ベトナム南部ドンナイ省の農家が、豚でも鶏でもなくヤマアラシ(ベトナム語で nhím)の養殖で年に純益5億ドン、日本円にしておよそ300万円を稼ぎ出している。飼料は市場で出た野菜くずや果物、豆腐かすが中心で、1頭あたりのエサ代は1日およそ2,000ドン——12円ほどにすぎない。ベトナムの食肉といえばコモディティ化した豚肉・鶏肉と水産物が主役だが、その裏で高単価の特用畜産が静かに層を厚くしている。日本の食肉・農産物バイヤーにとって、この一件は「ベトナムのタンパク源はどこまで多様化するのか」を測る物差しになる。小規模でも高収益を狙う畜産の設計思想は、ゲアン省でカエル養殖に再起をかけた電気工の事例とも通じるものがある。
250平米で年純益5億ドン、何が起きたか
主人公はドンナイ省ヴィンクー県ヴィンアン町(行政再編後はドンナイ市チアン社)のファン・タイン・トゥン氏。わずか250平米の土地を細かく仕切り、繁殖用の親ヤマアラシ約600頭と出荷用の個体を飼育している。
ベトナムメディアの報道によれば、種用のペアが1組350万〜400万ドン(約2万1千〜2万4千円)、食肉用が1kgあたり320,000〜380,000ドンで安定し、平均でおよそ350,000ドン(約2,100円)。これで月商は約5,000万ドン(約30万円)、経費を差し引いた年間の純益が5億ドン超に達する。トゥン氏は「地元で豚を飼う人たちに比べたら、ヤマアラシはよっぽど楽だ」と語っている。
なぜヤマアラシが「稼げる家畜」になったのか
ヤマアラシ養殖が成り立つ背景には、コスト構造と需要構造の二つがある。
コスト面では、この動物が病気に強く環境適応力が高いことが大きい。ワクチンや高価な配合飼料に頼らず、市場から回収した傷物の野菜・果物やサツマイモ、おからで育つため、豚の飼料高騰リスクをほぼ受けない。仲買人に価格を握られやすい豚と違い、少頭数から始めて自宅の空きスペースで回せる点も参入障壁を下げている。
需要面では、ヤマアラシ肉が都市部の高級外食向けに定着していることがある。ホーチミン市やドンナイの飲食店で焼き・蒸し・炒め物として供され、「珍しく滋養がある食材」という位置づけで高値がつく。ベトナムの法制度上、養殖される一般的なヤマアラシは希少種ではない「普通の野生動物」に区分されるが、繁殖施設は森林保護当局の許可を得たうえで、飼育台帳の記帳などが求められる。この制度整備が、闇取引ではない産地化を後押ししてきた。
数字で見る特用畜産の経済性
豚や鶏の相場と並べると、この畜産の単価の高さがはっきりする。為替は1ドン≒0.006円(1万ドン≒60円)で換算した。
| 項目 | ベトナム価格 | 円換算(概算) |
|---|---|---|
| 1頭あたり飼料費 | 約2,000ドン/日 | 約12円/日 |
| 食肉用の販売単価 | 320,000〜380,000ドン/kg | 約1,900〜2,300円/kg |
| 種用ペア(幼獣) | 350万〜400万ドン/組 | 約2万1千〜2万4千円 |
| 月商 | 約5,000万ドン | 約30万円 |
| 年間純益 | 5億ドン超 | 約300万円超 |
1kg2,000円前後という単価は、ベトナムの一般的な豚肉・鶏肉の店頭価格を大きく上回る。狭い土地で高い付加価値を積み上げる発想は、ハティン省が500平米で年3作・利益2〜3億ドンを叩き出す韓国メロン栽培と同じ「面積あたりの粗利」を最大化する農業経営の思想に立っている。
広がる特用畜産と、専門家が置く注釈
ヤマアラシは単発の成功例ではなく、ベトナム各地で厚みを増す特用畜産の一角だ。現場と研究の声を並べると、その位置づけが見えてくる。
- タケネズミ(dúi)養殖は2025年に肉が1kg400,000〜420,000ドンで取引され、山間部では月20万円規模の利益を出す世帯も現れている。ヤマアラシと同じ「病気に強く低コスト」の系譜にある。
- 一部の自治体は、ヤマアラシ・タケネズミ・ジャコウネコを飼う世帯に1組あたり200万ドンの助成を出すなど、特用畜産を地域経済のテコとして後押ししている。
- ベトナムのヤマアラシ養殖を調査した保全研究は、ソンラ省で2005〜2008年に施設数が急増した一方、飲食店が依然として天然個体を仕入れる例を指摘している。産地化が進んでも「養殖由来」の証明が調達の要になるという注釈だ。
高収益・低コスト・小規模という条件がそろうため、養蚕やハーブ栽培をやめた農家が乗り換える受け皿にもなっている。
日本の調達担当が読み取るべき3点
この事例は、日本のバイヤーがベトナムをどう見るかに三つの示唆を与える。
第一に、ベトナムのタンパク源は「コモディティ食肉+水産」から一段複層化しているという事実だ。豚・鶏・エビ・白身魚の量産ラインの外側で、高単価の特用畜産が独立した市場を形成しつつある。日本の調達計画がベトナムを「安い量産地」としてだけ捉えていると、この価格帯の変化と、それが引き起こす飼料・土地・労働力の配分シフトを読み違える。
第二に、面積あたりの粗利を極大化する経営が農村の標準になりつつある点だ。250平米で年300万円という数字は、広大な農地を前提としない高付加価値モデルが機能することを示す。日本向けの安定調達を組む相手が、こうした小規模高収益の担い手へと入れ替わっていく可能性を織り込む必要がある。
第三に、野生由来食材の調達には制度リスクが常につきまとうことだ。ヤマアラシ肉そのものは、日本への輸入という文脈では検疫・野生動物規制の壁が高く、現実的な輸入品目ではない。だからこそ意味があるのは、産地の合法性・トレーサビリティを見極める眼を養う教材としての価値である。ベトナムが動物福祉やトレーサビリティの国家的な枠組みを整えつつある流れは、エビ・パンガシウスから始まる動物福祉ロードマップに通じ、特用畜産にも遠からず及ぶ。合法・追跡可能な供給源を選別する姿勢が、あらゆる品目で調達の前提になる。
養殖施設の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生産者 | ファン・タイン・トゥン氏 |
| 所在地 | ドンナイ省ヴィンクー県ヴィンアン町(現・ドンナイ市チアン社) |
| 飼育面積 | 約250平米 |
| 飼育規模 | 繁殖用の親ヤマアラシ約600頭+出荷用個体 |
| 主な飼料 | 市場の傷物野菜・果物、サツマイモ、おから、残飯など |
| 販路 | ドンナイ省・ホーチミン市の飲食店(高級外食向けが増加) |
まとめ——次に確かめるべきこと
エサ代1日12円の動物が、250平米で年300万円を生む。ドンナイの一農家の逆算は、ベトナム農村が「量」だけでなく「単価」で稼ぐ段階に入ったことを示す縮図だ。日本の調達担当が次に追うべきは三つ。特用畜産がタケネズミやジャコウネコを含めてどこまで市場化するか、面積あたり高収益モデルが主要輸出品目の生産者構成をどう変えるか、そしてベトナムの動物福祉・トレーサビリティ制度が特用畜産にいつ届くか。まずは自社が扱う品目で、供給元が「合法・追跡可能」を証明できるかを一度棚卸ししてみてほしい。
参照元
- Nuôi nhím, con vật cứ hay khịt mũi, một người Đồng Nai thành công, đút túi nửa tỷ/năm(Dân Việt)
- Nuôi nhốt và kinh doanh động vật hoang dã bắt buộc phải có giấy phép(Nông nghiệp và Môi trường)
- The conservation impact of commercial wildlife farming of porcupines in Vietnam(Biological Conservation)
- Raising bamboo rats brings in hundreds of millions of dong in income each year(Vietnam.vn)