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日本産ぶどうは越に入れないのに、ハティンの丘でシャインマスカットが実った

ベトナム中部ハティン省の丘陵地で、日本生まれのブドウ「シャインマスカット」が2度目の収穫期に入った。手がけるのは1990年代生まれの農家グエン・テ・ホアン氏。栽培に踏み切った動機は、スーパーの棚に並んでいた日本のブドウを口にした記憶だけだったという。VietnamNetが2026年7月26日に伝えたこの2,000㎡の畑は、日本の青果調達にとって海外の美談では済まない話を含んでいる。日本産ぶどうはいまもベトナムへ商業輸出できないまま、日本品種の果実のほうが先に現地の丘へ根を下ろしつつあるからだ。

目次

2,000㎡の丘で起きたこと

畑があるのはハティン省マイホア社タインビン村。ホアン氏が開園したのは2024年4月末で、投じた資金は約2億VND(1円=約162VND換算で約123万円、2026年7月時点のレート)。雨よけハウスを張り、畝を高くして排水を確保し、生育段階ごとに潅水と施肥を調整する設計にした。栽培技術は南部ニントゥアン省のブドウ農園から学んでいる。ベトナムのブドウ産地といえばニントゥアンで、そこに蓄積された乾燥地向けの技術を、雨の多い中部丘陵に移した格好だ。

2025年半ばの初収穫は約100kg。今季は約200kgを見込む。出荷価格は1kgあたり20万VND(約1,230円)。作型は年2作で、3〜7月と9〜12月に収穫期が来る。同じ丘陵地でミカンやザボンを育てた場合と比べ、収入は3〜4倍になるとホアン氏は説明している。販路は予約を受けての直販に加え、来園者による摘み取りと撮影を組み合わせた形をとる。

日本産ぶどうは、そもそもベトナムに入れない

ここで前提を確認しておきたい。農林水産省が公表する輸出解禁要請の一覧(2026年7月10日現在)で、ベトナム向けのぶどうは2020年10月に要請を出したまま、解禁・条件変更の欄に到達していない。ジェトロの輸出ガイド(2025年7月調査時点)も、ベトナム向けに二国間条件が整った日本産果実として、りんご・日本なし・うんしゅうみかんを挙げるにとどまる。りんごは2015年9月、うんしゅうみかんは2021年10月にミカンバエ非発生地域産という条件付きで解禁された。検疫の条件は固定されたものではなく、日本側の規制変更に対してベトナムの産地が先回りして動く場面も出ている(日本の新規制7件に越産地が先手、夏の対日商戦へ準備を前倒し)。

つまり、ホアン氏がスーパーで食べた「日本のブドウ」が、貨物として正規輸入された日本産である可能性は制度上ほぼない。旅行者の携行品か、日本品種を栽培する第三国産か、そのいずれかと考えるのが自然になる。山梨県は2026年2月、ベトナム語のPR動画をベトナム在住のYouTuberと組んで公開し、ベトナムを重点市場に位置づけたとThanh Niên紙が報じた。解禁を待ちながら需要を育てる動きと、品種のほうが先に現地化していく動きが、同じ市場で同時に進んでいる。

数字で見ると、この畑はまだ「産地」ではない

項目 ハティンの事例 比較の参照点
栽培面積 約2,000㎡ 日本国内のシャインマスカット栽培面積は2,346ha(2021年産)
初期投資 約2億VND(約123万円)
収量 初収穫約100kg(2025年半ば)/今季見込み約200kg
出荷価格 20万VND/kg(約1,230円) 輸入品の現地小売は1房数十万〜100万VND超
作型 年2作(3〜7月/9〜12月)
収益性 同一丘陵地のミカン・ザボンの3〜4倍
海外の栽培規模 中国約73,700ha、韓国約6,067ha(いずれも2022年時点、農水省調べ)

年間200kg規模という数字は、日本の量販店1店舗の週販にも届かない。仕入れ先の候補として名簿に載せる段階ではない。それでも記録しておく価値があるのは、この畑が示しているのが数量ではなく品種の適応可能性だからだ。中部の丘陵地は雨季の集中豪雨と高温多湿という、日本の主要産地にはない条件を抱える。そこで着果し、2作目で収量が倍になったという事実は、産地形成の初期シグナルとして読める。

表の最後に置いた中国と韓国の面積は、参考値としてではなく警告として読んだほうがいい。海外で品種登録を済ませていなかったため、広がった栽培を止める法的な手立てが日本側になかった。

現地と日本側、それぞれの受け止め

マイホア社農民協会のチャン・マイン・フン会長は、今後も地域として広報と販路の橋渡しを続け、住民の来園も促していくとVietnamNetに述べている。行政の関心は収益額そのものより、使い道の乏しかった傾斜地に商品性のある作物が載った点にあると読める。

ホアン氏本人は面積の拡大と農業観光の併設を語っている。摘み取りと撮影を収益に組み込む発想は、裏を返せば2,000㎡の生果卸だけでは事業として立たないという判断でもある。小面積・高単価・体験型という組み立ては、ハティン省で一つの型になりつつあり、同省では韓国系メロン品種を500㎡規模のハウスで年3作回す農家も出ている(500㎡で年3作・利益2〜3億ドン、ハティン「韓国メロン」の稼ぎ方)。

日本側の立ち位置は逆向きだ。山梨県知事が2023年5月にベトナムの農業農村開発相へ直接要請するところまで進めながら、貨物としての解禁には至っていない。県はベトナムを売り先として見ているが、その市場では日本品種の現地栽培が別のルートで立ち上がっている。売る前提と、買われる前提が、まだ噛み合っていない。

2,000㎡の畑が、日本の調達計画に出した宿題

第一に、短期の仕入れ先としては成立しない。数量が2桁足りないうえ、選果・梱包・輸出検疫のいずれの体制も未整備だ。この産地に接触するなら、目的は「買う」ではなく「見る」に置いたほうがいい。年2作という作型は、日本の産地と収穫期が正面からぶつかりにくい配置になっており、その点だけは将来の補完関係を想像させる。

第二に、価格の意味を読み違えないことだ。20万VND/kgという出荷価格は、輸入シャインマスカットの現地小売が1房数十万〜100万VND超で並ぶ帯とは桁が違う。現地生産が量産段階に入れば、ベトナムの高級果実棚の価格構造は下から押される。日本産ぶどうの解禁を待つ側にとって、解禁が実現した時点の市場が今と同じ価格帯である保証はどこにもない。待つコストを価格前提に織り込んでおく必要がある。

第三に、品種と産地表示の管理という論点だ。日本の育成者権は、登録していない国には及ばない。シャインマスカットが中国・韓国で広がった経路を思えば、ベトナムで同じ道をたどるかどうかは、栽培がまだ数百kg規模のうちにしか観察できない。自社が扱う日本品種の現地登録状況を棚卸しするなら、時期としては早いほうが安く済む。

「日本品種の現地生産」が青果市場に広げる波紋

ベトナムの青果物輸入額は2024年に24.2億ドル、前年比23.7%増と初めて24億ドルを超えた。2026年1〜5月も約13億ドルで前年同期比31%増と伸びが続く。輸入果実が量販店の棚を占める流れは強まっており(越の店頭にチェリーと林檎が溢れた、輸入16億ドルが開く商機)、その一方で2025年の青果物輸出額は85億ドルと過去最高を更新した。輸入と輸出が同時に膨らむ市場では、高単価品種の国産化は輸入代替の圧力として働く。

この構図が日本側に投げかける含意は2方向ある。売る側にとっては、解禁を待つ間に価格の天井が下がるリスク。買う側にとっては、数年先に「ベトナム産シャインマスカット」という調達候補が現実の選択肢として現れる可能性。どちらの側から見ても、評価作業は数百kgの話であるうちに済ませておくほうが安い。産地が固まってから動くと、条件は先に入った買い手が決めた後になる。

産地確認と商談のための実務メモ

確認項目 内容
産地所在 ハティン省マイホア社タインビン村(ベトナム中部)
経営主体 グエン・テ・ホアン氏(1990年代生まれ)
面積・開園 約2,000㎡/2024年4月末開園
収穫期 3〜7月、9〜12月の年2作
現地出荷価格 20万VND/kg(約1,230円)
栽培設備 雨よけハウス、高畝による排水確保、生育段階別の潅水・施肥
現行の販路 予約による直販、摘み取り・撮影を含む来園型
地域窓口 マイホア社農民協会(会長:チャン・マイン・フン氏)
日本産ぶどうの対越輸出 未解禁。2020年10月に解禁要請、解禁欄は空欄のまま(農水省一覧、2026年7月10日現在)
解禁済みの日本産果実 りんご(2015年9月)、日本なし(2017年1月)、うんしゅうみかん(2021年10月、ミカンバエ非発生地域産に限る)
未解禁品目の手続き ベトナム栽培植物保護局への病害虫リスク分析(PRA)申請(通達36/2014/TT-BNNPTNT)

まとめ:数百kgのうちに見ておく

ハティンの2,000㎡は、調達表に載る産地ではない。載るとすれば数年先で、そのときには条件交渉の余地が今より狭くなっている。いま取れる手は限られているが、どれも安い。

  • この畑を仕入れ候補ではなく、湿潤な中部丘陵における品種適応の実証データとして記録する
  • 2027年の第1作(3〜7月)で収量がどこまで伸びるかを追う。100kg、200kgと来た次が産地化の分水嶺になる
  • 自社が扱う日本品種について、ベトナムでの品種登録の有無を確認する。未登録なら現地栽培が始まった後では止められない
  • ベトナムへ売る立場なら、ぶどうの検疫協議の進捗を農水省の解禁要請一覧で四半期ごとに確認し、解禁後の想定価格を現地生産が広がった後の水準に置き直す

スーパーの棚で食べた1房が丘を変えた、という話の面白さで終わらせると、その裏で進む品種の移動を見落とす。読むべきはブドウそのものではなく、日本の品種が制度より速く国境を越えているという事実のほうだ。

参照元:VietnamNetThanh Niên農林水産省 植物検疫における輸出解禁要請及び進捗状況ジェトロ 青果物の輸入規制・輸入手続き(ベトナム)日本農業新聞JAcom 農業協同組合新聞Báo Chính phủ

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この記事を書いた人

京都で食品ブランドを運営しながら、これまで乾燥野菜や野菜パウダーなど、素材の魅力を活かした商品づくりに携わってきました。現在はベトナム在住2年目で、現地ではコーヒーの生産現場にも関わり、栽培から加工、味づくりまで一貫して学んでいます。毎日の暮らしの中で、安心して楽しめる食品を届けたいという思いから、生産背景や作り手の顔が見える商品を大切にしています。日本とベトナム、それぞれの食文化の魅力を活かしながら、日常にちょっとした豊かさを届けることを目指しています。

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