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発芽率5%の壁を越えた苗木3万本、ランソンの香り原料は買えるか

ベトナム北部ランソン省ディンラップ社で、1993年生まれのターイ族の技師が、自然発芽率5%という樹種を年3万本の苗木出荷まで押し上げた。7月27日付の Dân Việt が伝えたホアン・ゴック・ヴー(Hoàng Ngọc Vũ)氏の取り組みは、帰郷起業の美談として読むと本質を外す。この木は野生個体が省内に27本しか確認されていない絶滅危惧の針葉樹で、ベトナムでは商業目的の採取と利用が禁じられた保護区分に入る。野生から採れない資源を増やす側に回り、当局から商業目的の栽培地コードを取り付けた——そこが日本の調達担当の読みどころだ。

目次

0.9ヘクタールで年3万本、ディンラップの苗圃で起きたこと

ヴー氏は2018年にベトナム国立農業大学(Học viện Nông nghiệp Việt Nam)を出た技師で、郷里に戻り公務員として働きながらランソン雪ホアンダン(hoàng đàn tuyết Lạng Sơn)の育苗を始め、2025年に役所を辞めて専業になった。壁になったのが繁殖だ。Dân Việt によれば、この木の種子は自然発芽率が約5%にとどまる。しかも実は結実から2年間、木に付けたまま置かなければ採種できる熟度に達しない。失敗すればまた二年待つ構造になっている。

2022年末、ヴー氏は種子サンプルを抱えて母校のベトナム国立農業大学に持ち込み、発芽を促す処理方法の研究に入った。手探りを研究室の手続きに乗せ替え、再現できる工程に落とした。現在の圃場は総面積0.9ヘクタール、内訳は集約育苗区0.4ヘクタールと展示・紹介区0.5ヘクタール。2025年の一年で各種苗木3万本を出荷し、地元から3人を常時雇用する。

販売価格は樹高と樹齢で動く。小さい苗が1本6万〜7万ドン、育った株が20万〜30万ドンという幅で、1円=約162VND(2026年7月時点)で換算すると約370〜432円と約1,235〜1,852円にあたる。出口は二段構えだ。幼木から中木は観葉・盆栽・風水木の市場に回り、植栽から7〜8年以上の成木段階に入ると、枝・実・葉を採ってホアンダン精油を抽出できる。幹を倒さずに香り原料が採れる設計は、後述する法規制との相性で効いてくる。

野生27本という前提——なぜ「増やす」が事業として成立したのか

この樹種の希少性は、地元行政の数字がいちばん端的だ。ランソン省の農業環境部門が2024年3月に出した資料では、自然状態で残る個体は27個体、分布はフールン県フーリエン社に限られる。27本すべてが位置情報を登録して管理下に置かれ、播種で得た苗約700本が森林保護区管理局の敷地・学校・農家の庭に植えられたとある。国レベルでは、ホアンダンはベトナムのレッドブックに収載されている。政令84/2021/NĐ-CP が差し替えた危急・希少動植物リストを開くと、ヒノキ科の項に「Hoàng đàn hữu liên(Cupressus tonkinensis)」がグループIAとして載っている。グループIは商業目的の採取・利用が禁止される最上位の区分だ。裏を返せば、当局に登録された施設で人工増殖されたものは商流に乗せる余地が残る。

国際的な評価も厳しい。英国王立エディンバラ植物園の Threatened Conifers of the World は Cupressus tonkinensis を近絶滅(Critically Endangered)に該当すると記載する。根拠は、2004年・2008年・2009年の調査で確認できた個体が合計25本、分布域はランソン省フールン県のカイキン石灰岩山塊で広がりは5平方キロにも満たず、球果をつけた記録があるのは6本だけという数字だ。1990年代までは周辺の県や隣接省にも記録があり、当時の分布域は204平方キロと見積もられていた。一方でIUCNレッドリスト本体は、この学名を Cupressus torulosa の異名として扱うため未収載だとも明記されている。分類の扱いが割れている以上、書類上の樹種名確認は甘くできない。

減った理由も同ページにある。腐りにくく香りのある材が狙われ、加えて根・樹皮・葉から採る精油のために伐られてきた。1958年には採取制限が入ったが効き目は薄く、1997年以降は商業的な量が市場から消えている。ヴー氏が幹を倒さず枝・実・葉から精油を採ろうとしているのは、この歴史の裏返しだ。

商業目的で野生木を伐れない以上、商流に乗るのは人工増殖されたものだけだ。天然採取が限界を迎えた薬用根を産地化に切り替えた事例(森から畑へ、天然採取に限界の薬用根「地レン」をクアンニンが産地化)と並べると、ヴー氏が何を売っているのかが見えやすい。売り物は苗木そのものではなく、「これは野生由来ではない」と示せる状態である。

数字で追う、2025年1月から2026年7月までの一年半

ヴー氏の圃場には、地元紙と全国紙で時期の異なる二つのスナップショットが残る。集計の定義も報道時点も違うため引き算はできないが、規模の動き方は読み取れる。

項目 2025年1月10日 Báo Lạng Sơn 2026年7月27日 Dân Việt
圃場面積 育苗区 3,000㎡ 総面積 0.9ha(育苗0.4ha/展示0.5ha)
本数 育苗中7,000本超、2024年以降の供給5,000本超 2025年に各種苗木3万本を出荷
販売単価 10万〜150万ドン/本(約617〜9,259円) 6万〜7万ドン、20万〜30万ドン/本(約370〜432円、約1,235〜1,852円)
鉢上げ後の活着率 95〜98% 記載なし
年間売上 8億ドン超(約494万円) 記載なし
雇用 記載なし 地元3人を常時雇用
併営 接ぎ木沈香苗5,000本超、ブオイ2ha、チャムデン2ha 記載なし

円換算は1円=約162VND(2026年7月時点)。報道時点と集計対象が異なるため、両欄の単純比較はできない。

単価の幅が二紙で食い違うのは、扱う株のサイズ構成が違うためと読むのが自然だ。2025年初の報道には150万ドン級の大株が入り、2026年の報道では3万本という数量が前面に出る。少数の高単価株から量を回す段階へ重心が移ったと読めるが、内訳が非公表のため断定はしない。確かなのは、活着率95〜98%という歩留まりが先に立ち、その後で数量が伸びたという順序である。

林業当局・起業家・地元紙、三者の受け止め

制度側の評価を語るのは、ディンラップ森林警備隊長のファム・コン・フォン(Phạm Công Phong)氏だ。Dân Việt に対し「ヴー氏のランソン雪ホアンダンの飼育・栽培施設は、省森林保護支局および省農業環境局から、商業目的での栽培地コードの付与を受けている」と述べている。グループIA樹種の事業者が監督官庁から商用の識別番号を得たという意味で、この一文が取引の入口になる。産地コードを軸に輸出可否が動く構図は、ベトナムが整えつつある追跡の仕組み(ドリアンをQRで追う越の全国制度、日本の産地確認はこう変わる)と同じ方向を向く。

ヴー氏自身は、資源観をこう語っている。「ランソンの雪ホアンダンは値のつけられない土地固有の資源だ。採ることだけを知り、守り育てることを知らなければ、この樹種はやがて消える」。事業の到達点についても「この工程全体を、いちばん分かりやすく実行しやすい資料に標準化したい。地域の住民へ技術を移転する」と述べ、『ランソン雪ホアンダン育苗技術ハンドブック』の編纂を進めている。技術を囲い込まない判断は、産地を単独の圃場から地域全体へ広げる前提がなければ取りにくい。

省の森林保護区管理局はフーリエン社の27個体の位置管理と播種増殖を続けており、行政の保全事業と民間の苗木事業が別ルートで同じ樹種を増やしている。

日本の調達担当が今つかむべき三点

第一に、日本側が買えるのは苗木ではなく、その先の香り原料である。日本の植物防疫法では、土または土が付着した植物は輸入禁止品にあたり、試験研究などで農林水産大臣の許可を受けた場合を除き持ち込めない。苗木・種子も輸入植物検疫の対象で、量や用途を問わず規制がかかる。ポット苗を仕入れて日本で育てる絵は実務上描けない。商材は成木段階で採れる精油や加工材の側にある。

第二に、合法性を証明する書類そのものが商材の一部になっている。日本では改正クリーンウッド法が2023年に成立し、2025年4月1日に施行された。国内市場に最初に木材等を持ち込む第1種木材関連事業者には、樹種・伐採地域・証明書といった原材料情報の収集と整理、合法性の確認、記録の作成・保存、下流への情報伝達が義務づけられた。採取が全面禁止の樹種を扱うなら、栽培由来だと紙で示せなければ手続きが止まる。ヴー氏の栽培地コードは、この要件に接続できる足がかりになる。

第三に、時間軸を読み違えないこと。精油が採れるのは7〜8年以上経った株で、2022年末に本格化した圃場を起点に置けば供給が形になるのは2030年前後だ。0.9ヘクタールという面積も、香料原料のロットとしては試作の域にある。取りにいくべきは数量契約ではなく、サンプルと技術情報へのアクセス、産地拡大時に声がかかる位置取りである。同じランソン省で非木材林産物を収益化する動き(森を伐らずに砂仁で稼ぐ、ランソンの縮砂産地が動く)も、地域の供給力を測る材料になる。

香り原料としての波及と、二本立てのリスク設計

見落としやすいのは、ヴー氏がホアンダン一本槍ではない点だ。Báo Lạng Sơn によれば、接ぎ木した沈香(trầm hương)の苗を5,000本超育てているほか、家族としてブオイ2ヘクタール、チャムデン2ヘクタールにも投資している。沈香を産する Aquilaria 属は2005年から属全体がワシントン条約の附属書IIに掲載され(1995年発効の掲載は A. malaccensis のみ)、国際取引には輸出国のCITES許可書が要る。日本の需要は古いが、書類要件は重い。

希少樹種と規制樹種を並べて持つ構図は理にかなう。どちらも参入障壁が高く、価格が数量ではなく希少性と証明可能性で決まる。回収まで年単位かかる資産を、果樹の現金収入で支えながら育てる形だ。「絶滅危惧種を増やして売る」モデルの再現条件は、大学との技術連携、当局の栽培地コード、長い回収期間に耐える兼業構造の三つに集約される。

接触前に潰しておく確認項目

確認項目 確認先 なぜ必要か
栽培地コード(mã số vùng trồng)の番号・対象樹種・有効期間 ランソン省森林保護支局/省農業環境局 商業目的の採取・利用が禁じられたグループIA樹種を、人工増殖由来として扱う起点になる
学名と現地名の対応(Cupressus tonkinensis/hoàng đàn tuyết/政令の表記は hoàng đàn hữu liên) 現地事業者・省当局 IUCNとベトナム国内で分類の扱いが割れている
精油の採取開始時期(植栽から7〜8年以上) 生産者 供給が立ち上がる年次の見積り
苗木・種子の日本持込可否 農林水産省 植物防疫所 土付き植物は輸入禁止品、苗木・種子は検疫対象
合法性確認の様式と社内手続き 林野庁 クリーンウッド・ナビ 第1種木材関連事業者の義務(2025年4月1日施行)
沈香を併せて扱う場合の輸出許可 ベトナムのCITES管理当局 Aquilaria 属は附属書II掲載
現地訪問先 ランソン省ディンラップ社(育苗0.4ha/展示0.5ha) 展示区があり現物確認ができる

まとめ

発芽率5%の壁を大学との共同研究で崩し、2025年に3万本を出荷し、監督官庁から商用の栽培地コードを得る。確認できる事実はここまでで、精油という本命の出口はまだ先だ。日本側にとって価値があるのは、原料が市場に出る前に証明可能な供給源が一つ立ち上がりつつあるという情報そのものになる。

動き方は三つに絞れる。まず栽培地コードの写しと対象樹種の記載を求め、書類が要件に接続できるか確かめる。次に、今年は数量交渉ではなくサンプル入手と育苗ハンドブックの共有交渉に的を絞る。そして日本側で植物防疫所への照会とクリーンウッド法の社内手続き整備を先回りで済ませる。沈香まで視野に入れるならCITES許可の実務確認も並行させたい。供給が形になる2030年前後に慌てて動くより、27本しか残らなかった木が畑で増えている今のうちに、話ができる相手として名前を残すほうが安い。

参照元:Dân ViệtBáo Lạng Sơnランソン省農業環境局Threatened Conifers of the World(英国王立エディンバラ植物園)林野庁 クリーンウッド法農林水産省 植物防疫法

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この記事を書いた人

京都で食品ブランドを運営しながら、これまで乾燥野菜や野菜パウダーなど、素材の魅力を活かした商品づくりに携わってきました。現在はベトナム在住2年目で、現地ではコーヒーの生産現場にも関わり、栽培から加工、味づくりまで一貫して学んでいます。毎日の暮らしの中で、安心して楽しめる食品を届けたいという思いから、生産背景や作り手の顔が見える商品を大切にしています。日本とベトナム、それぞれの食文化の魅力を活かしながら、日常にちょっとした豊かさを届けることを目指しています。

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