ベトナム北部ハイフォン市ホップティエン社(xã Hợp Tiến、旧ハイズオン省ナムサック県)で、約15戸の農家がキンタイ川の生簀を使ってチョウザメを育てている。地元紙バオ・ハイフォンの記事をダン・ヴィエットが2026年7月27日に配信した報道によれば、種苗はラオカイ省サパから運び、最も向く時期は10月から翌年3月とされ、水中カメラで夜の生簀を覗く。標高も湧水もない平野部の川で、冷水魚が商品として回っている。日本の水産バイヤーと内水面養殖の事業者にとっては、「チョウザメ=キャビア=寒冷地」という前提が産地の側から外されはじめたという知らせになる。
15戸が作期をずらして回す、キンタイ川のチョウザメ
ホップティエン社は旧ナムフン・ナムタン・ホップティエンの3社が2025年7月に合併した行政区で、キンタイ川沿いに生簀養殖が集まっている。同紙が先行組として挙げるのはチャン・ヴァン・ドゥオン氏で、放養を決める前にラオカイまで出向いて技術を見てきた。3年以上の担い手としてはヴー・ドゥック・コン氏が挙がり、1期あたり3〜5個の生簀を回している。地元でチョウザメの順化が始まったのは2022年だ。
設計は季節に寄せてある。ハイフォンで飼うならもっとも向くのは10月から翌3月だとドゥオン氏は言う。この魚は夜にしか餌を食べず、沈む餌しか口にしない。異常は目の届かない時間帯に起きるため、農家は水中カメラを入れて生簀の中を確認する。種苗は1尾80,000〜90,000ドンで、従来魚種の稚魚より20〜30%高い。出荷は1尾2.5〜3キロが中心で、4〜6キロまで持っていく戸もある。1生簀あたりの収量はおよそ1年で1.8〜2トン、産地価格は1キロ200,000〜230,000ドン、利益は1生簀あたり8,000万〜1億ドンにのぼり、同じ川で育てる従来魚種より30〜35%多いと同紙は伝えている。
ただし冬だけの養殖ではない。同紙は、ホップティエン社の農家がいまや冬春作にとどまらず通年で育てられるようになったと書く。市場に合わせて作期を分散させ、500グラム級の種苗なら6か月、1キロ級なら3か月という二段構えで出荷月を調整している。最適期が冬にあることと、供給が冬に限られることは別の話だ。
その従来魚種とは、この川で長く作られてきた歯ごたえを強くしたコイ(cá chép giòn)とソウギョ(trắm giòn)だ。ブランドは安定しているが単価は伸びない。チョウザメは本業の脇に差し込まれた高単価の別枠にあたる。
2022年の順化から4年、平野の川が産地になった経路
ベトナムの冷水魚養殖はもともと北部山岳とタイグエン高原の産業だ。タップ・チー・トゥイサン・ベトナム(ベトナム水産誌)によれば、生産量は2007年の95トンから2010年に450トン、2015年に1,585トン、2020年に3,720トン、2023年には4,668トンを超えた。同誌はこれを「2007〜2023年の生産の伸びは年平均49.13%」と書く。ただしこの49.13%は原文どおりの引用で、上の生産量から複利で計算し直すと年28%前後にしかならない。年ごとの増減率を単純平均した値と読むのが自然で、複利成長率として事業計画に写せば見込みを大きく外す。冷水魚の養殖は21省に広がり、同誌はチョウザメの生産量でベトナムが世界の上位10か国に入るとしている。
中心はラオカイ省だ。ニャンザン紙(2026年5月14日)は、サパ、バットサット、バクハー、グーチーソン、トゥーレなどに1,197の養殖施設があり、2025年の生産量が950トン、2026年は第1四半期だけで374トン、通年1,170トンの見込みだと報じている。冷水魚(サーモンとチョウザメ)の種苗施設は8か所あるが、設計能力の年約647万尾に対して実生産は約300万尾にとどまる。ホップティエンの農家がサパから種苗を運ぶ背景には、この一極集中がある。高地側の産地像はクロンノー川のチョウザメ産地のように、湧水と急流に依存した設備投資型だ。
新しいのは、この魚を新設の施設ではなく既存の淡水生簀インフラに載せた点だ。ホップティエン社には81戸で約1,700個の生簀があり、ハイフォン市西部では600戸超・8,000個以上の生簀が年3万トンを生産していると農業環境紙は伝える。チョウザメを始めた15戸は、その81戸の2割に満たない。設備を増やしたのではなく、既存の枠の中身を入れ替えたと読むほうが実態に近い。
1生簀で49万〜62万円、産地価格は日本の想像より高い
数字を円に置き換える。2026年7月時点で1円=約162ドンとして換算した。
| 項目 | 現地の数値 | 円換算(1円=約162ドン) |
|---|---|---|
| 種苗価格 | 80,000〜90,000ドン/尾 | 約490〜560円 |
| 出荷サイズ | 2.5〜3kg/尾(4〜6kgの例あり) | — |
| 収量 | 1.8〜2トン/生簀(約1年) | — |
| 産地価格 | 200,000〜230,000ドン/kg | 約1,230〜1,420円 |
| 利益 | 8,000万〜1億ドン/生簀 | 約49万〜62万円 |
| 従来魚種との差 | +30〜35% | — |
| ラオカイ産の出荷価格(最大サイズ・2025年8月) | 約130,000ドン/kg | 約800円 |
| 中国産(正規輸入)の相場(同) | 約100,000ドン/kg | 約620円 |
目を引くのは価格の逆転だ。カフェエフが2025年8月22日に報じたところでは、正規輸入の中国産が約100,000ドン、ライチャウ産が約120,000ドン、ラオカイ産は最大サイズでも約130,000ドンまで下がり、かつての170,000〜240,000ドンから大きく崩れた。同じ時期にハイフォンの平野部の魚は200,000〜230,000ドンで売れている。高地の本場より三角州の新参のほうが高い。
説明としてもっとも自然なのは距離だ。ハノイとハイフォンという消費地の目と鼻の先で、活魚のまま出荷できる。逆にいえば、この上乗せ分は輸出には乗らない。
3割多く稼げる魚が、同時に中国産に押されている
コン氏が1期3〜5生簀にとどめているのは、投資額も手間も大きい魚だという認識の表れだ。同紙は同時に、中国産との競合で価格が下がったこと、大規模化するなら出口を確保する生産連携(liên kết)が要ることを、産地自身の課題として書く。作れば売れる段階は終わったという整理だ。
高地側はさらに厳しい。カフェエフの取材に対し、ラオカイ省農業環境局の担当部署の副責任者は、省内の養殖業者が種苗も飼料も自前化できず技術も古いため生産コストが重いと説明する。生産者の言い分は別で、グーチーソン社の養殖家は、出荷まで2年半から3年かけても1キロ130,000ドンでは利益が出ないと話す。同省の税関担当者は密輸の摘発事例はないと明言しており、相場を押し下げているのは非合法の流入ではなく免税の正規輸入だという構図が浮かぶ。2025年の年初から8月までに出た正規輸入の許可は4件・560トンだった。
従来型の側も余裕はない。同じ川に8,000を超える生簀が並ぶ密度で、同じ魚を増やしても単価は戻らない。そこへ単価の高い魚を1種足した15戸の判断は、勇み足というより資金繰りの計算に見える。
日本の養殖と調達が読み取るべき3点
キャビア前提では時間軸が合わない
宮崎県が国の研究機関からチョウザメを譲り受け、県水産試験場小林分場に持ち込んだのは昭和58年。ここから稚魚生産技術と県独自のキャビア製造技術を積み上げ、「宮崎産キャビア」の販売が始まったのは平成25年度の冬だ。30年かけて卵にたどり着いた設計になる。対してホップティエンの15戸は卵を採らない。2.5〜3キロの肉用魚として3〜6か月で回収する。同じ魚種でも投下資本の回転速度がまるで違う。ベトナムの数字を自社の採算表に写すときは、キャビア事業の指標と肉用事業の指標を混ぜないことだ。
既存の設備に高単価の魚を1種足すという発想
この事例のいちばんの発明は魚ではなく、設備の使い回しにある。新しい養殖場を建てず、既存の生簀・作業員・水域に単価の高い魚種を1つ足しただけだ。しかも種苗サイズを500グラム級と1キロ級で使い分け、需要のある月に出荷を寄せている。日本の内水面養殖にも、単価の低い品目で埋まったままの設備は多い。チョウザメを入れられるかは河川法や漁業権の話だが、「既存設備に単価の高い品目を1つ差し込み、種苗サイズで出荷月を調整する」という組み立ては、湖沼や貯水池を使う産地に移せる。ゲアン省のダム湖が内水面という調達の穴場になっている構図とも重なる。
産地としての実力は、まだ商談より観察の段階
調達の目で見れば、15戸・生簀数十個という規模は日本向けの定期供給に届かない。通年化したとはいえ数量はまだ小さい。今すぐコンテナを組む相手ではなく、2〜3年後にどこまで戸数が増え、出口の契約が付くかを見る対象だ。加えて種苗はラオカイ頼みで、同省の8施設は設計能力の半分にも届いていない。稚魚が産業の天井になる構図は稚魚を海に頼り続けるオオウナギ養殖と同じだ。日本側が組むなら、買い付けよりも種苗・飼料の側に入るほうが効く。
冷水魚という区分が溶けると、養殖地図はどう動くか
ベトナムの統計と政策は「冷水魚(cá nước lạnh)」を高地の産業として扱ってきた。21省という数字も山岳と高原が前提だ。平野の川で育てる方式が広がれば、産地証明や規格の設計は実態に追いつかなくなる。海面養殖では国家規格を保険・融資につなぐ動きが出ている(海面養殖に初の国家規格)のに対し、内水面の新方式はまだ制度の外側にある。
国内相場が中国産に押されるほど、生産者は国外に出口を探す。ただし活魚の優位は国境を越えた瞬間に消えるので、勝ち筋は加工品とキャビアの側だ。日本の商社が接点を持つなら、生鮮の肉ではなく燻製・フィレなどの一次加工品か、高地産のキャビアという順序になる。
商談前に確認しておく条件
| 確認項目 | 現時点で分かっていること |
|---|---|
| 産地 | ハイフォン市ホップティエン社(旧ハイズオン省ナムサック県)/キンタイ川 |
| 供給期間 | 最適期は10月〜翌3月。現在は作期を分散して通年で育てていると同紙は報じる |
| 規模 | チョウザメは約15戸。同社全体では81戸・約1,700生簀 |
| 種苗 | ラオカイ省サパ由来。省内の種苗施設8か所・実生産約300万尾/年 |
| 産地価格 | 200,000〜230,000ドン/kg(約1,230〜1,420円) |
| 規制 | チョウザメ目はワシントン条約の規制対象(附属書I/II)。輸入には輸出国政府の輸出許可書が必要で、輸入公表掲載品目は経済産業大臣の事前確認書を税関に提出 |
| キャビアの追加要件 | 根拠はワシントン条約決議12.7。養殖場・加工工場・再包装工場の登録と再使用不可ラベルが要件で、対象はチョウザメ目の「加工された未受精卵」。水産庁の登録制度は日本から輸出・再輸出する施設向けなので、輸入では相手国側の登録を確認する |
| 比較すべき産地 | ラオカイ(1,197施設・2026年見込1,170トン)、ラムドン、クロンノー川流域 |
| 主なリスク | 中国産の免税正規輸入による相場下落、生簀の過密、船舶航行との競合 |
ワシントン条約まわりは落としやすい。チョウザメ目は種を問わず対象で、養殖個体でも輸出国当局の許可書が要る。キャビアにはさらに決議12.7に基づく施設登録と再使用不可ラベルが重なる。水産庁が運用しているのは日本から輸出・再輸出する施設の登録制度なので、輸入で確かめるべきはベトナム側の登録の有無だ。
まとめ
ハイフォンの15戸が示したのは、チョウザメが高地の専売ではなくなったという事実と、それでも産地としてはまだ小さいという現実である。日本側の実利は、輸入の当てを探すことより、既存設備の品目構成を組み替える手つきを盗むことにある。
動くとすれば手順は三つ。自社の池や生簀の稼働カレンダーを引き、単価の低い品目で埋まっている枠を洗い出す。ベトナム産チョウザメを扱う商社へ、生鮮ではなく一次加工品とキャビアの供給余力を問い合わせ、その際に施設登録の有無を確認する。そしてラオカイの種苗事情を追う。実生産が設計能力の半分にとどまるかぎり、この産地の成長速度は種苗が決める。拡大を待つより、律速がどこにあるかを先に押さえたほうが商談は早い。
参照元:Dân Việt/Nhân Dân/Tạp chí Thủy sản Việt Nam/CafeF/Nông nghiệp và Môi trường/水産庁/ジェトロ/宮崎県