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医師を辞めたエデ族のY Pốt Niê、自分の名で米国へ売るダックラックのコーヒー

ダックラック省の病院で約4年働いた医師が、白衣を脱いで故郷のコーヒーを自分のブランドで米国に運んだ。エデ族のY Pốt Niê(英名Henry)は2019年5月15日に医師を正式に辞め、生まれ育ったクロンアナ県ドレイサップ社K’La部落の豆を「Ê Đê Càfe」の名で売り始めた。ベトナムコーヒーは長く原料の生豆として束で流れ、飲む人は産地も作り手も知らない。その匿名性を、彼は民族名を冠したブランドと直接輸出で崩しにかかっている。

この記事は、ベトナム産コーヒーを扱う日本のロースターやバイヤーに向けて書く。少数民族の一次生産者が自ら加工から輸出まで握る動きは、産地直取引を組み立てる側にとって調達設計の前提を変えるからだ。

目次

医師をやめたY Pốt Niê、故郷のエデ族コーヒーを民族名のブランドにした

Y Pốt Niêはブオンマートゥオット市の病院で約4年、医師として勤めた。安定した職を2019年に手放し、同年に営業ライセンスを取得。本格的な事業始動は2022年初だった。出発点の資金は自己資金500万ドン(1円=約175ドン換算で約2.9万円)に、借入1,500〜2,000万ドン(約9〜11万円)を足しただけの規模で、大型投資とは程遠い。

ブランド名の「Ê Đê Càfe」は、彼自身が属するエデ族の名をそのまま冠したものだ。ダックラック省はベトナム有数のロブスタ産地で、ブオンマートゥオットはその集散の中心にあたる。そこで育つ豆を、部落の名前や作り手の顔とともに売る。挽き豆・焙煎豆・インスタント、さらにドリアンやタロイモを合わせた変わり種まで、製品数は15種類以上に広がった。2022年には「傑出したベトナム農民」に選ばれている。

フロリダに生豆10トン、サンアントニオに焙煎5トン——3年のメールが招待状になった

米国での成約は、突然の商談ではない。Y Pốt Niê自身の説明によれば、3年前からメールとWhatsAppで海外の顧客と連絡を取り続け、関係を積み上げたうえで先方から正式な訪問招待状が届いた。約3か月の滞在中に、複数の州で取引がまとまった。

数量は具体的だ。フロリダ州にはコンテナ半分にあたる生豆約10トン、サンアントニオには焙煎豆5トンを送る話が固まった。ノースカロライナ州グリーンズボロでは焙煎豆の試験販売に入る。相手が口にしたのは、豆の等級表ではなく「探し続けていた本物と新鮮さ」だったという。品質規格の数字ではなく、産地の物語と鮮度が決め手になった取引である。

項目 内容
ブランド Ê Đê Càfe(2019年ライセンス取得、2022年初本格始動)
産地 ダックラック省クロンアナ県ドレイサップ社K’La部落
米国向け成約 フロリダに生豆約10トン、サンアントニオに焙煎豆5トン、グリーンズボロで試験販売
製品数 15種類以上

金額の円換算は1円=約175ドンの目安による概算。数量・産地はDân Việt報道に基づく。

15種類の製品と1,000ヘクタール構想、ブオンK’Laの契約栽培が供給を支える

Y Pốt Niêの調達は、自分の畑だけでは完結しない。ブオンK’Laと周辺集落の小規模農家と契約栽培を結び、集めた豆を自社で加工する形をとる。原料の調達面積は1,000ヘクタールを目標に据えている。少数民族の農家が単独で輸出に届くのは難しいが、加工と販路を握る一人が束ね役になれば、集落単位で外の市場につながる。

ここに、日本のバイヤーが読み解くべき構造がある。産地の豆を一社の生豆として買うのではなく、部落の顔が見える単位で仕入れる回路が、生産者の側から立ち上がっている。同じダックラックで進む豆の加工付加価値化の動きと並べると、大手の粉末化と、個人ブランドの物語売りが、同じ省の中で別々の速度で動いているのが見える。

「文化ごと売る」が米国で効いた理由と、日本のロースターへの示唆

米国の買い手を動かしたのは、安さでも大量供給でもない。作り手の民族と部落を明かし、鮮度と物語を前に出した売り方だった。日本のスペシャルティ市場でも、産地の顔と直取引を軸にした調達は広がっている。ベトナムのロブスタは長く「安い増量材」の位置に置かれてきたが、単一産地・作り手指定で仕入れれば、価格ではない土俵で棚に並べられる。

背景には、ロブスタの位置づけが世界で動いていることがある。深煎りやエスプレッソ向けに単一産地のロブスタを選ぶ流れが出て、産地と精製を指定して買う買い手が増えた。ダックラックはそのロブスタの本場で、作り手が名前と加工を握れば、増量材の相場から離れた値付けが成り立つ余地が生まれる。Y Pốt Niêが米国で示したのは、この余地を個人ブランドで取りにいけるという実例だ。

日本のロースターにとっての具体的な意味は三つある。第一に、Ê Đê Càfeのような加工まで握る生産者は、生豆でも焙煎豆でも受けられるため、自社焙煎の有無に応じて仕入れ形態を選べる。第二に、民族や集落の物語は、日本の消費者に対してもパッケージやメニューで語れる素材になる。第三に、輸出の実務を自分でこなす作り手は、書類や検疫のやり取りで話が通じやすい。物語を軸にした産地の売り方は、ダナンの作り手が素材を物語で売る手法とも重なり、コーヒーに限らない広がりを持つ。

日本のバイヤーがY Pốt Niê型の産地と組むための実務

個人ブランドの生産者と組むときは、規模の小ささを前提に条件を詰める必要がある。以下の点を初回のやり取りで確認しておきたい。

  • 年間の加工能力と、生豆・焙煎豆それぞれの供給可能量。10トン級の出荷実績があるか
  • 契約農家の範囲と、集荷が単一集落か複数集落か。トレーサビリティの単位を確かめる
  • 焙煎日から出荷までの日数。鮮度を売りにする以上、リードタイムの管理が要になる
  • 日本向けの残留基準や表示に対応できるか。EUや米国向けの実績があれば交渉の足がかりになる
  • 少量ロットの継続発注に応じるか。物語売りは小ロット高単価と相性がよい

ロブスタを別の切り口で仕入れたいなら、アラビカに挑む若い作り手の動きも見ておくとよい。ソンラで25歳が背負う産地ブランド化と、ダックラックのエデ族ブランドを並べれば、ベトナムのコーヒーが品種と物語の両輪で外へ出ようとしている輪郭がつかめる。

白衣を脱いだ医師が示した産地から売る回路

Y Pốt Niêは、2019年に医師を辞め、自己資金500万ドンから始めたブランドで、米国フロリダに生豆10トン、サンアントニオに焙煎5トンを送るところまで来た。彼が売ったのは豆だけでなく、エデ族という出自と部落の名前だった。日本のバイヤーが次に動くなら、まずはÊ Đê Càfeのような加工まで握る生産者に、供給量とトレーサビリティの単位、焙煎から出荷までの日数を問い合わせるところから始めたい。産地の匿名性を崩す回路は、買い手の照会一本からつながる。

参照元

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この記事を書いた人

京都で食品ブランドを運営しながら、これまで乾燥野菜や野菜パウダーなど、素材の魅力を活かした商品づくりに携わってきました。現在はベトナム在住2年目で、現地ではコーヒーの生産現場にも関わり、栽培から加工、味づくりまで一貫して学んでいます。毎日の暮らしの中で、安心して楽しめる食品を届けたいという思いから、生産背景や作り手の顔が見える商品を大切にしています。日本とベトナム、それぞれの食文化の魅力を活かしながら、日常にちょっとした豊かさを届けることを目指しています。

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