アヒルといえば池や水路に群れる姿を思い浮かべるが、ベトナム中部のゲアン省では水面をいっさい使わない飼育で6万羽を回す農家が現れた。運営するのはディン・ノー・フー・クイ氏、1992年生まれ。2021年に始めた舎飼いのアヒル経営は、経費を差し引いて年間およそ20億ドン(約1,180万円、1円=170ドン換算)の利益を生む。水鳥を水から切り離すという発想が、なぜ安定した供給と収益につながったのか。日本の食肉・加工の調達目線で読み解いていく。
水から切り離した飼育への転換
クイ氏が舎飼いに踏み切ったきっかけは、地元の農民協会からの技術紹介だった。本人は「迷っていたとき、旧タンチュオン県の農民協会が高度な技術によるアヒル飼育モデルを教えてくれた。調べたうえで、これは正しい方向だと判断して投資を決めた」と振り返る。屋根のある鶏舎に近い施設でアヒルを育て、約2ヶ月半で1羽3.4〜3.7kgまで太らせて出荷する。
水を使わない飼育の核心は、群れを水系から遮断することにある。放し飼いや池飼いでは鳥インフルエンザや寄生虫が水を介して広がりやすいが、舎飼いなら外部との接触を管理下に置ける。クイ氏は疾病感染リスクの低減、労働コストの削減、環境管理のしやすさを利点に挙げる。出荷は一度にまとめてではなく、複数のロットを時期をずらして育てる「ローリング方式」で、毎月出荷できる体制を組んでいる。
背景にある水鳥飼育の弱点
ベトナムのアヒル飼育は伝統的に水田や川、ため池と結びついてきた。稲刈り後の田で落ち穂を食べさせる放し飼いは飼料費を抑えられる一方、渡り鳥や水質を経由した感染症の温床になりやすく、天候や水位に生産が左右される。群れが広い範囲を動くため、出荷時期や体重をそろえるのも難しい。
舎飼いはこの弱点を裏返す発想だ。温度と衛生を管理できれば、季節に関係なく計画的に太らせて出せる。田や水路を持たない土地でも始められるため、立地の制約からも自由になる。ただしクイ氏の歩みは順風ではなかった。長く続いた強い日差しと頻繁な停電で冷却装置が止まり、アヒルが大量死した時期があった。本人は「努力が水に流れるのを見て、辞めることを考えた。それでも自分に言い聞かせ、もう一度立ち上がった」と語る。舎飼いは水系の感染リスクを断つ代わりに、電力と設備に群れの生死を握られる。放し飼いが天候に賭ける経営だとすれば、舎飼いはインフラに賭ける経営だという構図が、この挫折から浮かび上がる。
数字で見る舎飼いアヒル経営
公表されている数値を、日本円換算とあわせて整理する。金額は1円=170ドンで換算した目安であり、為替により変動する。
| 項目 | 数値 | 円換算・補足 |
|---|---|---|
| 常時飼養数 | 約6万羽 | ロットを分けて周年出荷 |
| 出荷体重 | 3.4〜3.7kg/羽 | 飼育期間 約2ヶ月半 |
| 年間利益 | 約20億ドン | 約1,180万円(経費差引後) |
| 雇用 | 18人 | 地元雇用 |
| 従業員月給 | 900〜1,000万ドン | 約5.3〜5.9万円/月 |
| 事業開始 | 2021年 | ゲアン省ビックハオ村 |
従業員18人に月5万円台の賃金を払いながら周年で利益を残す構造は、水位や天候に賭ける従来型とは性格が異なる。数値の裏取りが取れない飼料単価や1羽あたり原価はここでは触れないが、周年出荷という点だけでも仕入れ側にとっての意味は大きい。
現地・業界の受け止め
この取り組みは地元の農業関係者からも前向きに評価されている。ゲアン省農民協会のンギエン・ヴィエット・フン氏は「現代農業の発展の流れに合ったモデルで、科学技術の応用とバリューチェーンの連携を実現している」と述べる。単なる規模拡大ではなく、技術と流通のつながりを評価している点が特徴だ。
ビックハオ村農民協会のンギエン・ヴァン・ダン氏は「クイ氏は進取的に大規模化し、流通チェーンの構築まで実現した典型例だ」と話す。買い手の顔ぶれも具体的で、焼きアヒル(ローストダック)の加工業者や地域内外の集荷業者が定期的に引き取っているという。加工前提の需要が周年出荷を支え、周年出荷が加工の安定稼働を支えるという相互関係が、この経営の土台になっている。
日本の食肉・加工調達への示唆
日本の食肉・加工の調達担当が注目すべきは、収益額そのものよりも「水を断つことで供給が読めるようになった」という設計思想だ。合鴨や国産アヒル(あいがも肉)は流通量が限られ、季節や地域の生産事情に左右されやすい。周年で一定体重の個体が計画的に出るモデルは、加工用原料として扱いやすい。ローストや燻製、カット済み冷凍といった二次加工を前提にした調達では、入荷のばらつきが歩留まりとコストを直撃するからだ。
舎飼いは衛生管理を可視化できる点でも、輸入や委託加工の交渉材料になる。放し飼いに比べて飼育環境の記録を残しやすく、疾病対策の説明がしやすい。鳥インフルエンザの発生地域からの輸入が止まりやすい水鳥では、水系を断った飼育かどうかがそのまま供給の途切れにくさに直結する。一方で、停電で群れが失われた事例が示すように、電力インフラと冷却設備の安定性は品質保証の前提条件になる。産地を評価する際は、施設の電源対策や停電時の代替手段、大量死が起きたときの供給の穴埋め体制まで確認しておきたい。単価の安さより、途切れない供給を担保できるかどうかが、加工原料としての価値を左右する。
畜産全体への波及
水を使わない発想は、アヒルにとどまらない広がりを持つ。ベトナムでは環境負荷や疾病リスクを抑える集約型の畜産が各地で試され、ゲアン省では小規模なカエル養殖のような密飼い技術も広がっている。鶏肉では欧州勢と組んで国際規格に沿った生産へ舵を切る動きも出ており、輸出を見据えた品質管理が畜産全体の底上げを促している。舎飼いアヒルはこうした流れの延長線上にあり、水産と畜産の境界にある水鳥を「管理された陸上生産物」に置き換える試みと読める。加工業者が求める均質な原料を、伝統的な放牧・放し飼いから計画生産へ移す流れは、今後も品目を増やしながら続くとみられる。日本の調達側にとっては、こうした産地の生産思想の変化を早めにつかむことが、原料の選択肢を広げる手がかりになる。
実用情報
ベトナム産のアヒル・水鳥製品を加工原料として検討する際は、次の点を早い段階で押さえておくと交渉が進めやすい。第一に飼育方式で、舎飼いか放し飼いかによって疾病リスクと供給の安定度が変わる。第二に出荷サイクルで、周年出荷が可能かどうかは加工ラインの稼働計画に直結する。第三に停電・冷却対策など施設のインフラ耐性で、これは品質と数量の保証に関わる。第四に加工形態で、生体・と体・カット・冷凍のどの段階で受け取るかを先に固めると物流と衛生条件を詰めやすい。産地訪問が難しい場合でも、これらを文書で確認するだけでリスクの見立ては大きく変わる。
まとめ
ゲアン省の1992年生まれの農家が示したのは、水鳥を水から切り離すことで供給を読めるようにする、という発想の転換だった。6万羽を周年で回し、18人を雇い、年純益約1,180万円を残す一方で、停電による大量死という設備依存のリスクも抱える。日本の食肉・加工の調達目線では、収益額よりも「計画生産による安定調達」と「電力インフラの耐性」という二つの軸で産地を見極める視点が、この事例から引き出せる。