ベトナム北中部タインホア省チュオンヴァン社で、稲の株元にオニテナガエビを放す輪作が動き出した。省の農業普及センターがほぼ3haの規模で組んだ有機志向のモデルで、農業環境紙 Nông nghiệp và Môi trường が7月24日に現地を報じている。設計として効いているのは、農薬の使い方が理念からではなく「撒けばエビが死ぬ」という飼育条件から逆算されている点だ。産地の減農薬表示をどこまで信用できるかで毎回悩む日本のバイヤーにとって、この構造は書類の外側から確かめられる手がかりになる。
1960年生まれの生産者が、30年かけて戻ってきた場所
報じられたのはチュオンヴァン社チュオンタイン集落のゴー・カック・タオ氏。VnEconomyは1960年生まれと記し、原紙は「70歳近い」と書いている。3ha超の水田のそばですくい網を持ち上げると、長い青いはさみを持つオニテナガエビが水中で跳ねる。機械製造を学んで建設分野で働いた後、1996年に帰郷したという経歴を経済紙 VnEconomy が伝えている。
タオ氏は1998年、南部から種苗を持ち帰り、この地域で最初にオニテナガエビを試した人物とされる。エビ自体は育ったものの、市場がこの水産物を知らず売り先が読めないという理由で当時は中断した。動き出したのは2024年初めで、自費で1,000尾を池に入れ、約18ヶ月かけて約750kgの商品エビを水揚げした。この結果を見た省の農業普及センターが、ほぼ3haの有機志向の稲+エビ輪作モデルを同社に置き、販路探しまで抱き合わせたのが現在の形になる。
タオ氏は原紙に対し「このエビは気難しいが、習性さえ分かればむしろ手がかからない」と語り、環境への適応がよく自然の餌を主に食べること、病気が少なく単価が高いこと、この方式なら田の環境も改善することを挙げている。
農薬を撒く手順まで、エビが決めている
この輪作の芯は、稲とエビが互いの生存条件を握り合っているところにある。稲は水面に日陰をつくって水温を抑え、エビは水田の虫を食べ、その糞が稲の側に回る。制約は逆向きにも働く。エビをまともに育てるには、稲作の側が農薬の使用を最小限まで絞り、生物系資材を優先し、有機に沿った生産工程に従う必要があると原紙は説明している。それでも防除が避けられない場合の手順まで決まっている。使えるのは登録のある薬剤に限られ、散布の前に田の水を抜いてエビを周囲の溝へ退避させ、薬剤が分解した数日後に水を戻す。完全な無農薬ではなく、撒ける薬剤と撒ける日が最初から絞り込まれている、というのが正確な姿だ。
この順序が調達側には効く。生産者に有機を選んだ動機を尋ねなくても、エビが毎作きちんと上がっているかを聞けば、薬剤の量と種類とタイミングにどれだけ縛りがかかっているかの見当がつくからだ。水田に棲むゴカイを薬剤の使い方の指標にしているハイフォンの有機米(農薬ゼロの証拠が水田で獲れる、ベトナム有機米×ゴカイの二毛作)と発想は近い。ただし、これは無農薬の証明ではない。残留基準の適合は検査で、有機の表示は認証で、それぞれ別に詰める必要が残る。
病気について、タオ氏は「これまでオニテナガエビが他の水産種のような大きな病気にかかるのを見たことがない」とも述べている。原紙が挙げる管理条件は、水のpHを7〜8.2に置くこと、圃場面積の15〜20%を周囲の溝に充てること、放苗を4〜5月に行うことなど。高密度のエビ池と比べれば、設備も薬剤も軽い運用になる。
750kgと3ha、出どころが違う二つの数字
| 項目 | 現地の数値 | 円換算(1円=約162VND) |
|---|---|---|
| 普及センターのモデル規模 | ほぼ3ha | — |
| 育成期間(商品サイズまで) | 約18ヶ月 | — |
| タオ氏の自己試験(1,000尾)の収穫量 | 約750kg | — |
| 大型(3〜5尾/kg)の単価 | 50万〜60万VND/kg | 約3,090〜3,700円/kg |
| それ以下のサイズの単価 | 30万〜40万VND/kg | 約1,850〜2,470円/kg |
| 収益の目安(種苗1万尾/採算ラインは生存率30%) | 1作あたり1億VND超 | 1作あたり約62万円超 |
| 土地利用価値 | 従来の生産比1.5〜3倍 | — |
原紙は収益の目安として、うまく管理できれば生存率30%程度で採算に乗るとし、続けて種苗を1万尾ほど放せば経費を差し引いても1作あたり1億VND(約62万円)超の利益が出ると書いている。注意がいるのは、この1万尾という前提と、報じられている750kgが別々の話だという点だ。生存率30%は採算ラインとして示された数字で、1億VND超という金額の内訳とは直接つながっていない。750kgはタオ氏が2024年に1,000尾で回した自己試験の結果で、普及センターがほぼ3haで組んだ現在のモデルには、まだ収穫実績が公表されていない。3haから年に何トン出るのかは空欄のまま残っている。
代わりに目安になるのが、同じタインホア省クアンチュン坊の運用だ。5,300m²に1万2,000尾を入れて年約800kg、5戸の組合で計約2万m²・年約3トンという数字が水産専門誌 Thủy sản Việt Nam に載っている。1haあたり年1.5トン前後という水準になる。密度を抑えた有機志向のチュオンヴァンがこれを上回るとは考えにくく、同じ稲+エビでも設計思想が割れている。
現地と業界の受け止め
生産者のタオ氏は、難しさよりも手離れの良さを強調している。気難しいが習性さえ分かれば楽だという言い方は、技術の再現性に手応えがあることの裏返しでもある。
タインホア省農業普及センターは、モデルの構築だけでなく製品の売り先探しまでを役割に含めたと原紙は説明している。1998年の試みが販路不在で止まった経緯を踏まえれば、この産地の詰まりが生産技術ではなく出口側にあることを、行政の側も認めている形になる。
同省クアンチュン坊で組合をまとめるチャン・スアン・ハイン氏の運用については、年間の利益が1億〜1億5,000万VND(約62万〜93万円)で、以前の魚+稲の年3,000万VND(約19万円)から4〜5倍になったと水産専門誌が伝えている。同誌が記すクアンチュン坊の実売価格は1kgあたり30万〜40万VNDで、原紙が示す小型サイズの価格帯と重なる。50万〜60万VND/kgという上限は3〜5尾/kgの大型に限った値で、産地全体の平均ではない。
日本の調達がこの産地から取り出せるもの
結論から書く。エビそのものを買いに行く産地ではない。密度を上げたクアンチュン坊でも5戸の組合で年約3トンという規模で、コンテナ単位の契約は組めない。価格も、大型で1kgあたり約3,090〜3,700円、それ以下でも約1,850〜2,470円(1円=約162VND、2026年7月時点)という現地相場で、冷凍原料として他産地と並べて比較できる水準にない。
取り出せるのは、そのエビが縛りをかけている圃場と米のほうだ。3haという面積は、エビの量としては小さくても、米としては商談の単位になる。しかもその米は、同じ田でエビを生かし続けなければならないという理由で、使える薬剤の幅が最初から狭い。認証の写しを読み込む前に、エビが毎作上がっているかを聞けば、圃場の運用がどちらを向いているかは掴める。一次スクリーニングにかかる時間が減るという意味で、これは調達実務に直結する。
もう一点、出口設計を先に固める順序を崩さないこと。タインホア省では、契約先が全量を引き取る前提で始まったティラピア養殖(整備工を辞めた34歳、タインホアで全量買取の契約ティラピア養殖へ)や、沿岸部で規模を作った3段式エビ養殖(元漁師が年商120億ドン、タインホア海岸で挑む3段式エビ養殖)が動いており、買い手を決めてから規模を決める型が省内に育ちつつある。稲+エビも同じ順序で組めば、1998年の中断を繰り返さずに済む。
商談の入り方としては、少量のエビをサンプルで押さえつつ、主契約は米で結ぶのが現実的になる。エビは飲食チェーンの季節メニューや百貨店催事で使える少量枠に回し、量が要る部分は米と加工原料で取る。産地の側にも、エビの単価が高いうちに米の販路が付くという利がある。
ベトナムのエビ全体の中でこのモデルが立つ位置
ベトナム全国のエビ養殖面積は75万haを超え、そのうち20万ha超がエビ+マングローブやエビ+稲といった有機・生態志向の方式だと VnEconomy が2025年11月に報じている。ただし主力はメコンデルタの汽水域で、種はブラックタイガーやバナメイに寄る。北中部の淡水でオニテナガエビを稲と組ませるチュオンヴァンは、この地図の外側に立っている。
日本側から見ると、この位置取りは調達先の分散に効く。水産庁の水産白書(令和6年度版、2024年の財務省貿易統計に基づく)は、日本が輸入するエビの主な相手国としてインド、ベトナム、インドネシアなどを挙げている。ベトナムは長く上位の供給国だが、中身は海水種に寄っている。淡水のオニテナガエビでベトナム産が日本の売り場に並ぶ場面はまだ少ない。ここに北中部の産地が加われば、単価は高くても供給元の顔ぶれとしては新しい札になる。
省の農業普及センターが技術と販路の両方を握っている点も、交渉相手を一本化できるという意味で日本側には扱いやすい。個々の農家を回って歩留まりを確かめる手間が省ける産地は、北部・北中部にまだ多くない。
商談前に押さえる実務情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 産地 | タインホア省チュオンヴァン社チュオンタイン集落 |
| モデル主体 | タインホア省農業普及センター(技術支援と販路探索を担当) |
| 生産者 | ゴー・カック・タオ氏(1960年生まれ・水田3ha超・養殖歴約30年) |
| 対象種 | オニテナガエビ(越語 tôm càng xanh) |
| 放苗時期 | 4〜5月 |
| 水質条件 | pH 7〜8.2 |
| 圃場条件 | 周囲の溝が圃場面積の15〜20% |
| 育成期間 | 約18ヶ月で商品サイズ |
| 上位サイズ | 3〜5尾/kg |
| 同省の参考事例 | クアンチュン坊の組合(5戸・計2万m²・年約3トン) |
| 換算レート | 1円=約162VND(2026年7月時点) |
なお原紙は、種苗1万尾という前提と1作あたり1億VND超という収益額をつなぐ内訳を示していない。3〜5尾/kgの単価から素直に逆算すると数字に開きが出るため、大型に育つ個体の比率は現地で確かめる必要がある。歩留まりとサイズ分布は、この産地で価格を詰める際の最初の論点になる。
まとめ
チュオンヴァンの稲+エビは、量で勝負する産地ではない。買うべきは、エビを生かすために薬剤の選択肢が狭まっている圃場と、その上に乗る米のほうだ。次の一手として、タインホア省農業普及センターにモデルの残り面積と2026年産の稲の品種・数量を照会するところから始めたい。エビは視察時の試食と少量枠で押さえ、価格の詰めはサイズ分布の実測が出てからでいい。商品サイズまで18ヶ月かかる魚種である以上、接点を作るのは早いほうが有利に働く。
参照元:Nông nghiệp và Môi trường/VnEconomy/Thủy sản Việt Nam/VnEconomy(エビ産業)/水産庁 水産白書