1枚の水田から、有機米と高級珍味の両方が獲れる。ベトナム北部・紅河デルタのハイフォン市とフンイェン省で広がる「有機米×ゴカイ(rươi=ルオイ)」の複合栽培が、1ヘクタールあたり年5億〜6億ドン(約309万〜370万円、1円=約162VND・2026年7月時点の概算)の売上を生んでいる。日本の食品・農業バイヤーにとって注目すべきは金額そのものより、その稼ぎ方の設計だ。化学農薬や化学肥料が残る田んぼでは育たないゴカイを同じ水田で育てることで、「無農薬に近い水環境が保たれている」ことが収穫物そのものから見て取れる。産地の状態を、生き物が語ってくれる。
起点は56ヘクタールの実証プロジェクト
ベトナムの農業メディアDân Việtが報じたのは、ハイフォン市とフンイェン省で進む有機米とゴカイの複合栽培モデルの成果だ。プロジェクト全体の実証面積は56ヘクタール。参加農家の水田では、化学農薬・化学肥料を使わずに特産米を育てながら、同じ田んぼの土中でゴカイを養殖する。ハイフォン市チーミン地区(xã Chí Minh)のファム・スアン・サウ氏は、ほぼ1ヘクタールの水田で年間350百万ドン(約216万円)の利益を上げ、2回の収穫で600キロを超えるゴカイを得たという。従来の稲作単作と比べ、利益は2倍以上に伸びている。
ゴカイは「水質の審査員」でもある
ゴカイ(rươi)は紅河デルタの汽水域で獲れる多毛類の生き物で、ベトナム北部では秋を中心とした季節にしか出回らない珍味だ。卵とじにした「チャー・ルオイ(chả rươi)」はハノイの名物料理として知られ、産地はハイフォン、ハイズオン、フンイェン、タイビン、クアンニンなどに限られる。
このゴカイが、複合栽培の要になっている。ゴカイは水や土壌に化学物質が混じると生きられないほど敏感で、農薬・化学肥料を使った田んぼでは繁殖しない。裏を返せば、ゴカイが育つ水田は「化学物質が残っていない水環境が保たれている」ことの、目に見える指標になる。農家は塩性土壌の改良や水管理、生物製剤の活用でゴカイの生息環境を整え、その延長で有機米の栽培条件も整う。無農薬を続ける経済的な動機が、外からの認証ではなく田んぼの内側から生まれている。この点が、化学資材を減らすタイプの有機栽培とは違う。
数字で見る「1枚2品目」の収益構造
複合栽培の経済性は、米とゴカイの二本立てで初めて成立する。米だけを見ると収量は1ヘクタールあたり約5トンで、特別に多いわけではない。稼ぎの厚みは、単価の高いゴカイと、無農薬ゆえに高く売れる特産米の合わせ技から出ている。以下はプロジェクトの実証値で、米・ゴカイの収量は産地(ハイフォン/フンイェン)により差がある。
| 指標 | 実証値 | 円換算の目安(約) |
|---|---|---|
| 米の収量 | 4.99〜5.01トン/ha | — |
| ゴカイの収量 | 1,450〜1,500kg/ha | — |
| ゴカイ買取価格(産地・卸) | 20万〜22万ドン/kg | 約1,230〜1,360円/kg |
| 売上(複合) | 5億〜6億ドン/ha/年 | 約309万〜370万円 |
| 利益(複合) | 3.5億〜4.5億ドン/ha/年 | 約216万〜278万円 |
ゴカイの産地卸値が1kgあたり20万〜22万ドンなのに対し、都市部の小売では生ゴカイが1kg45万〜60万ドン(約2,780〜3,700円)で売られる例もある。産地と食卓のあいだの価格差が大きく、加工・流通に入り込む余地が残っている。米のほうも、通常米が1kg4.5万〜6万ドン(約280〜370円)、もち米や玄米になると6.5万〜7.5万ドン(約400〜460円)と、無農薬を売りにした特産米として一般米より高い値をつけている。
「減農薬」の一歩先を行くモデル
ベトナムの稲作では、化学資材を減らして高付加価値化を狙う動きが各地で進む。アンザン省では有機栽培で利益を積み増す取り組みが出ているし(化学肥料を減らして利益20万円、アンザン有機米が開く調達の窓)、クアンニン省では農家自身が病害虫を見極める減農薬米が対日輸出をにらむ(農家が作物の医者になる日、クアンニン減農薬米が拓く対日調達)。これらが「化学資材をどこまで減らせるか」を競うのに対し、ハイフォンの有機米×ゴカイは、減らすのではなく「使えばゴカイが死ぬから使わない」という後戻りのできない設計を選んだ。無農薬が努力目標ではなく、収益の前提条件になっている。
もう一点、内水面の生き物を田んぼに組み込む発想は、湖やダムを使わずに水産物を得る動きとも重なる(ゲアン省のダム湖で特産魚が丸々太る、内水面という調達の穴場)。既存の農地に第二の収穫物を足す発想は、限られた土地で単価を積み上げたい産地にとって現実的な選択肢になっている。
日本の調達にとっての意味
日本の食品バイヤーがこのモデルから読み取れる点は三つある。第一に、産地を絞り込む手がかりになりうる点だ。ゴカイが継続的に獲れている水田は、少なくとも化学資材を常用していない環境である可能性が高く、現地での予備選別の材料になる。書類監査を置き換えるものではないが、候補地を見極める最初のふるいとして使える。
第二に、特産米そのものの調達候補としての価値だ。無農薬・単価高めの紅河デルタ産米は、量を追う一般米とは別の棚を狙える。オーガニックや産地ストーリーを重視する日本の中食・小売にとって、背景を語れる米は差別化の素材になる。第三に、ゴカイという素材の可能性だ。日本では馴染みが薄いが、佃煮や加工珍味の原料として、産地卸値と小売値の差を取りにいく余地がある。生鮮での輸入は季節性と鮮度管理の壁が高いため、まずは冷凍・加工品からの検討が現実的だ。
市場への波及と残る課題
ハイフォン市では、市全体の稲作面積約15万ヘクタールのうち、すでに約1,700ヘクタールが有機米×ゴカイのモデルで耕作されているとされる。チーミン地区だけでも年間およそ480ヘクタールで約2,400トンの米を産み、あわせてゴカイなどの水産物も相当量が獲れる規模に育っており、点の実証から面の産地へと移りつつある。
一方で、ゴカイの供給は天候と季節に左右されやすく、年による豊凶の振れが大きい。買取価格も、輸出先の需要動向ひとつで産地卸値が下振れするもろさを抱える。日本側が関心を持つなら、単年の高値に飛びつくのではなく、複数シーズンの収量と価格の実績を見てから取引条件を詰めるのが安全だ。米とゴカイを別々の商材として評価し、どちらを主軸に置くかを産地と握っておくと、供給が振れても関係を保ちやすい。
モデル概要・調達メモ
| モデル名 | 有機米×ゴカイ(rươi)複合栽培 |
|---|---|
| 主な産地 | ハイフォン市、フンイェン省(紅河デルタ) |
| 代表事例 | チーミン地区 ファム・スアン・サウ氏:約1haで利益3.5億ドン(約216万円) |
| 実証規模 | プロジェクト全体56ha/ハイフォン市全体 約1,700ha |
| 米の小売価格 | 通常米4.5万〜6万ドン/kg(約280〜370円)、もち米・玄米6.5万〜7.5万ドン/kg(約400〜460円) |
| ゴカイ小売価格 | 生ゴカイ45万〜60万ドン/kg(約2,780〜3,700円・都市部の一例) |
| ゴカイの旬 | 秋を中心とした季節もの(供給は天候依存) |
| 調達の入口 | 特産米=生鮮/ゴカイ=冷凍・加工品からの検討が現実的 |
まとめ
ハイフォンの有機米×ゴカイは、無農薬を「守るべきルール」から「守らなければ稼げない前提」に変えた点で、既存の減農薬モデルと一線を画す。日本のバイヤーがまず動くなら、無農薬特産米を小ロットのサンプルで取り寄せ、食味と価格帯を自社の棚に照らして評価するところからだ。ゴカイは季節性が高いため、冷凍・加工品の商流を持つ現地パートナーを一社見つけ、次の収穫期の供給計画を先に押さえておくとよい。田んぼの生き物が水環境の状態を映すこの仕組みは、産地の信頼をどう見極めるかという日本側の調達課題に、ひとつの手がかりを与えてくれる。