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経験頼みをやめて、アンザン酸性土の稲作が黒字へ変わった理由

メコンデルタの稲作は「経験でやるもの」と長く言われてきた。播種の時期、水の入れ方、肥料をまく量、そのどれもが親から子へ受け継がれた勘に支えられている。ところがアンザン省の酸性の強い一角で、その勘を土壌設計に置き換えた農家が、稲を枯らさず化学肥料と農薬を減らして黒字を出している。派手な増収ではなく、痩せ地でも作れる稲作という地味な前進が、日本向けの低農薬米を仕入れる側にとって見逃せない材料になる。

目次

起点となった一枚の田んぼ

ベトナムの農業メディアが伝えたのは、アンザン省タインミータイ社ロントゥアンで30年以上稲を作ってきたチャン・ヴァン・フオック氏の話だ。所有する14ヘクタール超のうち、2025年夏秋作で3.9ヘクタールを「ハインチン・サイン(緑の道のり)」と呼ばれる土づくりモデルに投じた。核心は作季の入り口にある。従来は近隣の販売店で手に入る汎用肥料を使っていたが、講習で技術指導を受け、播種の1〜2日前にビオ・カンシ(Bio-Canxi)という酸性土向けの資材を基肥として入れた。結果、これまで短く黒ずんでいた根が白く数多く、深くまで伸びたという。以降の追肥で化学肥料を10〜15%減らし、稲が健全なぶん農薬も抑えられた。

メコンの酸性土壌という前提

フオック氏の田があるのはトゥーザク・ロンスエン(ロンスエン四角地帯)と呼ばれる低湿地帯で、雨季の湛水期に土中の硫黄分が酸を生み、pHが下がって稲の根を傷める。いわゆる酸性硫酸塩土壌(現地でいう「フェン」)で、播種直後に苗が枯れて植え直しになるのが慢性的な悩みだった。ここで効くのは品種でも農薬でもなく、作季の最初に土のpHと毒性を整える一手である。経験頼みの施肥は「例年どおりの量」を基準にするため、酸性の強い年ほど外れやすい。土壌の状態から逆算して基肥を設計する発想は、痩せ地ほど差が出る。

この地帯は雨季と乾季で土の性質が大きく振れる。乾季に酸化した硫黄が雨季の湛水で再び溶け出し、田面のpHが年によって上下する。だからこそ「去年と同じ量」を前提にした施肥は、酸性が強く出た年に苗を失うリスクを抱え込む。逆に言えば、作季ごとに土の状態を測って基肥を調整できれば、条件の悪い年でも一定の収穫が読めるようになる。品種改良や農薬の追加投入では届かない部分を、土そのものの設計で埋めるという発想の順番が、この事例の肝にあたる。

経験頼みと土壌設計の違い

項目 従来(経験頼み) 土壌設計への転換
基肥のタイミング 例年の慣習に合わせる 播種1〜2日前に投入
使う資材 近隣販売店の汎用肥料 酸性土向けの専用資材
根の状態 短く黒ずむ 白く多く、深く伸びる
苗の枯死 酸性毒性で発生・植え直し 枯死が減り植え直し縮小
追肥の化学肥料 従来量 10〜15%削減
農薬 従来量 稲が健全で使用を抑制

数値は起点記事で確認できたものに限る。収量や利益の具体額までは示されていないため、ここでは踏み込まない。それでも「枯らさない・減らす」の二つが同時に立つ点に、この事例の価値がある。

現地の受け止め

フオック氏は「農家は自分の目で見て初めて信じる。だから自分が先にやって、みんなに効果を見せる」と語る。派手な宣伝ではなく、隣の田んぼの根を見せることが普及の入り口だという実感だ。同氏はまた、汎用肥料しか使ってこなかった自分が専用資材に手を出したのは、講習と技術指導で背中を押されたからだと明かしている。

この土づくりモデルは2025年夏秋作からメコンデルタとタイニン省で展開され、肥料メーカーのビンディエン社が資材を供給し、農学の専門家であるグエン・バオ・ヴェ氏らが助言に加わる形で進む。行政の普及事業と民間の資材、研究者の知見が一枚の田んぼで噛み合っているのが、従来の「勘だけ」の稲作との分かれ目になっている。

日本の低農薬米調達への示唆

日本側で米を仕入れる立場から見ると、注目すべきは収量の話ではなく再現性の話だ。低農薬・減化学肥料の米は、栽培記録が一貫していて初めて調達先として使える。作季の入り口で土壌を整え、以降の投入量を数値で管理する農家は、翌年も同じ手順を繰り返せる。勘に頼った圃場は年ごとに投入量がぶれ、残留や品質のばらつきを追いにくいのに対し、土壌設計型の圃場は「いつ・何を・どれだけ」が記録に残る。減農薬米を安定して買いたいバイヤーにとって、この記録可能性そのものが仕入れ判断の材料になる。

もう一点、痩せ地で作れる稲作は供給の裾野を広げる。優良な水田だけを奪い合うのではなく、酸性土のような不利な圃場を戦力化できれば、調達先の選択肢は増える。単価だけでなく、こうした栽培設計の有無を仕入れ基準に組み込む視点が要る。

コスト構造の面でも見どころがある。専用資材は汎用肥料より単価が高く、初期投入は増える。それでも植え直しの手間と種もみが減り、追肥の化学肥料が一割強削れ、農薬も抑えられる。この差し引きで採算が合うなら、農家は翌年も同じ設計を選ぶ動機を持つ。買い手から見れば、農家が続けたくなる経済性がある産地ほど、供給が途切れにくい。安く買い叩ける単発の圃場より、農家が黒字を出し続けられる圃場のほうが、結果として調達の安定につながるという逆説がここにある。

業界への波及

この動きは資材メーカーと産地の関係も変える。汎用肥料を量で売る商売から、圃場ごとの土壌に合わせた資材と指導をセットで提供する商売へと軸が移りつつある。買い手の日本企業にとっては、産地の背後にどんな技術支援の枠組みがあるかを見ることで、その米の再現性を推し量れる。逆に、指導も記録もない圃場からの一発ものは、価格が安くても継続調達には向かない。産地選びの目線が「畑の条件」から「畑を管理する仕組み」へと移る流れは、米に限らず野菜や果実の調達にも通じる。

実用情報

アンザン省を含むメコンデルタの酸性土壌米を検討する際は、まず作季初めの土づくり工程を確認したい。基肥の種類とタイミング、pH調整の有無、追肥や農薬をどれだけ減らしたかが記録されているかがひとつの判断軸になる。次に、その圃場が単発の実証か、複数作季続く枠組みの一部かを見る。ハインチン・サインのように行政・メーカー・研究者が関わるモデルは、翌年以降の継続性が読みやすい。サンプル米は残留や食味だけでなく、栽培履歴とセットで取り寄せると、量産に移した時のぶれを事前に見積もれる。小ロットでの試験輸入から始め、同じ農家・同じ設計で作季をまたいで品質が揃うかを確かめる進め方が現実的だ。加えて、現地で誰が技術指導に入っているかも押さえたい。資材メーカーや研究者、行政の普及員が関与する圃場は、担当者を通じて栽培工程を照会でき、記録の裏取りがしやすい。産地との窓口が農家個人だけでなく指導者にも開いていることは、継続調達の交渉でも効いてくる。

まとめ

アンザンの酸性土で起きたのは、増収の奇跡ではなく発想の転換だった。例年どおりの施肥をやめ、作季の入り口で土のpHと毒性を設計し、以降の投入を数値で減らす。この地味な手順こそが、日本向け低農薬米に必要な再現性を生む。痩せ地を戦力に変える稲作は、単価表だけでは見えない調達価値を持っている。産地を選ぶとき、畑の条件と同じくらい、畑を管理する仕組みを見ておきたい。

参照元

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この記事を書いた人

京都で食品ブランドを運営しながら、これまで乾燥野菜や野菜パウダーなど、素材の魅力を活かした商品づくりに携わってきました。現在はベトナム在住2年目で、現地ではコーヒーの生産現場にも関わり、栽培から加工、味づくりまで一貫して学んでいます。毎日の暮らしの中で、安心して楽しめる食品を届けたいという思いから、生産背景や作り手の顔が見える商品を大切にしています。日本とベトナム、それぞれの食文化の魅力を活かしながら、日常にちょっとした豊かさを届けることを目指しています。

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