ベトナム中部フエ市フーザー社の潟湖畔で、養殖池30面にバナメイエビ、ブラックタイガー、アイゴ、クロホシマンジュウダイ、カニの5種を同居させる農家が、年商150億ドン(1円=約162VND換算で約9,300万円、2026年7月時点)を上げている。地元紙Nông nghiệp và Môi trườngが2026年7月24日に報じた。単一種の集約養殖が病気ひとつで崩れるのを見てきた日本の調達担当には、この「混ぜる」設計が産地リスクの読み方を変える。ただし、彼が育てる魚は日本の売り場にほぼ存在しない。それでもこの一軒を追う値打ちを、数字から確かめていく。
池30面・年135トン、フエの潟湖に生まれた混養経営
チュオン・ゴック・ニャット氏(1974年生まれ)が親から受け継いだのは0.3ヘクタールの池だった。兵役から戻ったあとも病気と低収量が続き、一度は中部高原の畑作へ移っている。転機は2005年末、地元の農業普及センター(Trung tâm Khuyến nông)が持ち込んだ混養モデルに参加したことだと同紙は伝えている。バナメイエビとブラックタイガーに、アイゴ(cá dìa/学名Siganus guttatus)、クロホシマンジュウダイ(cá nâu)、カニを組み合わせる設計だ。
20年後の現在、池は30面ある。1面あたり2,500〜3,000平方メートルなので、単純に掛ければ7.5〜9ヘクタール。年2作で、アイゴ100トン、クロホシマンジュウダイ14トン、エビ14トン、カニ7トンの計135トンを揚げる。売上は150億ドン超、投資分を差し引いた利益は20〜30億ドン(約1,230万〜1,850万円)とされる。種苗と養殖資材の代理店も兼ねており、こちらの利益が年3億5,000万ドン超(約220万円)。常時雇用は15〜20人を数える。
単作が崩れた潟湖で、なぜ「混ぜる」が残ったのか
タムザン・カウハイはベトナム最大級の汽水潟湖で、フエの養殖はここに集中している。ニャット氏が親から継いだ0.3ヘクタールの池も、病気と低収量が続いて家計が立たなかったと起点記事は書く。単一種で回すかぎり、病気が出れば1面まるごと失う。
ただし混養が万能だという話ではない。水産専門誌Thủy sản Việt Namはむしろ逆の角度から書いている。アイゴは主に混養で扱われてきたために生産量が伸びず、専業的な養殖地も形成されてこなかった、というのが同誌の見立てだ。混養は収量を最大化する方式ではない。
それでもニャット氏の池が回っているのは、下振れを潰せるからだ。1種が落ちても残り4種が残るので、収入がゼロになる年をつくらずに済む。収量の天井は単作に及ばないが、外れ年の底が浅い。産地選定でいえば、平均値ではなく最悪値で並べたときに順位が上がる型である。
検証できた数字と、突き合わせて割れた数字
産地評価で厄介なのはここからだ。同じ農家でも、報じる媒体で数字が食い違う。2024年11月のDân Việt紙と2026年7月の起点記事を並べると輪郭がずれる。
| 項目 | Dân Việt(2024年11月) | Nông nghiệp và Môi trường(2026年7月) |
|---|---|---|
| 池数・面積 | 26面/9ha(1面3,000〜5,000平方メートル) | 30面(1面2,500〜3,000平方メートル) |
| 主要魚種 | エビ・カニ・アイゴ・ボラ(cá đối) | バナメイ・ブラックタイガー・アイゴ・クロホシマンジュウダイ・カニ |
| 年間生産 | アイゴ54t/ボラ30t/エビ15t/カニは年間放養10万匹(生産量の記載なし) | アイゴ100t/クロホシマンジュウダイ14t/エビ14t/カニ7t |
| 売上 | 養殖110億ドン+資材事業120億ドン=計230億ドン | 養殖150億ドン超(代理店事業は売上非公表、利益3億5,000万ドン超のみ) |
| 純利益 | 約23億5,000万ドン | 20〜30億ドン |
| 雇用 | 常時15人・季節40人 | 常時15〜20人 |
総額が食い違うのは、2024年版が資材事業の売上120億ドンを合算しているのに対し、2026年版は資材事業について利益3億5,000万ドン超しか出していないためだ。同じ「代理店」でも、売上を書くか利益を書くかで桁が変わる。魚種の入れ替わり(ボラかクロホシマンジュウダイか)も2年あれば起こる。ただしアイゴが54トンから100トンへほぼ倍増した点は、どちらかが概算である可能性を残している。日本側が安心して使えるのは両紙に共通する骨格だけだ。池は26〜30面、常時雇用15人前後、延べ200戸近くへの資材供給。ここから外れた数字を提案書へ書き写すと、現地監査で足をすくわれる。
共通部分だけで割り戻しても経営の姿は見える。150億ドンを135トンで割ると平均単価は1キロあたり約11万1,000ドン(約690円)。面積で割れば1ヘクタールあたり約1,030万〜1,230万円の売上になる。
行政・産地ブランド・輸出統計、三方向からの評価
一つ目は行政側の評価だ。ベトナム農民会中央委員会は2024年、ニャット氏を「ベトナム優秀農民(Nông dân Việt Nam xuất sắc)」に選出している。個人表彰の形だが、地元が推す混養モデルの到達点として掲げられた色が濃い。
二つ目は産地ブランドの側。トゥアティエン・フエ省(当時)は主力のアイゴについて、集団商標「Cá dìa Tam Giang – Huế – Đặc sản đầm phá」の出願を進め、2024年6月に国家知的財産庁が出願を受理して工業所有権公報に掲載した。登録証の交付は2025年3月の予定と事業報告には書かれている。出願受理と登録は別物なので、提案書に書くなら段階まで含めて書きたい。普及センターは種苗生産技術も詰めており、6,000平方メートルの育苗池に1平方メートルあたり20尾を放して生残率50.75%、5〜7センチの稚魚を得た実証を公表している。商品魚は1平方メートルあたり3尾で平均209グラム、生残率60.5%、1ヘクタールあたり3.79トンだ。天然稚魚頼みから抜ける道筋が立ち始めた段階だ。
三つ目は輸出統計が示す温度差。VASEP(ベトナム水産輸出加工協会)によれば、2026年上半期の水産輸出は約58億ドルで前年同期比12.8%増。市場別では中国・香港が15億ドルの37.9%増と伸びる一方、日本は7億8,750万ドルの0.7%増にとどまった。中国が最大の買い手へ回った構図はすでに動いており(米国を抜いた中国が越水産の最大市場に、日本の調達は3位でどう動く)、フエの潟湖産も例外にはならない。
日本の調達が買うべきは魚ではなく「束ねる機能」
正直に書けば、ニャット氏の池で獲れる魚を日本へ持ち込む筋はほとんどない。アイゴとクロホシマンジュウダイは日本の売り場に定位置がなく、年間100トン台では商社のコンテナ計画にも乗りにくい。生鮮で運べる距離でもない。
見るべきは別のところにある。彼は毎年、延べ200戸近くに対し、1戸あたり5,000万〜1億ドン(約31万〜62万円)相当の資材と種苗を後払いで供給している。単純に掛け合わせれば100億〜200億ドン(約6,200万〜1億2,300万円)。自身の年間利益(20〜30億ドン)の3〜10倍にあたる与信を、収穫後の精算という形で回している計算になる。ベトナムの産地で日本のバイヤーが最も手に入れにくいのは、魚でも価格でもなく、この200戸を1つの仕様に揃えられる人だ。
種苗と餌の供給元を握る人物は、放養日、密度、餌の銘柄、収穫サイズを事実上決められる立場にある。トレーサビリティも薬剤使用の記録も、この一点さえ押さえれば集まる。カインホア省のカムランでも、同種の農民クラブが集荷の核として機能してきた(養殖×観光で年収10億VND、カムランの億万農家クラブが示す稼ぎ方)。ニャット氏がフーヴァン郡の生産経営農民クラブ副会長を務めていたのも同じ役どころだ。日本側が組むべき相手は、輸出実績を持つ加工場よりも、その上流でロットを組んでいる個人であることが少なくない。
裏返せば、リスクも一点に集中する。与信の担い手が一人の産地は、その一人が倒れた年に集荷が止まる。商談では年商よりも先に、後払い債権の回収実績と、彼が抜けたときの代わりを聞いておきたい。
混養が突きつける認証と加工の宿題
混養には調達上の弱点もある。1つの池に5種がいる状態は、魚種ごとに組み立てられてきた養殖認証と噛み合わない。ASC(水産養殖管理協議会)は12あった魚種別基準を1本のASC Farm Standardへ統合中で、全面改訂版v1.1を2026年11月1日に公開し、2028年5月1日以降に始まる審査からは魚種別基準を無効化する予定を示している。この移行期間に、複数種を同一池で扱う小規模養殖がどう位置づけられるかが、フエのような産地の輸出可能性を直に左右する。海面養殖では国家規格づくりが先行しており(ベトナムが海面養殖に初の国家規格、保険と融資の壁を崩す一手)、潟湖の混養がその流れへ合流できるかが分かれ目になる。
もう一つの宿題は加工の不在だ。VASEPの上半期統計で伸びたのはカニ・甲殻類(2億620万ドル、26.2%増)とイカ・タコ(3億8,020万ドル、18.8%増)で、いずれも冷凍や調理で価値を足せる品目である。フエの混養が出す7トンのカニが活のまま国境を越えれば、産地には加工の技術も設備も残らない。潟湖の5種のうち日本の需要と噛み合う余地があるのはカニ、そして調味エキスや飼料原料へ振り向ける小型魚のほうだ。
フエ産地に当たる前に押さえておく実用情報
| 項目 | 現時点で確認できること | 確認先・方法 |
|---|---|---|
| 産地 | フエ市フーザー社(旧フーヴァン郡)、タムザン・カウハイ潟湖の沿岸 | 起点報道/Dân Việt |
| 主要魚種 | アイゴ(Siganus guttatus)、クロホシマンジュウダイ、カニ、バナメイ、ブラックタイガー | 起点報道 |
| 出荷サイクル | 年2作 | 起点報道 |
| 産地ブランド | 集団商標「Cá dìa Tam Giang – Huế – Đặc sản đầm phá」(2024年6月に出願受理・公報掲載、登録証交付は2025年3月予定) | 省のブランド化事業報告 |
| 種苗の入手性 | 育苗の生残率50.75%、商品魚の生残率60.5%を実証済み | 普及センターの実証結果 |
| 技術・統計の窓口 | 農業普及センター(Trung tâm Khuyến nông) | 公表資料およびフエ市の農業部門 |
| 認証の照会先 | ASC Farm Standard v1.1(2026年11月1日公開/2028年5月1日以降の審査で必須) | ASC International および審査機関 |
| 対日輸出の実績 | この産地単位での実績は未確認 | 商談時に加工場経由で要確認 |
| 価格 | 日本側で使える建値なし | 加工場のFOB見積もりを個別取得 |
単価を空欄にしたのは意図的だ。潟湖産アイゴの店頭価格はベトナム国内でも振れ幅が大きく、卸値の公表資料も見当たらない。商談に入るなら加工場のFOB見積もりから取るのが早い。
まとめ:加工場より先に「資材屋」を探す
フエの混養から持ち帰れるのは魚そのものではなく、産地の組み立て方だ。5種を混ぜて外れ年をなくす設計、種苗と餌を握って200戸を同じ手順に乗せる集荷、行政が商標と種苗技術で支える構図。この3つが揃えば、輸出実績が空でも仕様を通せる産地になる。
次の一手は3つに絞れる。フエで扱いのある加工場を1社選び、カニとエビのFOB見積もりを取る。同じ席で、その加工場が誰から集荷しているかを聞き、資材と種苗を回している個人まで遡る。そのうえで、2028年5月のASC移行を見据え、混養池が審査でどう扱われるかを認証機関へ照会しておく。産地を買う前に、産地を束ねている人を特定する。この順番が結果的に早い。
参照元:Nông nghiệp và Môi trường/Dân Việt/VietnamPlus(VASEP統計)/Tạp chí Thủy sản Việt Nam/ASC International