ベトナム北部・中国国境のランソン省で、薬用植物のクチナシ(ベトナム名 dành dành、生薬名は梔子・山梔子)を「一度植えれば約10年採れる」形で導入した農家が注目を集めている。クオックベト村の農民ロック・ヴァン・ホアット氏が2025年に隣接する中国へ渡って栽培技術を持ち帰り、4ヘクタール・5,000本超の園地を立ち上げた事例だ。山梔子は日本の漢方処方に使われる生薬であり、同時に「クチナシ黄色素」として和菓子や漬物を染める天然色素でもある。日本の生薬・食品原料の担当者にとって、この山村モデルは中国一極に偏った調達先を分散する候補になりうる。同じ省内では森を伐らずに砂仁で稼ぐランソンの縮砂産地も動き出しており、山岳の薬用植物が輸出作物へと組み替わる流れが見えてきた。
中国で見た「黄金色の丘」を持ち帰った山村農家
ホアット氏は2025年、漢方薬向けの薬用植物栽培が急拡大している中国に渡り、現地で技術を学んだ。目にしたのは、黄金色に熟した実で埋まるクチナシの丘陵地帯だったという。帰国後、標高のある自村の斜面を使い、平坦地は2×2メートル、傾斜地は2.5×2.5メートルの間隔で5,000本超を植え付けた。
種苗は1本あたり3万ドン(約180円)。導入にあたっては中国側のパートナーが種苗供給と栽培指導、そして収穫物の全量買取までを引き受けている。産地としてはまだ立ち上げ期だが、出口が最初から確保されている点が、他の新規薬用作物と違う。3年目からは生育の良い枝を挿し木に回して苗を自給でき、後年の苗代を圧縮できる設計になっている。
3年目から実り、老木は根まで売れる収益設計
クチナシは植付けから3年目に入ると収量が安定し、1本あたり年7〜9キロの果実が採れる。鮮果の買取価格は1キロ3万7,000〜4万ドン(約222〜240円)。5,000本が本格稼働すれば果実だけで年間数十トン規模に達し、農家側は年商で「数十億ドン(数百万〜1千万円台)」を見込むと語る。この総額は産地の見立てで、実収は木の生育や相場で振れるため確定値ではない。
このモデルが「独特」と呼ばれるのは、10年の果実収穫サイクルを終えたあとにもう一段の収入があるからだ。老いた株は根と茎を丸ごと掘り上げ、漢方薬局向けの生薬として売る。果実だけでなく樹体そのものが最後にまとまった現金になる仕組みで、多年生の薬用木を「植えっぱなしの遊休資産」にしない発想が組み込まれている。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作物 | クチナシ(dành dành/生薬名・梔子=山梔子) |
| 産地・生産者 | ランソン省クオックベト村・ロック・ヴァン・ホアット氏 |
| 作付面積・本数 | 4ヘクタール/5,000本超 |
| 植付間隔 | 平地2×2m/斜面2.5×2.5m |
| 種苗単価 | 3万ドン/本(約180円) |
| 収量 | 3年目以降 年7〜9kg/本(果実) |
| 鮮果買取価格 | 3万7,000〜4万ドン/kg(約222〜240円) |
| 収穫サイクル | 果実 約10年+伐採後は根・茎を生薬販売 |
※円換算は1万ドン≒60円で計算。相場変動があるため目安。
列間にトウモロコシと落花生、初期を食いつなぐ間作
多年生の薬用木は、実がまとまって採れるまで数年かかる。その空白期間をどう埋めるかが、産地が根づくかどうかの分かれ目になる。ホアット氏はクチナシの列と列の間にトウモロコシや落花生といった短期作物を差し込み、土壌の水分保持と雑草抑制を兼ねながら初期の現金収入を確保している。
これは、天然採取に頼ってきた薬用資源を計画的な栽培へ移す動きと同じ発想だ。ベトナム各地では、天然採取が限界を迎えた薬用根「地レン」をクアンニン省が産地化するように、山から採る段階から畑で育てる段階へと薬用植物の供給が切り替わりつつある。間作でリスクを分散しながら本命の薬用木を育てる手法は、こうした転換を担う小規模農家にとって現実的な入口になる。
なぜ日本の調達に効くのか——生薬と食品色素の二重需要
山梔子が日本市場で持つ意味は、用途が二方向に広いことにある。第一に、漢方生薬としての需要だ。山梔子は清熱・利胆・保肝の目的で処方に使われ、ゲニポシドなどのイリドイド配糖体を含む。日本で使われる原料生薬はおよそ8割が中国産で、2020年度時点で83%という推計もある。中国国内の需要増と乱獲で価格が上がり、安定供給への不安が指摘されてきた分野だ。
第二に、天然色素としての需要である。クチナシの実に含まれるクロシンは水溶性の黄色色素で、きんとんやたくあんなどの着色に「クチナシ黄色素」として使われてきた。生薬と食品添加物という別々の出口を1つの原料が持つため、片方の相場が崩れてももう片方で捌ける。単一用途の作物より価格の下支えが効きやすい。
第三に、調達先分散の受け皿という位置づけだ。国産化は気候や土地の条件が合わず容易でなく、夕張ツムラのように全量買取と栽培指導をセットにして国内生産を支える取り組みが続く一方、中国一国依存のリスクは残る。中国と陸続きで物流距離が短いランソン産地は、中国と同等の栽培条件を持ちながら仕入れ先を1つ増やせる候補になる。
産地の若さゆえに詰めるべき論点
一方で、日本のバイヤーがこの産地を評価するには、立ち上げ期特有の弱点を冷静に見ておく必要がある。実務上の論点は次の3点に集約される。
- 買取保証を中国側パートナーが握っている。出口が中国に固定された状態では、日本向けに別ルートを設計しない限り原料は国境の向こうへ流れやすい。
- 産地が2025年始動と新しく、生薬・食品原料に求められる残留農薬基準や品質規格、トレーサビリティの整備はこれから。日本の輸入検疫・食品衛生の水準に合わせ込む工程が要る。
- 色素用と生薬用では求められる成分・等級が異なる。クロシン含量や乾燥・選別の精度が用途ごとに評価され、同じ果実でも仕向け先で値が変わる。
中国国境という立地は、物流の近さという利点と、需要が中国側へ吸われやすいという弱点の両面を持つ。ランソン省が薬用植物だけでなくマカダミアを輸出戦略作物へ格上げしてきた流れと同様、輸出先をどこに開くかで産地の性格は変わる。日本勢が早い段階で規格づくりや契約栽培に関与できれば、出口の一つを日本側に引き寄せる余地がある。
山梔子の基本情報(生薬・食品用途)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 植物名 | クチナシ(Gardenia jasminoides、アカネ科) |
| ベトナム名/生薬名 | dành dành(chi tử)/梔子・山梔子 |
| 薬用部位 | 主に果実、ほか葉・根 |
| 主な成分 | イリドイド配糖体(ゲニポシド等)、黄色色素クロシン |
| 生薬用途 | 清熱・利胆・保肝など漢方処方の原料 |
| 食品用途 | クチナシ黄色素(きんとん・たくあん等の着色) |
| 開花・結実期 | 花は3〜5月ごろ、実は6〜10月ごろ |
まとめ——「植えっぱなしにしない多年生薬用作物」を追う
ランソン省クオックベト村の事例は、一度植えれば約10年果実を採り、最後は根まで生薬に回すという、多年生薬用作物の稼ぎ方を具体的な数字で示した。1本あたり年7〜9キロ、鮮果1キロ3万7,000〜4万ドンという単価は、山村の傾斜地でも成り立つ産地形成モデルの実測値になる。日本の生薬・天然色素の調達担当者がまず確かめるべきは、この産地の出口が中国に固定されたままか、それとも日本向けの契約栽培や規格対応に開いていくかだ。同じランソン省内で薬用植物の産地化が同時多発している以上、次の供給候補がどの品目から立ち上がるかは、現地の産地ニュースを追っていれば兆しが出る。まずは買取保証の主体と品質規格の整備状況から確認したい。