2026年7月8日、ベトナム北部ニンビン省ギアソン村で、国際稲研究所(IRRI)と地場企業のVAG Group、同省農業環境局が組んだ「緑の稲作+稲わら循環モデル」が始動しました。生産コストを25%以上削り、収量を約20%押し上げ、田んぼからの温室効果ガスを減らすという触れ込みです。低排出米といえばこれまでメコンデルタが主役でしたが、その手法が紅河デルタへ北上した点に意味があります。日本のコメ調達は価格高騰を背景に輸入へ目が向き始めており、当サイトでも低排出グリーン米が認証7万トンを超え日本へ初出荷された動きを追ってきました。今回の北部モデルは、その供給源の裾野を広げる一手として読めます。
ニンビン省で何が始まったのか
立ち上がったのは「持続可能で循環型の緑の米バリューチェーン」と銘打つ実証モデルです。舞台はニンビン省ギアソン村。ここにVAG Groupが「緑色農業革新センター」を構え、田んぼでの栽培から収穫後の稲わら処理までを一つの流れとして回します。
主体はIRRI、VAG Group、省農業環境局の三者。IRRIが栽培技術と計測を担い、VAG Groupが資材だけでなく技術パッケージと稲わらの加工設備を持ち込み、行政が農家との橋渡しをする構図です。VAG Groupの正式名称は「ベトナム緑色農業投資開発グループ」で、資材販売業ではなく一貫ソリューションの提供を掲げています。
試験はニンビン省単独ではなく、ハンイェン、ニンビン、ハイフォンの北部3省に展開されています。2026年の春作ですでに結果が出ており、秋作を経て翌春に面的拡大を狙う段取りです。
コスト25%減の中身を分解する
数字が独り歩きしやすいテーマなので、削減の内訳を押さえておきます。鍵は「機械条播+施肥同時埋め込み」という播種法です。移植や手まきをやめ、種と緩効性肥料を機械で同時に土中へ落とすことで、投入量そのものを減らします。
IRRIの実証報告では、この方式で窒素肥料を30%以上、種籾を約30%削減できました。1ヘクタールあたり少なくとも700万ドン(1万VND≒60円換算で約4万2千円)のコストが浮き、農家の利益は約2,100万ドン(約12万6千円)増えたとされます。労働力も20〜30%減りました。
| 項目 | 従来比の変化 |
|---|---|
| 生産コスト | 25%以上の削減 |
| 窒素肥料 | 30%以上の削減 |
| 種籾 | 約30%の削減 |
| 労働力 | 20〜30%の削減 |
| 収量 | 約20%の増加 |
| 農家利益 | 約2,100万ドン/ha増 |
肥料を減らして収量が上がるのは一見矛盾しますが、これは施肥のタイミングと位置を最適化した結果です。同じ考え方はメコンでも実証済みで、メコン低排出米プログラムが種子45%減・肥料30%減で収量12%増を記録した事例と方向性が一致します。北部で20%という収量増が出た背景には、もともと紅河デルタの慣行栽培に投入過多の余地が大きかった事情もありそうです。
「藁を焼かない」ことが循環の要になる
このモデルの独自性は、田んぼの外側にあります。収穫後に出る稲わらを焼却せず、有機肥料へ作り替える工程を組み込んだ点です。
1ヘクタールから出る4〜5トンの稲わらを機械で処理し、家畜糞や微生物と混ぜて発酵させると、3〜4トンの有機肥料になります。これを次作の田んぼへ戻すことで、化学肥料の追加購入を抑えつつ土づくりを進めます。焼却をやめれば野焼き由来の排出も消えます。
紅河デルタは小規模農地が多く、収穫後の稲わら焼却が広く残ってきた地域です。その藁を「燃やすゴミ」から「買わずに済む肥料」へ転換したところに、コスト削減と排出削減が同時に立つ仕組みがあります。VAG Groupのセンターがこの加工を担い、農家は資材を持ち込む先を得る形です。
現場と関係者はどう語ったか
立ち上げにあたり、当事者からは次のような声が出ています。
- IRRIの上級研究者は、初回の実証で農家利益が1ヘクタールあたり約2,100万ドン増えたと報告し、肥料と種籾の削減が効いたと説明
- ニンビン省農業環境局の副局長は、2026年春作で収量が約20%増え、実績は良好だと評価。国・研究者・企業・農家の「四者連携」が拡大の土台になると強調
- VAG Groupの統括責任者は、単なる資材供給ではなく「実施・計測・評価・実効」を原則にした完全な技術パッケージを提供すると述べた
行政側が「四者連携」という言葉を前面に出したのは、この方式が一社の商材ではなく地域の仕組みとして根づくかどうかを見ている表れでしょう。企業が計測まで責任を持つと明言した点も、輸出先が求めるデータの裏付けを意識した動きに見えます。
日本の環境調達にどう効くのか
ここからが日本の調達担当者にとっての本題です。今回の北部モデルは、単なる増産事例としてより、環境データを伴う低排出米の供給源が増える意味で捉えるべきです。
第一に、調達リスクの分散です。ベトナムの低排出米はこれまでメコンデルタに集中し、100万ヘクタール計画も南部が中心でした。ドンタップの「足跡なし田んぼ」が100万ha計画の旗手になった動きが代表例です。紅河デルタで同等の手法が回り始めれば、産地が南北に分かれ、天候や病害による供給途絶のリスクを抑えられます。北部は中国国境や北部港湾に近く、物流の経路も南部とは別に確保できます。
第二に、排出と資源循環の「証拠」がセットで付く点です。日本の食品・流通各社は原料調達に環境データの開示を求める流れが強まっています。焼却をやめて藁を肥料化し、施肥量まで計測している米は、カーボンフットプリントや循環性を数字で語れます。単に「ベトナム産」ではなく「排出を測った米」という差別化材料になり、環境配慮を打ち出す商品の原料として通りやすくなります。
第三に、コスト構造の底上げです。生産コストが25%下がれば、輸出価格に環境対応のコストを乗せても競争力が残ります。日本側が環境認証つきの米を割高でつかまされるのではなく、生産効率の改善を原資に無理のない価格で調達できる余地が生まれます。ここは今後の実勢価格を見て判断すべき論点です。
実務者が押さえるべき基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モデル名 | 緑の米バリューチェーン(持続可能・循環型) |
| 開始日 | 2026年7月8日 |
| 主体 | IRRI/VAG Group/ニンビン省農業環境局 |
| 実証地 | ニンビン省ギアソン村ほか北部3省(ハンイェン・ニンビン・ハイフォン) |
| 主要技術 | 機械条播+施肥同時埋め込み、稲わらの有機肥料化 |
| 稲わら処理 | 4〜5トン/ha→有機肥料3〜4トン/ha |
| 次の展開 | 秋作後に北部・北中部(ナムディン・ビンフック・フートー・タインホア)へ拡大 |
まとめ——次に確かめる3つの指標
ニンビン省の緑の米モデルは、コスト削減と排出削減を稲わらの資源化で結び直した点に新しさがあります。日本の調達関係者がこの先を追うなら、確かめるべきは3点です。まず、秋作以降の面積拡大がどこまで進むか。紅河デルタの小規模農地でモデルが面で広がれば、輸出可能量が現実味を帯びます。次に、排出量や施肥量の計測データがどの形で外部に開示されるか。証拠が出て初めて環境調達の土俵に乗ります。最後に、北部産米の輸出仕向け先です。国内消費か輸出か、日本向けの引き合いが出るかを見れば、この産地が調達先候補になるかが見えてきます。北部の低排出米が動き出した今こそ、供給網の地図を一度引き直しておく価値があります。