田んぼの縁で子どもが拾う安価な淡水巻貝が、薬草仕立ての加工品に化けて韓国へ渡っている。ベトナム南部ラムドン省の農家、グエン・フー・ニョン氏(34)が築いたのは、単なる養殖業ではない。法学部を出た若者が、生食用としては二束三文の巻貝を、加工と物語で桁違いの単価へ引き上げた。安い原料をどう高付加価値の商品に変えるか。日本の調達担当者にとっても、この転身劇には読み解く価値がある。
法学部卒が田舎で貝を育てるまで
ニョン氏はホーチミン市で法律を学んだ。就職の選択肢は都市にあったが、彼が選んだのは故郷トラタン地区で巻貝を育てることだった。2018年、およそ1億ドン(約59万円)を元手に養殖を始めたが、序盤は貝の大量死に見舞われ失敗が続いた。水質と餌、密度の管理を独学で詰め、生き残ったノウハウを地域の農家へ開いていった。
現在、彼のチェーンは全国に20農場。1農場はおよそ3ヘクタールで、1日あたり約200kgの成貝を出荷する。平均単価は1kgあたり5万ドン(約290円)。20農場を合わせた1日の売上は2億ドン(約118万円)に達し、利益率はおよそ60%とされる。生食用の巻貝は薄利の代表格だが、規模と回転で稼ぎを組み立てた点が第一段階の勝ち筋だった。
安い巻貝を薬草で化けさせる第二段階
ニョン氏の事業が単なる養殖と一線を画すのは、加工品への踏み込みにある。冬虫夏草や霊芝を配合した薬膳仕立ての巻貝ソーセージは1kgあたり22万〜36万ドン(約1,300〜2,100円)。薬草を混ぜた餌で育てた巻貝は1kgあたり25万〜35万ドン(約1,450〜2,050円)で売られる。生の成貝が1kg約290円だったことを思えば、加工と飼育の工夫だけで単価は数倍から10倍近くへ跳ね上がる。そしてこの2品は、いずれも韓国へ輸出されている。
安価な原料を薬草という文脈でくるみ、健康志向の隣国市場へ流す。ベトナム国内の廉価品としてではなく、機能性を帯びた食材として海外の棚に置く発想が、この事業の付加価値の源泉になっている。
数字で見る巻貝ビジネスの構造
| 項目 | ベトナム価格 | 円換算(1円≈170ドン) |
|---|---|---|
| 生の成貝 | 5万ドン/kg | 約290円/kg |
| 薬草飼育の巻貝 | 25万〜35万ドン/kg | 約1,450〜2,050円/kg |
| 薬膳巻貝ソーセージ | 22万〜36万ドン/kg | 約1,300〜2,100円/kg |
| チェーン1日の売上 | 2億ドン | 約118万円 |
| 初期投資 | 約1億ドン | 約59万円 |
生と加工品の価格差が、この事業の設計図をそのまま示している。原料段階では薄い利益を規模でならし、加工段階で単価を跳ね上げる二段構えだ。
現地と業界の受け止め
反応は数字にも表れている。ニョン氏はこれまで1,000戸を超える農家に養殖を指導し、うち約300戸が収益の出るモデルを確立したという。小規模でも月におよそ2,000万ドン(約12万円)、軌道に乗った農家のグエン・タン氏のような例では月4,000万〜7,000万ドン(約24万〜41万円)を稼ぐとされる。都市の職を捨てた若者が地元に稼ぎの型を残した点が、地域では評価されている。
行政や起業支援の側からの評価も続く。ニョン氏は2022年に若手農業者を表彰するルオン・ディン・クア賞を受け、2023年にはビントゥアン省の起業コンテストで最優秀、ラムドン省のイノベーション審査でも入賞した。廉価な巻貝という地味な題材で、行政が後押しする起業モデルへ引き上げた実績が背景にある。
市場側では、薬膳や健康食への関心が高い韓国が受け皿になっている点が示唆的だ。ベトナムの巻貝加工品が隣国の棚に並ぶ流れは、原料そのものではなく「加工された物語」に対価が付くことを裏づけている。同じ巻貝でも、屋台で殻ごと煮て出される国内向けの姿と、冬虫夏草を練り込んで真空パックされ輸出される姿とでは、たどり着く消費者も価格帯もまったく別物になる。
養殖の技術面でも、序盤の大量死を乗り越えた過程が周囲の農家に共有された意味は大きい。淡水巻貝は水温と水質の変化に敏感で、密度を上げすぎると病気が広がりやすい。ニョン氏が餌と密度、水管理の勘所を言語化して開いたことで、追随する農家が同じ失敗を避けられるようになった。属人的だった養殖知を型に落とし込んだことが、300戸の収益化という数字に結びついている。
日本の珍味・エスニック食材バイヤーへの示唆
日本にも巻貝を食べる文化はある。田んぼのタニシは佃煮や味噌煮の素材として各地に残り、エスカルゴやサザエ、バイ貝といった巻貝は珍味売り場や居酒屋メニューに根を張っている。ベトナムの淡水巻貝は、この珍味・エスニック食材の系譜に接ぎ木できる原料候補だ。生の冷凍むき身であれば佃煮や炒め物の素材に、薬膳加工品であれば健康志向の惣菜やギフト向けの珍味に振り分けられる。
注目したいのは加工度の設計である。生の冷凍原料を輸入して国内で味付けする道もあれば、薬膳ソーセージのような完成品を差別化商品として棚に置く道もある。前者は価格勝負の原料調達、後者は物語で売る商品調達で、狙う棚がまったく違う。ニョン氏の事例は、同じ巻貝でも加工の階層ごとに別の買い手が付くことを、価格差で明快に見せている。日本のバイヤーが検討するなら、まず国内の食品衛生基準や貝類の輸入検疫、寄生虫対策としての加熱前提をどう置くかが入口になる。
価格の見え方も押さえておきたい。生の成貝が1kg約290円という水準は、国産のタニシやサザエと比べても原料として安い部類に入る。ここに輸送費と加熱加工のコストを乗せても、佃煮や炒め物向けの素材としては十分に競争力が残る。一方で薬膳加工品は、健康志向の惣菜やギフト珍味として1kg2,000円前後の棚を狙える。安い原料で数量を確保する路線と、加工品で単価を取る路線を、同じ産地から二本立てで引ける点が、この巻貝の調達上の面白さになる。
業界への波及
この動きは巻貝一品にとどまらない。安価な水産原料を加工と機能性で引き上げる型は、ベトナムの水産加工が量産から付加価値へ舵を切る潮流と重なる。パンガシウス(ナマズ)の産地でも切り身の大量輸出から加工品へ軸足を移す動きが出ており、越パンガシウスの加工品戦略と同じ論理が淡水巻貝でも回り始めた。原料を売るのではなく、加工された商品を売る段階への移行だ。
輸出先として韓国が浮かぶ点も見逃せない。韓国はベトナムを健康・機能性食品の調達先として組み込みつつあり、韓国が越をKフード物流ハブに据える流れのなかに、こうした薬膳巻貝も位置づけられる。ニッチな原料を高収益事業へ組み替える発想は、ドンナイのヤマアラシ養殖のような他の特殊養殖とも共通する。
実用情報
日本の調達担当者が淡水巻貝を検討する場合、確認すべき点はいくつかに絞られる。第一に、貝類は寄生虫リスクがあるため加熱加工を前提とし、生食用としては扱わない設計が現実的だ。第二に、輸入時は加工度で分類が変わる。冷凍むき身などの原料と、味付け済みの加工品では、必要な衛生証明や表示要件が異なる。第三に、供給の安定性である。ニョン氏のチェーンのように複数農場で回す供給元であれば、季節変動や単一産地の事故に強い。まずは少量の冷凍原料でテスト調理し、佃煮や炒め物といった既存の日本の食べ方に合うか、独自の薬膳加工品として立てるかを見極める段取りが手堅い。
まとめ
グエン・フー・ニョン氏の事例は、安い原料でも加工と物語の設計次第で桁違いの単価に届くことを、生と加工品の価格差で証明している。1kg約290円の巻貝が、薬草仕立てで1,000円台後半から2,000円超の輸出品へ変わる。日本の珍味・エスニック食材の売り場にとって、淡水巻貝は既存文化に接ぎ木できる新規原料の芽だ。生原料として味付けの素材に使うのか、薬膳加工品として差別化商品を仕入れるのか。加工の階層ごとに別の棚が開いている。