ベトナム中部高原ダクラク省のイアスップ、乾季には土が白く乾く痩せた砂地で、女性農家グエン・ティ・ビック(Nguyễn Thị Bích)さんが2ヘクタールのグアバとザボンから年商3.6 tỷ đồng(36億ドン、1万ドン≒約58円換算で約2,090万円)を売り上げている。注目したいのは金額そのものより中身だ。生の果実を市場に流すだけでなく、葉を茶に、果実を酒や精油に、ザボンをジャムに変える。原料を「作って、加工して、売る」までを一つの農園で完結させる垂直統合が、痩せ地の小規模農家をここまで押し上げた。日本の食品バイヤーや原料調達の担当者にとって、ベトナムの産地が生鮮の先へ進み始めた具体例として読む価値がある。
白い砂地から生まれた「作って売る」農園
地元紙Dân Việtが報じたビックさんの農園は、ルビーグアバ1,550本とグリーンザボン500本の計2,050本。栽培を始めたのは2019年で、本格的に収益が立ち始めたのは2025年だという。土壌が痩せた砂地のため、牛糞・鶏糞に自製の有機物を合わせた有機栽培に振り切った。おもしろいのは肥料の原料で、蒸留酒づくりや精油抽出、シロップ加工で出た搾りかす・副産物を畑に戻している。加工の残渣が次の作付けの養分になる循環を、農園の中で回している格好だ。
果実だけを売る農家なら、豊作は値崩れと表裏一体になる。ビックさんはそこを、果実・葉・副産物のすべてを商品に変えることで避けている。有機に切り替えた分、収量は慣行栽培の6〜7割に落ちるが、単価と加工付加価値でそれを上回る設計だ。
売上の内訳が示す「加工の効き方」
年商3.6 tỷ đồngの内訳を品目別に並べると、垂直統合がどこで効いているかが見えてくる。以下はDân Việtの報道値をもとに整理したものだ。
| 品目 | 数量(年間) | 単価の目安 | 売上の目安 |
|---|---|---|---|
| 生グアバ | 約80トン | 約30,000ドン/kg | 約2.4 tỷ đồng |
| グアバ葉茶(Trà Briêt Organic) | 約6,000箱 | — | 約0.66 tỷ đồng |
| グリーンザボン | 約25トン | 20,000〜25,000ドン/kg | 約0.55 tỷ đồng |
| ルビーグアバ酒 | 約1,200本 | — | 約72百万ドン |
売上の柱はいまも生グアバ(約2.4 tỷ đồng)だが、注目すべきは加工品の存在だ。葉茶だけで約0.66 tỷ đồngと、ザボンの生果売上(約0.55 tỷ đồng)を上回っている。ふつうなら畑に捨てられる葉が、生果に匹敵する収益源になっている。ここに精油やジャムを加え、農園は5人の地元従業員を月600〜800万ドンで雇う規模まで育った。ビックさんはこの取り組みで「農民の科学者(Nhà khoa học của Nhà nông)」の称号候補にも挙がっている。
なぜ日本の調達担当が読むべきか
ベトナム産の果実は、豊作になると産地価格が底値まで落ち、店頭では数倍で売られるという歪みを抱えてきた。生鮮のまま買う限り、日本のバイヤーはこの価格変動と鮮度リスクをそのまま引き受けることになる。実際、越産フルーツの生鮮偏重から加工へ移りつつある構造は、上半期の青果輸出全体でも表れ始めている。ビックさんの農園が示すのは、その転換が省の政策や大企業だけでなく、2ヘクタールの個人農家のレベルでも起きているという事実だ。
加工まで一貫した産地は、日本側にとって扱いやすい。茶・酒・ジャム・精油といった加工品は常温流通ができ、賞味期間が長く、ロット単位の発注に乗せやすい。生鮮のように「今週採れた分をすぐ捌く」プレッシャーがない。OEMや原料調達の視点で言えば、こうした農園は「果実」ではなく「葉茶の原料」「果汁ベース」「精油素材」といった半製品の供給元として組み合わせられる。同じダクラク省では果物加工クラスターの立ち上げも動いており、個人農家の加工ノウハウと省レベルの集約が噛み合えば、日本向けの安定供給に一歩近づく。
「物語」まで売る産地との距離
ビックさんの農園が単なる加工の効率化と違うのは、痩せ地・有機・循環という背景そのものが商品価値になっている点だ。ベトナムの作り手が素材を物語として売り始めている流れと重なる。日本のギフト市場や自然派・健康志向の売り場では、「荒れた砂地を有機で耕し、捨てる部分をなくした農園の茶」という背景は、そのまま棚での差別化になる。価格だけで比較されない領域をつくるうえで、産地のストーリーは無視できない要素だ。
一方で、個人農園ゆえの課題も残る。年80トンのグアバは日本の商流から見れば小ロットで、加工品の品質規格や認証、通年での供給安定はこれからの論点になる。有機の裏付けとなる認証をどう国際基準に合わせるか、収穫期を外れた時期の在庫をどう回すか。こうした点を詰められるかどうかが、「面白い農園」から「日本が組める取引先」への分かれ目になる。
小さな垂直統合が積み上がる産地像
ビックさんの事例は、単発の成功譚として消費するより、ベトナムの産地に何が起き始めているかの標本として見たい。生果を安く大量に出す産地から、加工まで抱えて付加価値を自前で取りにいく産地へ。その動きが、省の大型クラスターと2ヘクタールの個人農家の両方で同時に進んでいる。日本の調達側にできるのは、生鮮の相場を追うだけでなく、こうした加工型の農園や産地クラスターを早めに見つけて、半製品・原料ベースで関係を作っておくことだ。次に産地を訪ねるとき、「何を採っているか」だけでなく「採ったものを何に変えているか」を確認する。そこに、価格変動に振り回されない調達の糸口がある。