ベトナム北部フート省アンビン村で、材木用の植林地の「木陰」を使ってヒラタケを育て、年間で約7億ドン(レート1万ドン≒60円換算でおよそ420万円)の利益を上げる生産者が注目を集めている。名前はクオック・ヴァン・ヒエウ氏。木を伐るまで5〜7年かかる林業の「待ち時間」を、林冠の下でのきのこ栽培で埋めるという発想だ。日本でも人工林の放置や里山の遊休化が課題になって久しいが、彼のやり方は森を伐らずに現金収入を生む点で示唆に富む。似た構図は、北部ランソンで森を伐らずに縮砂で稼ぐ産地としても動き始めている。
植林地の待ち時間を、きのこ棚に変えた
ヒエウ氏の農園では、常時およそ15万袋の菌床ブロックが林の下に並ぶ。育てているのは有機栽培のヒラタケ(ベトナム語でnấm sò)。収穫は1日あたり約3タ、つまり300キロ規模に達し、日々の売上はおよそ1000万ドン(約6万円)になる。ここから逆算すると出荷単価はおおむね1キロ200円前後で、鮮度勝負の日本の相場感からしても無理のない水準だ。
ポイントは、栽培施設を新設していないことにある。きのこ栽培は本来、高温期に温度を下げる空調コストがかさむ。だが林冠がそのまま天然の日除けと保温層として働き、栽培に適した温度帯を保つため、冷却の負担を大きく減らせる。土地は既に持っている植林地、屋根は木々の葉。初期投資と運転コストの両方を、森そのものが肩代わりしている構図だ。
家禽の糞が肥料になり、木の成長を27%押し上げる
この取り組みが単なる「林の下でのきのこ栽培」で終わらないのは、循環が組み込まれているからだ。ヒエウ氏は同じ林の下で家禽も飼い、その糞を有機肥料として土に戻す。土壌が改善され、材木となる樹木の成長が通常より約27%速まったという。木が育てば本業の林業収入が前倒しで入り、その間はきのこと家禽が日銭を稼ぐ。要素どうしが互いのコストを打ち消し合う設計になっている。
廃棄物を別の生産の入口に変える発想は、ベトナムの産地で静かに広がっている。メコンの離島では、エビの頭を肥料に回してスイカを甘くするコートー島の砂地循環農業が30年続く。使い道のなかった副産物を隣の作物の栄養に変える点で、フート省の森林農法と発想の芯は同じだ。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生産者・所在 | クオック・ヴァン・ヒエウ氏/フート省アンビン村 |
| 栽培品目 | 有機ヒラタケ(nấm sò)+家禽(複合経営) |
| 菌床規模 | 常時約15万袋 |
| 日次出荷 | 約3タ(約300kg)/日 |
| 日次売上 | 約1000万ドン(約6万円) |
| 年間利益 | 約7億ドン(約420万円) |
| 波及効果 | 樹木の成長が約27%向上/今後は薬用植物へ拡大検討 |
「木陰の経済」はベトナムで面へ広がりつつある
林冠の下で稼ぐという発想は、ヒエウ氏の個人技にとどまらない。ベトナム各地では林床を使った所得づくりの実証が積み上がっている。
- ザライ省などでは、材木林やマカダミア林の下で赤霊芝(レイシ)を栽培する試みが進み、8か月で1ヘクタール当たり約2億ドンの売上・約7000万ドンの利益という試算が出ている。将来的に1,600ヘクタール規模への拡大構想もある。
- 中部クアンチでは、コーヒー畑に日陰樹を戻すと単価が上がるという実証が進み、森を活かす農法が「品質と価格」で報われ始めている。
- ヒエウ氏自身も、次の一手として薬用植物の栽培拡大を視野に入れている。林床という空間を、季節や品目で使い分ける発想だ。
低い投資で高付加価値の産品を生み、森林の管理コストを下げながら地域に雇用を作る。この組み合わせが、林業と農業の境目で新しい収益源として認識されつつある。
品目ごとに稼ぎ方の性格は違う。ヒラタケは回転が速く日銭を生むのに向き、霊芝は単価が高い代わりに収穫まで時間がかかる。林床という一つの空間に、性格の異なる作物を重ねられるのが森林農法の強みだ。
| 実証例 | 栽培品目 | 収益の目安 |
|---|---|---|
| フート省アンビン村 | ヒラタケ(林冠下・複合) | 年利益 約7億ドン(約420万円) |
| ザライ省ほか(試算) | 赤霊芝(材木・マカダミア林下) | 8か月で1ha当たり利益 約7000万ドン |
日本の調達・農業関係者は、ここから何を読むか
第一に、遊休林・長伐期林を「待たせない」経営モデルとしての価値だ。日本には主伐期を迎えても採算が合わず放置される人工林や、手入れの止まった里山が広く残る。フート省の事例は、木を伐らずに林床から現金収入を得る具体的な数字を示した。菌床栽培のノウハウと森林の余剰空間を掛け合わせれば、条件の悪い山地でも収益の芯を作れる可能性がある。
第二に、空調コストを森で置き換えるという原価設計だ。日本のきのこ生産は空調型の施設栽培が主流で、電力コストが利益を圧迫しやすい。林冠を保温・遮光に使う発想は、屋外・半屋外での低コスト栽培を考えるうえでのヒントになる。家禽糞を肥料に回して樹木の成長まで速める循環は、投入資材の削減とセットで検討する価値がある。
第三に、調達先の分散という観点だ。日本のきくらげは消費量の大半を輸入に頼り、その供給は中国に強く偏っている。ベトナムのきのこ産業は年産およそ25万トンと規模はあるが、輸出額は25〜30百万ドル程度で、種菌を輸入に頼る不安定さも抱える。今すぐ対日輸出の主力になるわけではないが、産地と品目の選択肢を広げる先として、こうした産地の底力は把握しておいて損はない。乾燥品や薬用きのこのように保存性の高い形なら、産地から日本へ届く道筋も描きやすくなる。
まとめ——森を「資産」として棚卸しする
ヒエウ氏の農園が教えるのは、森は伐って初めて価値になるのではなく、育てている間も稼げる資産だという事実だ。林冠が空調を、家禽の糞が肥料を、木の成長が本業の収入を、それぞれ前倒しで支える。日本の関係者がまず取れる一歩は、手元の山林や遊休地を「待つだけの土地」から「今も稼げる空間」として見直すことだろう。菌床栽培や薬用植物との組み合わせで、どの品目なら林床に載るのか。ベトナムの産地はその実測値を、先んじて積み上げている。