ベトナム水産物輸出加工協会(VASEP)が2026年9月25日に出した短い記事が、日本の魚介類の価格上昇に世帯の支出が追いついていないと伝えている。見出しの「9%」と「6%」は、ベトナムから水産原料を仕入れる日本側にはそのまま商談の材料になる数字だ。ただし二つは同じ性質の数字ではない。総務省の公表値まで戻すと、何が上がって何が減ったのかの線引きがはっきりする。
その9%は小売価格の話で、対象は2026年7月
消費者物価指数の「魚介類」が前年同月比9.0%、生鮮魚介は12.4%
総務省の消費者物価指数(2025年基準・全国)で、2026年7月の魚介類は前年同月比9.0%の上昇だった。内訳の生鮮魚介は12.4%で、食料全体の3.5%、総合の1.9%を大きく上回る。起点記事が挙げた「9%」と「12.4%」は、この公表値とそのまま一致する。
取り違えたくないのは指標の段階だ。消費者物価指数は買い手が店で払う小売段階の価格で、産地の農場出しや輸出FOB、卸の建値とは別の物差しになる。ベトナム側の出荷価格が9%上がったという話ではない。対前年同月比であって対前月比でもない。
8月分ではさらに9.9%まで上がっている
同じ中分類指数の2026年8月分では、魚介類が9.9%、生鮮魚介が13.5%に上がった。7月で止まった動きではなく、直近まで上向きが続いている。ただし家計調査の月次は2026年7月分が最新で、8月分はまだ公表されていない。価格と支出を突き合わせるなら、どちらも7月で揃えることになる。
「実質6%減」は購買力ではなく魚介類への支出だった
家計調査の魚介類は1世帯5,683円、実質6.1%減
総務省の家計調査(家計収支編)2026年7月分を開くと、二人以上の世帯の1か月あたり魚介類支出は5,683円、実質の増減率は6.1%減だった。起点記事の「実質の購買力が6%減る可能性がある」という書き方は、世帯の購買力全体を指した数字ではなく、魚介類という品目に絞った実績値とほぼ重なる。世帯全体の実質消費支出は同じ月に3.6%減で、6%とは別の数字だ。起点記事は出所を「取りまとめ」としており、6%を誰が計算したのかは書いていない。
| 区分 | 1世帯1か月の支出 | 実質前年同月比 |
|---|---|---|
| 魚介類 | 5,683円 | -6.1% |
| 生鮮魚介 | 3,008円 | -7.8% |
| 塩干魚介 | 1,124円 | -5.7% |
| 魚肉練製品 | 671円 | -8.0% |
| 他の魚介加工品 | 880円 | +1.5% |
出所は家計調査の第2表(二人以上の世帯、2026年7月分)。世帯人員2.86人、世帯主の平均年齢60.9歳という平均像だ。
6.1%は9.0%で割った結果の数字
家計調査の実質増減率は、名目の支出額を対応する物価指数で割り戻して出している。食料で検算すると、名目2.2%増を物価3.5%上昇で割った結果は1.3%減で、公表されている実質増減率と合う。消費支出も名目1.5%減を持家の帰属家賃を除く総合の2.2%上昇で割ると3.6%減になる。
魚介類も同じ作り方だ。実質6.1%減に物価の9.0%上昇を戻すと名目では2%台の増加になり、起点記事が「支出は約2%増」と書いた点とかみ合う。9%と6%は並べて比べる二つの指標ではなく、9%で割った結果が6%である。「魚が9%上がって、それとは別に購買力が6%落ちた」と読むと同じ値上げを二重に数えてしまう。
世帯全体の実質消費支出は3.6%減で8か月続く
消費支出は301,245円で名目1.5%減、実質3.6%減。実質の減少は2025年12月から2026年7月まで8か月続いている。ただし7月の3.6%減は交通・通信のマイナス1.29(うち自動車等購入がマイナス0.97)と住居のマイナス1.08が重く、住居などを除いた消費支出では実質1.4%減にとどまる。食費の締まり方を語る場面で3.6%をそのまま持ち出すと、実態より強い話になる。
まぐろ20.4%に対してえびは1.8%、上がり方が違いすぎる
7月に大きく上がった品目と、ほとんど動かなかった品目
品目別価格指数(全国)で2026年7月の前年同月比を並べると、魚介の中でも上がり方がまるで違う。
| 品目 | 前年同月比 | 品目 | 前年同月比 |
|---|---|---|---|
| いか | +23.0% | ほたて貝 | +11.6% |
| まぐろ | +20.4% | さけ | +5.8% |
| いわし | +19.6% | かまぼこ | +5.0% |
| さば | +18.6% | ちくわ | +3.1% |
| ぶり | +18.3% | えび | +1.8% |
| あじ | +15.9% | 塩さけ | +0.7% |
| たこ | +9.6% | 魚介缶詰 | +0.1% |
起点記事はサケが、普及していて調理しやすく家庭食に向くため比較的安定した位置にあると書いている。これは支出側の話だが、価格の面でもさけは5.8%、塩さけは0.7%で、まぐろやいかとは上がり方の桁が違う。
缶詰・漬物・つくだ煮はほとんど動いていない
7月は魚介缶詰が0.1%、魚介漬物が1.2%、魚介つくだ煮が1.8%。この3つは食料全体の3.5%より小さい。一方で練り物はちくわが3.1%、かまぼこが5.0%と食料全体を上回り、塩干では塩さばが29.6%、干しあじが11.5%、しらす干しが9.9%と生鮮並みに上がっている。加工品なら動かない、とはまとめられない。えびは1.8%で、生鮮の青魚とは別の動き方だ。8月分でもえびは4.6%、魚介缶詰は2.8%で、まぐろの24.4%とは差が開いたままだ。
家庭内調理に寄ったのか、外食に流れたのか
外食は実質5.9%増、調理食品は3.2%減
値上げが進めば家で作るほうに寄る、という読み筋は7月の家計調査では裏づかない。外食は17,432円で実質5.9%増、一般外食は6.6%増。一方で調理食品は14,259円の実質3.2%減、菓子類は3.7%減、飲料は6.7%減と、家で食べるものの多くが実質で減っている。家で食べるものがすべて減ったわけではなく、米やパン、乾物・海藻、生鮮肉は実質でプラスだった。外食の調達側から見た白身魚の不足は越産パンガシウスが日本の外食調達に開く隙間で扱った通りで、7月の数字はその文脈に重なる。
魚介類で実質プラスは「他の魚介加工品」だけ
魚介類の内訳で実質がプラスになったのは他の魚介加工品の1.5%増だけで、生鮮魚介7.8%減、塩干魚介5.7%減、魚肉練製品8.0%減は揃って落ちた。世帯の属性で割ると、勤労者世帯の魚介類が8.2%減、無職世帯が4.8%減で、働いている世帯のほうが減らし方が大きい。手軽な品に寄ったという説明を使うなら、根拠になるのは魚介類の中の880円の枠であって、食料全体の動きではない。
ベトナムから水産を仕入れる担当者が7月の数字で確かめられること
えびの棚は価格が動いていない前提で原価を組む
日本の店頭でえびが7月に1.8%、8月でも4.6%しか上がっていないなら、輸入原料の値上げを小売価格に乗せる余地はまぐろやいかほど広くない。ベトナム側との価格交渉で「日本の魚は9%上がっている」を根拠に持ち出すと、えびや加工品の棚の実態とずれる。中分類の9.0%ではなく、品目別の数字を持って行くほうが話が早い。
加工品の棚は7月時点で価格がほとんど動いていない。ここに納めるなら、値決めより歩留まりやサイズ規格、包装形態でコストを作る話に寄る。ダムゾイのASC認証ブラックタイガー721haのように認証で差をつける産地と組む場合も、認証にかかる費用をどの取引段階の価格に乗せるかを先に決めておきたい。
「日本の消費が縮んだからベトナム産が伸びる」は7月の数字からは出てこない
VASEPが9月23日に出した別の記事では、ベトナムのエビ輸出はベトナム税関の集計で2026年1〜8月に33億ドル(12%増)、対日が3億8,850万ドル(6.1%増)だった。対中国・香港が約11億2,000万ドルで35.9%増と伸びを引っ張り、対米は4億3,610万ドルの11.7%減、対EUは3億5,530万ドルの3.6%減である。
対日の6.1%増はドル建ての輸出額で、日本の小売物価や世帯の実質支出とは別の物差しだ。この二つを並べて「日本の消費が縮んだからベトナム産に置き換わった」と言える材料は、どちらの記事にも書かれていない。カニ34%増・貝類約31%増でエビ頼みが崩れている局面でもあり、対日の増加をひとつの理由に寄せるのは無理がある。
どの統計表の何欄を見るか
| 確かめたいこと | 開く資料 | 手元で最新だった時点 |
|---|---|---|
| 魚介類の小売物価 | 消費者物価指数 中分類指数(全国)第1-1表 | 2026年8月分(2026年9月18日公開) |
| 品目ごとの上がり方 | 消費者物価指数 品目別価格指数(全国)第4-1表 | 2026年8月分(2026年9月18日公開) |
| 世帯の魚介類支出と実質増減率 | 家計調査(家計収支編)月次 第2表 | 2026年7月分 |
| 実質増減率の8か月連続減 | 家計調査(家計収支編)月次 第1表 | 2026年7月分 |
| ベトナムのエビ輸出額 | VASEP(ベトナム税関の集計) | 2026年1〜8月 |
中分類指数と品目別価格指数は月次の時系列がそのまま入っているので、7月と8月を並べるのも1月からの動きを追うのも同じ表で済む。家計調査の第2表は実質増減率と寄与度が並ぶ作りで、名目を知りたいときは第1表の名目増減率と突き合わせる。
来週の商談までにやること
提案中の品目について、中分類の魚介類9.0%ではなく品目別価格指数の該当品目を1つ引き、その数字を価格改定の前提に置き換えてみる。えびのように7月で2%も動いていない品目なら、値上げ交渉より規格変更や包装見直しで原価を作る提案に組み替えたほうが通りやすい。7月の数字で言えるのは、魚介類全体が小売で9.0%上がり、世帯の魚介類支出が実質6.1%減ったところまでで、その先の「だからベトナム産へ」は自分で確かめるほかない。