ベトナム中北部のハティン省で、給餌に頼らず森と果樹の花だけで蜜を採る在来種養蜂が、副業から商品づくりの段階へ動き出している。地元紙 Nông nghiệp và Môi trường が2026年7月20日に報じた4戸の実績を並べ直すと、1群あたりの年間採蜜量は4リットルから11.7リットルまで3倍近く開き、販売単価は1リットル40万ドン(1円=約162VNDで約2,500円)だった。省全体の飼育群数は約5万2,000群に達している。日本の蜂蜜はほぼ全量が輸入で、ハティンの蜜がその数量に食い込む余地はない。それでも検討に値するとすれば、価格帯と、花源をどこまで特定できるかの2点である。
4戸の数字を並べ直すと、産地の現在地が見える
記事が取り上げたのは、省内4つの社(xã)の4戸だ。フックチャック社チュンリン村のチャン・ヴァン・フォン氏は、自然林に近い立地と豊富な花源を生かして約100群まで広げた。1群あたり1回の採蜜で7〜8リットル、1回の採蜜期で数百リットルを得ているという。原文は年間の採蜜回数に触れておらず、年間産出量は確定できない。
同じフックチャック社バックリン村のグエン・ティ・ホン・ニュン氏は、60群あまりで年およそ700リットルを収穫する。2025年、同氏の蜂蜜「Vạn Hoa(ヴァンホア)」がOCOP3つ星の認定を受けた。以前は小口のばら売りが中心で商品価値を高めにくかったが、ブランドを立ち上げてから販路が安定し単価も上がったと同氏は説明している。
カムビン社のホー・スアン・ティン氏は、果樹園の樹冠下に巣箱を置く方式で40群から50群超へ増やし、年200リットル超を採る。加えて年初から種蜂20群を売り、蜜以外の収入をつくった。チュオンルウ社のファン・ヴァン・クイ氏は、支援で受け取った5群を25群まで殖やし、年およそ150リットルを1リットル40万ドンで販売している。この単価は原文で価格が明示された唯一の農家のもので、他3戸の販売価格は書かれていない。
「ong nội」という呼び分けと、給餌をしないという前提
原文が一貫して使う「ong nội」は、ベトナムの在来種ミツバチ(Apis cerana)を指す語で、ベトナムでは大量生産向けの西洋種「ong ngoại」と呼び分けられる。記事は在来種養蜂の利点として投資額の小ささ、飼養の容易さ、リスクの低さを挙げ、工業的な飼料を補給する必要がないため蜜が自然な風味と品質を保つ、と書いている。
裏を返せば、群あたりの産出量は花の咲き方に縛られる。花源はアカシア(keo)とメラルーカ(tràm)の林、それにオレンジ・ザボン・リュウガンといった果樹の花だと明記されている。採れる蜜は黄金色で粘度があり、自然な香りを持ち、結晶化しにくいというのが記事の説明だ。花源が特定できるという条件は単花蜜としての商品設計に効くが、通年で同じ品質を積み上げる大量供給とは相性が悪い。
1群4リットルと11.7リットル、同じ省で3倍近い差がつく
4戸の数字を1群あたりに割り戻すと、群数の多さが採蜜量に結びついていないことが表に出る。
| 生産者(所在) | 群数 | 採蜜量 | 1群あたり | 販売単価 |
|---|---|---|---|---|
| フォン氏(フックチャック社) | 約100群 | 1回で数百リットル | 7〜8リットル/回 | 記載なし |
| ニュン氏(フックチャック社) | 60群超 | 年約700リットル | 約11.7リットル/年 | 記載なし |
| ティン氏(カムビン社) | 50群超 | 年200リットル超 | 約4.0リットル/年 | 記載なし |
| クイ氏(チュオンルウ社) | 25群 | 年約150リットル | 約6.0リットル/年 | 40万ドン/リットル |
フォン氏の7〜8リットルは採蜜1回あたりの数字で、他3戸の年間値とは単位が違う。ここを揃えずに比べると産地を過大評価する。年間で比較できる3戸に絞ると、1群あたり4.0リットルから11.7リットルまで開く。クイ氏の実績を検算すると150リットル×40万ドンで年6,000万ドン、約37万円になるが、これは売上であって利益ではない。巣箱や資材の費用、労働時間は原文に一切書かれておらず、収益性は判断できない。
省全体の水準は、同じ媒体が2022年末時点で約4万410群・養蜂農家約4,000戸、平均8〜9リットル/群/年、総生産405トンと伝えていた。今回の約5万2,000群はその3年半で約29%の増加にあたる。1群あたりの採蜜量が当時と変わらないと置いて比例させれば、省全体の年間産出量は520トン前後という試算になる。日本の蜂蜜流通量は約4.7万トン(輸入約4.5万トン、国産約2,800トン)だから、ハティン省産は日本の年間輸入量の約1%、国産量の約2割にあたる計算だ。
役場は連携生産を、地元の買い手は作り手の清潔さを口にする
フォン氏は記事のなかでこう語っている。「養蜂は広い面積を必要としない。主に自然の花源を利用するものだ。世話の技術さえしっかり身につければ群はよく育ち、蜜も安定して採れる。おかげで家族の収入は安定し、暮らしは目に見えて良くなった」。設備投資ではなく技術の習熟を成否の分かれ目に挙げているのが、この産地の性格を示す。
フックチャック社人民委員会のレ・グエン・キエン・クオン氏(副委員長)は、持続的な養蜂の普及を働きかけ、専門部門と連携した技術研修と技術移転、モデル農場づくりの支援、生産連携の方向づけを進めていると述べている。集荷の受け皿がすでに整っているとは書かれていない。
地元の消費者グエン・ティ・ザン氏は「ここの蜂蜜はすっきりした甘さで、自然な香りがある。作り手が清潔な生産を心がけているので安心して使える」と話す。常連客の言葉と割り引いても、購買理由の筆頭に清潔な生産が挙がるのは、国内市場でも蜂蜜の真正性が争点になっている裏返しだろう。
ティン氏は、果樹の樹冠下での養蜂は花源を活用できるうえ果樹側の結実率も上がる二重の効果があると説明している。果樹園にハチを入れて双方の収益を取りにいく設計は、農薬不使用のマンゴー農園で4,000群を運用する事例と発想が重なる(果樹の下で4000群のハチが稼ぐ、農薬不使用マンゴー農園の三毛作)。ハティンは果樹面積が1万8,000ヘクタール超あり、この組み合わせを広げる余地は残る。
バルクの棚ではなく、単花蜜とギフトの棚に置くべき産地
単価を見ると、この産地が輸出用バルク蜂蜜とは別の商売をしているとわかる。ベトナム産粗蜂蜜の輸出単価は2025年5月時点で1トンあたり約1,320米ドル、1キロにして約1.32ドル(1ドル=約163円で約215円)で、主要供給国のなかでも安い部類だ。対してクイ氏の1リットル40万ドンは約2,500円。蜂蜜は水より重く1リットルがおおむね1.4キロ前後にあたるため、キロ換算しても1,700円台になる。単位の違いを差し引いても、バルク相場との開きは8倍前後ある。ただし同じ媒体が2022年に伝えた省内の相場は、冬場で1リットル15万〜20万ドン、採蜜期は12万〜15万ドン、瓶詰めのブランド品で22万〜25万ドンだった。40万ドンは産地の平均ではなく上限側の値付けで、8倍という開きもその前提で読む必要がある。
この価格差は、ハティンの在来種蜜が日本の輸入蜂蜜と同じ土俵に乗らないことを意味する。年間輸入約4.5万トンの主戦場は業務用・加工用の価格競争であり、約520トンの産地が参入しても存在感は出ない。競合相手は中国産バルクではなく、国産の単花蜜や贈答用の小容量品になる。国産蜂蜜が年2,800トンしかない市場で、その2割に相当する量が「森と果樹の花だけ」という条件付きで存在している、という読み方のほうが実態に近い。
ただしこの棚で戦うには等級と証明が要る。ニュン氏が2025年に取得したOCOPは3つ星、省レベルの認定にあたる。国家級の5つ星との間には手続き上の段差があり、5つ星が輸出商談の入口として機能する構図はハイフォンの魚醤が示した通りだ(ハイフォンの魚醤2品がOCOP最高位へ、5つ星が調達の入口になる理由)。3つ星は国内販路と単価改善に効いても、それだけで日本向けの書類要件を満たすものではない。産地名を守る仕組みでも、ベトナム国内には地理的表示で蜂蜜を保護する先例がある一方(偽物対策で守るバクハー蜂蜜、GIが日本のギフト調達を変える)、ハティンの蜜にGIがあるかは原文に記載がなく、公表されていない。
「ベトナム産蜂蜜」という一括りが持ち込むリスク
調達担当が注意すべきは、カテゴリー名が独り歩きすることだ。米国は2022年6月、ベトナム産粗蜂蜜に58.74〜61.27%の反ダンピング関税を発動した(税率はその後の行政見直しで大きく引き下げ)。対象は西洋種による輸出向けバルクであって、森の花で採る在来種の内需向け蜜ではない。それでも「ベトナム産蜂蜜」の括りで社内稟議に上げれば、価格面の懸念が無関係な商材にまで波及しかねない。
もうひとつは供給の設計思想の違いである。省内の飼育は4,000戸近くに分散し、1戸あたり5〜10群という零細層が主体で、30〜40群、まれに100群という構成だった(2022年時点)。まとまったロットを組むには多数の農家を束ねる必要があり、1群あたりの採蜜量が4リットルから11.7リットルまで開いている以上、束ねた結果として品質と数量の両方が揺れる。ティン氏が年初から種蜂20群を売っているのは産地が広がる兆候だが、新規参入者の1年目の群が既存農家と同じ蜜を出すとは限らない。取引単位が体積(リットル)で語られている点も残る。日本側の規格は重量建てが基本で、水分含量で体積と重量の関係は動く。歩留まりの前提を最初に揃えないと原価計算がずれる。
商談前に確認すべきことと、まだ公表されていないこと
原文から読み取れる範囲と、書かれていない範囲を切り分けておく。
| 確認項目 | 記事から分かること | 公表されていないこと |
|---|---|---|
| 産地 | ハティン省フックチャック社・カムビン社・チュオンルウ社 | 各生産者の詳細住所・連絡先 |
| 規模 | 省全体で約5万2,000群、フックチャック社だけで約200戸・約4,000群 | 省全体の直近の年間産出量 |
| 単価 | クイ氏の販売価格が1リットル40万ドン | 他3戸の価格、卸値、輸出FOB価格 |
| 認証 | 「Vạn Hoa」が2025年にOCOP3つ星 | GI登録の有無、残留物質検査の体制 |
| 花源 | アカシア・メラルーカ林、オレンジ・ザボン・リュウガンの花 | 花期ごとのロット分けの有無 |
| 公的窓口 | ハティン省農業普及センター、フックチャック社人民委員会が登場 | 輸出向けの受付窓口・担当部署 |
まとめ
ハティンの在来種養蜂は、日本の業務用蜂蜜の調達先にはならない。省全体の産出量が日本の年間輸入量の1%程度で、4,000戸近くに分散している。数量で評価する限り打つ手はない。一方、給餌をせず花源を特定できる蜜が、上限側とはいえバルク相場の8倍で売れている事実は、贈答・小容量・専門店ルートを持つ買い手には別の意味を持つ。
実際に動くなら順序を間違えないことだ。まず1群あたりの年間採蜜量と、ロットが採蜜回単位か年間集荷単位かを確かめる。次にOCOPの等級とは別に、残留物質の検査成績書を出せるかを聞く。それから花期ごとにロットを分けられる生産者を優先して当たる。果樹園と組み合わせた圃場は花源を説明しやすく、ティン氏の言う結実率の改善も交渉材料になる。窓口は、記事に技術移転と生産連携の担い手として登場するハティン省農業普及センターと社の人民委員会になる。年間数百リットルの農家を1戸ずつ回る前に、この2者へ集荷の形があるかを問い合わせるほうが、束ねたロットへの近道だ。
参照元:Nông nghiệp và Môi trường/Nông nghiệp và Môi trường(2022年ハティン養蜂統計)/農林水産省「養蜂をめぐる情勢」/Tridge(ベトナム産蜂蜜の輸出単価)/Federal Register(ベトナム産粗蜂蜜の反ダンピング関税)/Ong nội(Apis cerana)