離す意味は大きい。種苗の品質改良が供給の安定度を決める構図は、対日エビ供給を左右するコナベイの種苗改良と同じ評価軸の上にある。
| 項目 | 数値・内容 |
|---|---|
| 種苗の年産(カーチエン) | 10万尾超(2026年は年初来5万尾超) |
| 出荷までの養殖期間 | 1.5〜2年 |
| 出荷時サイズ | 1尾1.5〜2kg |
| 産地の参考取引価格 | 1kg 50万〜60万ドン(約2,900〜3,500円) |
| 供給先 | 省内の生簀養殖農家+近隣省 |
ハザン・イェンバイ・フート省へ広がる供給網が、産地に厚みを持たせる
この稚魚は省内の生簀養殖農家だけでなく、ハザン・イェンバイ・フートといった近隣省にも渡っている。稚魚が一つのセンターから複数の省へ流れる形は、カーチエンという魚種が一村の特産にとどまらず、北部内水面の広い範囲で育てられる基盤になりつつあることを示す。ロー川では組合員12戸が約63基の生簀でカーチエンなどを育てており、稚魚の外部依存が消えれば、こうした養殖現場が新規に生簀を増やす判断も下しやすくなる。ダム湖で特産魚を太らせるゲアン省の内水面のように、川や湖の水面を使った淡水魚の産地は、調達側から見て掘り下げ余地の残る領域だ。
日本の調達にとっては「安定供給できる産地」という物差しが動く
日本の水産バイヤーがベトナムの淡水魚を見るとき、味や価格より先に問われるのは、必要な量を必要な時に切らさず出せるかどうかだ。天然の稚魚頼みで年ごとに投入量が振れる産地は、たとえ魚そのものが良くても継続調達の相手には選びにくい。種苗を産地で内製できるようになったカーチエンは、供給量を計画から逆算できる産地へ一歩近づいた。現時点で日本向けの本格輸出が動いているわけではないが、稚魚から出荷まで一つの産地でつながる魚種が北部に増えることは、将来の調達候補を広げる材料になる。産地を評価するなら、獲れ高の大きさより、稚魚を自前で起こせるかどうかをまず確かめておきたい。