ベトナム北西部ライチャウ省の山あいで、都市に出ずに故郷へ戻った女性が養蜂の協同組合を回している。ムオンタン村バンコアン(Bản Khoang)に暮らすタイ族のロー・タイン・スアン(Lò Thanh Xuân、1994年生まれ)は、農村開発を学んだ大学卒の資格を手に村へ帰り、9人の養蜂家と組合を立ち上げた。約300群の蜂を世話し、年に2,800〜3,000リットルの蜂蜜を出荷する。
この話は「山の小さな成功譚」で終わらない。日本の食品バイヤーや、地方で六次産業化に取り組む生産者・自治体にとっては、少数民族の女性が村ぐるみで一次産品をブランド品へ引き上げた過程そのものが、調達先の見極めと産地づくりの実例になる。
大学を出た女性が選んだのは、都市ではなく養蜂だった
スアンが立ち上げたのはムオンミット農業協同組合(Hợp tác xã Nông nghiệp Mường Mít)で、設立は2022年4月5日。発足時のメンバーは養蜂家9人だった。組合が管理する巣箱は約300で、蜂蜜の年間供給量は2,800〜3,000リットル。商品は「マット・オン・タイン・スアン(Mật ong Thanh Xuân=タイン・スアンの蜂蜜)」の名で流通し、同じ2022年にOCOP3つ星の認証を得ている。
注目すべきは、担い手が農村開発を専攻した大卒の若い女性だという点だ。ベトナムの山岳地帯では、教育を受けた若者ほど都市の工場やサービス業へ流出しやすい。その流れに逆らって村に残り、蜂という初期投資の重い生き物を選んだ判断は、産地の継続性を測るうえで軽くない材料になる。
数字で見るムオンミット農業協同組合
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | ライチャウ省ムオンタン村バンコアン |
| 設立 | 2022年4月5日 |
| 発足メンバー | 養蜂家9人 |
| 巣箱 | 約300群 |
| 年間出荷量 | 2,800〜3,000リットル |
| 直販拠点 | 16カ所(省内5・省外11) |
| 認証 | OCOP3つ星(2022年) |
| 常勤の賃金 | 月500万ドン(約2万9千円) |
| 季節労働の収入 | 月600万〜800万ドン(約3万5千〜4万7千円) |
為替は1円≒170ドンで概算。ドン建ての原数値のみが一次情報で、円は目安。
この供給量を巣箱1群あたりに直すと、年9〜10リットル前後の計算になる。大量生産の養蜂場と比べれば控えめな数字だ。それでも組合は常勤者に月500万ドンの賃金を払い、繁忙期には季節労働者を月600万〜800万ドンで雇っている。9人で始めた組織が村に現金収入の受け皿を作っている点は、蜂蜜の生産量そのもの以上に、山村に人とお金を引き留める役目を果たしている。
16の直販拠点とSNSが、山の蜂蜜を村の外へ運ぶ
組合の販路は16カ所の直販拠点に広がり、うち5カ所がライチャウ省内、11カ所が省外にある。生産量の多くが省境を越えて動いている計算で、山間の一次産品が「地元で細々」ではなく、外の市場を取りに行っている。加えてTikTok ShopやFacebook、Zalo、YouTubeといったSNSも使い、産地から消費者へ直接つなぐ経路を持つ。
この「作る側が売り先まで握る」形は、北部の蜂蜜産地に共通して見える動きだ。ラオカイ省バクハーでは、偽物対策として地理的表示(GI)で在来蜂蜜を守り、贈答需要を取りに行く動きがある(偽物対策で守るバクハー蜂蜜、GIが日本のギフト調達を変える)。原料をバルクで手放すのではなく、名前を付けて売り切る発想である点で、ムオンミットの取り組みと重なる。ハティン省では在来種の蜂蜜がバルクの数倍で売れており(バルクの8倍で売れる蜂蜜、ハティン在来種養蜂は調達先になるか)、小規模でも希少性と物語で単価を上げられることを裏づけている。
日本の地方が学べる、女性・少数民族・六次産業の掛け算
ムオンミットの構図を日本の文脈に置き換えると、示唆は三つある。
担い手の像が、産地の寿命を決める
日本の中山間地でも、後継者不在は産地の最大のリスクだ。スアンの事例は、教育を受けた30代の女性が「原料生産」ではなく「ブランドを持つ生産」を選ぶと、村に人が残る動機が生まれることを示す。作物より先に、誰が旗を持つかを見る目が要る。
OCOPは、六次産業化の共通言語になり得る
OCOP(一村一品運動のベトナム版)は、無名の農産加工品を星の数で格付けし、小売や輸出の入口へつなぐ制度だ。日本の道の駅ブランドや地理的表示と同じく、外部のバイヤーが玉石を見分ける物差しになる。設立からわずかな期間で3つ星に届いたムオンミットの速さは、認証を最初から設計に組み込んだ結果だと読める。
販路は「省外11カ所+SNS」で自前化する
仲買に卸すだけでは価格の主導権を持てない。組合が直販拠点とSNSを両輪にした点は、日本の産直や産地直送のEC戦略とそのまま重なる。少数民族の女性が山の暮らしから貧困を抜ける動きは各地で起きており、標高1,600メートルでザオ族が地生ランを商品化した例もある(標高1600mの霧を売る、ザオ族が地生ランで貧困から抜けた日)。共通するのは、地域固有の資源を外の市場語に翻訳して売る設計だ。
日本の側から見れば、ライチャウのような北西部の山岳は、これまで調達地図にほとんど載ってこなかった土地だ。だが蜂蜜のように小ロットでも単価と物語で戦える品目なら、産地の小ささはむしろ希少性へ転じる。量を積み上げる調達と、物語を買う調達は別の設計であり、後者にとって少数民族の女性が率いる小さな組合は有力な候補になる。
調達・取引で確かめたい実務ポイント
取引を具体的に検討するなら、山村発の小さな組合ゆえに押さえておきたい点がいくつかある。
- 生産の安定性:年2,800〜3,000リットルは大口輸出には小さい。数量を求めるなら、近隣組合との束ね方や増設余地を先に確認する。
- 認証の中身:OCOP3つ星は国内流通の目安であり、対日輸出に必要な残留基準やトレーサビリティとは別物。輸入時は改めて検査体制を問う。
- ブランドの一貫性:商品名が創業者個人の名に紐づく。属人性が強い産地は、供給者側の世代交代や体制を含めて見ておきたい。
- 販路の重複:省外11拠点とSNSが並走するため、卸で組む場合は既存チャネルとの棲み分けを最初に整理する。
山の蜂蜜が示す、産地づくりの順番
ムオンミットの数字は派手ではない。だが、大卒の女性が村へ戻り、9人で始め、300群から年3,000リットルを作り、16拠点とSNSで売り、2年でOCOP3つ星に届いた——この順番にこそ、規模の小さい産地が価格の主導権を握るための設計が詰まっている。日本の地方が「誰が・何を・どう売るか」を組み直すとき、ライチャウの一組合は小さくても具体的な下絵になる。規模の小ささを弱みと取るか、希少性の裏づけと取るか——その分かれ目に、この組合の数字は静かに答えを出している。