ベトナム南部タイニン省ビンミン地区で、農家のグエン・トゥアン・アインさんが約1,000平方メートルの温室(ニャーマン)を建て、蜂蜜品種のパッションフルーツ約200本を欧州の有機基準で育てている。地元メディアはこの取り組みを「二重の利益(loi ich kep)」と表現した。露地から屋根の下へ栽培を移すだけで、品質と収益の両方が上向くという話だ。一見すると小さな一農家の設備投資に見えるが、この動きはベトナム産パッションフルーツが「生鮮を売る産地」から「加工原料を安定供給する産地」へ移る流れの、川上側の一片にあたる。日本で果汁・ピューレ・冷凍果を調達する側にとっても、原料の質がどこで決まるかを示す事例になる。
屋根の下で何が変わったのか
温室栽培がもたらした変化は派手ではない。害虫と糸状菌の発生が減り、その分だけ化学農薬に頼る場面が少なくなる。雨季に花や幼果が雨で落ちる被害を防ぎ、日射や気温のブレを抑えて生育を安定させる。タイニン省の公共サービス事業センターが技術面を支え、修士のファン・タイン・クアン氏らが栽培管理を助言している。派手な収量倍増の数字が語られるわけではないが、「不良果を減らし、規格に乗る果実の割合を上げる」という一点に効くのが温室の本質だ。パッションフルーツは表皮の傷や病斑が値付けを大きく左右するため、外的ストレスを遮る屋根は歩留まりに直結する。
なぜ今、川上の高度化が進むのか
背景には、加工用果実の需要が生鮮を追い越す勢いで伸びている事実がある。ベトナムのパッションフルーツ輸出額は2015年の約2,000万ドルから2023年には約2億2,250万ドルへ拡大した。2024年はいったん約1億7,200万ドルに落ちたものの、2025年は1〜10月の10カ月だけで約2億200万ドルに達し、通年では2億4,000万〜2億5,000万ドルが見込まれている。この伸びの主役は生果ではなく、冷凍ペーストや濃縮果汁といった加工品だ。冷凍・IQF(個別急速冷凍)の技術で長期保存と品質の均一化ができるようになり、EUや米国、韓国、日本の飲料・食品メーカーが原料として引き取る構図が定着した。生果の相場は乱高下しやすいが、加工原料は契約ベースで動くため、産地側にとっても値崩れの逃げ場になる。生果が急落しても冷凍が需要を支えるこの構造は、生果の急落を冷凍加工が吸収し始めたドリアンの事例とも重なる。
加工最大手の設備投資が示す方向
川下の受け皿も厚みを増している。パッションフルーツ加工の最大手ナフーズ・グループ(Nafoods Group)は、2025年通年で売上高が約2兆600億ドン(約7,938万ドル)、純利益が約1,460億ドン(約563万ドル)を計上し、前年からそれぞれ43.6%、25.4%伸ばした。同社が中部で進める高度加工複合施設は、投資総額を約7,440億ドン(約2,824万ドル)に引き上げ、年間の原料処理能力は10万トンに設定されている。ジュース、ピューレ、濃縮液、冷凍果を一貫して手がける工場が能力を積み増すほど、そこに投入する原料の質と量を安定させる必要が出てくる。温室で不良果を減らす農家の投資は、この加工能力の拡大と裏表の関係にある。産地が「加工して送り出す」段階へ移る動きは、ダクラク省が果物加工クラスターを始動させた流れとも同じ方向を向いている。
通関の後押しと原料争奪
2025年4月、ベトナムと中国は生鮮パッションフルーツの検疫議定書に署名し、正規ルートでの輸出が解禁された。10億人超の市場が正面から開いたことで、生果の引き合いが一段と強まる可能性がある。ここで見落とせないのは、生果向けと加工向けが同じ畑の果実を奪い合う点だ。生果相場が上がれば、加工メーカーは原料確保のために産地との結びつきを強める必要に迫られる。温室栽培のように「規格に乗る果実を安定して出せる農家」は、生果でも加工でも引く手あまたになりやすい。中国向けの窓が開いたことは、加工原料を求める日本のバイヤーにとっては競合が増えたことを意味する。
日本の調達層は何を読むべきか
日本で果汁・ピューレ・冷凍パッションフルーツを扱う輸入・調達担当にとって、この温室の話は二つの示唆を持つ。第一に、原料の品質は工場ではなく畑で決まる部分が大きいということだ。温室で病害虫と気象リスクを抑えた果実は、加工時の歩留まりや香味の均一性で差が出る。単価だけでなく「どんな栽培管理の産地から来た原料か」を確認する価値がある。第二に、供給の安定は産地の栽培様式に依存するという点だ。露地一辺倒の産地は天候一つで供給が振れるが、温室や高度な管理を取り入れた産地は端境期や悪天候に強い。長期契約や年間の供給計画を組むなら、後者の比率が高い産地・加工業者を選ぶほうがリスクは小さい。生鮮の値動きに一喜一憂するのではなく、加工原料としての供給網をどこと組むかを先に設計する発想が要る。この「生鮮の先へ動く」考え方は、ベトナム青果の上半期実績を加工の視点で読み解く動きとも通じる。
まとめ
タイニン省の1,000平方メートルの温室は、単体では小さな設備投資にすぎない。だが、パッションフルーツが加工原料として世界市場に組み込まれていく大きな流れの中に置くと、その意味が見えてくる。屋根の下で果実の質を底上げする農家の努力が、加工最大手の10万トン処理能力を支え、最終的に日本の飲料や菓子の棚に届く。日本の調達側にできるのは、目先の生果相場を追うことより、こうした川上の高度化がどこまで進んだ産地を選ぶかという判断だ。次に見積もりを取るときは、産地の栽培様式と加工能力の裏付けを一つ質問に加えてみる価値がある。
参照元
- Nong nghiep Moi truong「温室でのパッションフルーツ栽培が二重の利益をもたらす」
- The Investor「’Passion fruit king’ Nafoods expands fruit processing investment in central Vietnam」
- Vietnam.vn「To expand the path for official export of passion fruit」
- HungHau Foods「Why has Vietnam’s frozen passion fruit export grown more than tenfold over the past decade?」