ベトナム中部のハティン省で、農業資材大手クエラム(Quế Lâm)グループが総額1兆2,760億ドン(1円=約162ドン換算で約78.8億円、2026年7月時点)を投じ、5つの工場を軸にした循環型農業の複合施設を建てる。2026年5月29日にハティン省人民委員会が投資方針を承認し、着工は同年8月下旬から9月上旬を見込む。ベトナムの農業専門紙Nông nghiệp và Môi trườngが7月23日に掲載した会長インタビューによれば、この複合体は生産拠点であると同時に農家の研修施設でもある。日本の調達担当にとっては、産地がひとつ増えたという話ではなく、投入資材から出荷まで一社が握る供給網が北中部に立ち上がる話として読む値打ちがある。
4F複合体の2号機がハティンへ
元記事はクエラムグループ会長グエン・ホン・ラム(Nguyễn Hồng Lam)氏を追った人物ルポで、新工場のプレスリリースではない。それでも投資の中身は具体的だ。4FはFarm(農場)、Food(食品)、Feed(飼料)、Fertilizer(肥料)の頭文字で、生産から加工、消費、副産物の再利用までを一つの敷地で閉じる設計を指す。同社は2020年半ば、旧トゥアティエン・フエ省にベトナム初の4F複合体を立ち上げており、ハティンはその2か所目にあたる。
目玉は5つの工場になる。植物栄養(肥料)が年15万トン、精米加工が年10万トン、微生物・薬草加工が年5万トン、動物栄養(飼料)が年5万トン、薬草由来の固形燃料炭が年1万トン。ラム氏は原文で「4Fは新しい世代の農家を育てる場でなければならない」と述べ、さらにこの複合体を生産機能に加えて「研究・実演・研修・技術移転の拠点」としてハティン省と北中部地域に位置づけると語っている。工場を建てるだけでなく、その使い方を教える施設を同居させるところが、ほかの農業投資と違う。
「炎の鍋、雨の袋」を選んだ理由
原文は素朴な疑問から始まる。より恵まれた自然条件と手厚い優遇策でクエラムを誘致していた省はほかにもあったのに、なぜ地元で「chảo lửa, túi mưa(炎の鍋、雨の袋)」と呼ばれる土地を選んだのか。猛暑と豪雨が交互に来る気候は、農業投資の立地としては不利に見える。
答えは土地ではなく関係の側にある。ハティン省紙Báo Hà Tĩnhによれば、同社は省内68/69の社・坊と協力協定を結び、有機で連携する水田は480ヘクタール超、有機バリューチェーンで飼う豚は6,600頭超、省内の直販店は13店に達している。資材の販売網と連携組織を先に作り、需要が固まってから工場を置く順番になっている。畑先で買い手がつく緑豆の例(高値で畑先完売のハティン緑豆、日本のもやし調達に効くか)が示すとおり、この省は小規模でも売り先の決まった作付けを積み上げてきた地域で、そこに製造能力を後付けする形になる。
5工場の能力と工期を並べる
ハティン省の電子情報ポータルが公表した1/500詳細計画によると、敷地は同省カムスエン(Cẩm Xuyên)社ティエンノ集落の466,991.8平方メートル、およそ47ヘクタール。建築面積は約102,679平方メートルで、計画面積の22%程度にとどまる。残りは調整池、果樹園、有機原料の集積場、廃水処理などに割り当てられる。総投資額1兆2,760億ドンの内訳は、投資家の自己資金1,910億ドン(約11.8億円)と調達資金1兆850億ドン(約67.0億円)。事業期間は用地引き渡しから50年と定められている。
| 施設 | 年産能力 | 建設時期(用地引き渡しからの月数) |
|---|---|---|
| 植物栄養(肥料)工場 | 150,000トン | 1〜15か月目 |
| 微生物・薬草加工工場 | 50,000トン | 1〜15か月目 |
| 動物栄養(飼料)工場 | 50,000トン | 1〜15か月目 |
| 精米加工工場 | 100,000トン | 16〜21か月目 |
| 薬草固形燃料炭工場 | 10,000トン | 16〜21か月目 |
| 栽培・畜産の農場および付帯設備 | 能力表示なし | 22〜30か月目 |
元農相2人と現・政治局員が語ったこと
原文で目を引くのは、投資の是非よりも人物評として並ぶ官側の言葉だ。元農業農村開発相のグエン・スアン・クオン(Nguyễn Xuân Cường)氏は4Fを「農民の大きな大学」に喩え、農業分野の人材育成の核になると評した。そのうえで「あの歳になって金に困ってもいないのに、なぜ心身をすり減らすのか」と冗談めかしつつ、「ラムさんに会えば誰もが袖をまくり、ネクタイを外して動き出す」とも述べている。
元農業農村開発相のレー・ミン・ホアン(Lê Minh Hoan)氏は、同社の有機・循環農業の哲学を「まっとうな人たちの農の道」と表現した。現在は政治局員でハノイ市党委書記を務めるチャン・ドゥック・タン(Trần Đức Thắng)氏は、農業環境相だった時期に同社を訪ね、実践が社会と農家への貢献を示していると述べ、専門部局にはこのモデルを国家目標プログラムの実施内容へ取り込む検討と、規模拡大への予算支援を指示したと原文は伝える。行政が旗を振るモデル案件という位置づけが、はっきり示されている。
日本の調達担当が今読むべきは3行だけ
第一に、この47ヘクタールで作られるもののうち、日本が直接買える候補は限られる。年産能力の合計36万トンのうち、植物栄養15万トンと動物栄養5万トンは域内で消費される投入資材だ。輸出商材になり得るのは精米10万トン、微生物・薬草加工5万トン、薬草固形燃料炭1万トンで、しかも精米は国内流通が主戦場になる。産地としてではなく、栽培仕様を握れる相手として見るほうが実態に近い。
第二に、時間軸を工期に合わせる必要がある。肥料・微生物・飼料の3工場が最初の15か月、精米工場と固形燃料炭工場が16〜21か月目、農場と付帯設備が22〜30か月目という順序まで公表されている。2026年秋に着工して30か月なら、栽培・畜産まで揃うのは2029年前半だ。今期に詰めるべきは購買契約ではなく、日本側の要求仕様を設計段階の書類に載せる作業になる。化学肥料を減らして利幅を作った有機米の事例(化学肥料を減らして利益20万円、アンザン有機米が開く調達の窓)と同じで、切り替えの合意は収穫の2年前に決まる。
第三に、トレーサビリティの単位が変わる。肥料と飼料と堆肥化を同じ事業者が持つ構造では、使用資材リストと栽培履歴が一本の書類系統に収まる。産地証明を農家単位で集める手間は減るが、裏返せば単一事業者への依存度が上がる。稲わらを焼かずに資材へ回す取り組みと方向は同じでも、規模と資本の桁が違う。監査するなら工場側を見れば足りる、という設計思想を前提に契約を組み立てておきたい。
飼料タンパクを内製する設計が市場に効く
計画図面で異彩を放つのが、年約400トンの乾燥蛹を生むアメリカミズアブ(ruồi lính đen)の飼育施設だ。畜産の規模は母豚500頭、種雄豚20頭、肉豚4,000頭、牛約1,000頭、採卵鶏45,000羽、肉用鶏40,000羽、アヒル20,000羽と計画されている。輸出量として見れば小さいが、副産物を昆虫に食わせ、その蛹を飼料に戻し、残渣を肥料工場へ送る循環を実演するには足りる規模だ。飼料原料の輸入依存を国内で削る話であり、飼料価格の変動に強い産地を作る試みでもある。
政策の追い風もある。首相決定885号(2020年6月23日)は有機農業の発展計画として、有機で生産する農地を2025年に農地全体の1.5〜2%、2030年に2.5〜3%へ広げる目標を置いた。金額面の目標もあり、有機の作物栽培・水産養殖は1haあたりの生産額を非有機比で2025年に1.3〜1.5倍、2030年に1.5〜1.8倍にするとしている。規模の位置づけについては、ハティン省の公表資料が投資家の言として「国内およびアジアで最大規模の4F複合体」と伝えるにとどまり、第三者が裏づけた記録は確認できない。それでも、政策目標と民間投資の向きが揃っている構図は読み取れる。
商談前に押さえる基礎データ
接触を検討するなら、公表済みの事実関係を先に押さえておきたい。以下は原文とハティン省ポータルの公表資料から拾った項目で、価格や取引条件は未公表のため含めていない。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事業名 | 4Fクエラム 有機循環・生態農業経済複合体 |
| 事業主体 | Công ty TNHH MTV Nông nghiệp Organic Quế Lâm Lam Hồng(クエラムグループ傘下) |
| 所在地 | ハティン省カムスエン社ティエンノ集落 |
| 敷地面積 | 466,991.8m²(約47ha)/うち建築面積 約102,679m² |
| 総投資額 | 1兆2,760億ドン(約78.8億円) |
| 資金内訳 | 自己資金1,910億ドン/調達資金1兆850億ドン |
| 投資方針承認 | 2026年5月29日(ハティン省人民委員会) |
| 着工予定 | 2026年8月下旬〜9月上旬 |
| 完工 | 用地引き渡しから30か月以内 |
| 事業期間 | 50年 |
| 農地区画 | 果樹園14.8ha超、高度育苗場5.1ha超、バナナ・牧草 約8.7ha |
| 植栽予定 | ブオイ(文旦)、紫スターアップル、赤肉ドラゴンフルーツほか |
| インフラ | 幹線道路幅15m、変電所2基、井戸6本、雨水と廃水を分離処理 |
| 先行拠点 | 旧トゥアティエン・フエ省の4F複合体(2020年稼働) |
まとめ:買い付けより先に仕様を置く
ハティンの4Fは、完成品を並べて待つ産地ではない。動くなら順番は三つある。まず2026年8月末から9月初めの着工に合わせ、旧フエで稼働中の4Fを見学し、資材から出荷までの帳票がどこで生まれるかを自分の目で確かめる。次に、精米工場が立ち上がる16〜21か月目までに、等級・水分・残留基準といった日本側の要求を設計段階の書類へ書き込ませる。最後に、単一事業者への依存を避けるため、同じ省で既に売り先を持つ小口の生産者(500㎡で年3作・利益2〜3億ドン、ハティン「韓国メロン」の稼ぎ方)も並行して評価しておく。窓口はハティン省人民委員会の投資部門と、クエラムグループの連携事業部門になる。着工前の数か月が、条件を書き込める唯一の時間帯だ。
参照元:Nông nghiệp và Môi trường/ハティン省電子情報ポータル/Báo Hà Tĩnh/ベトナム政府公文書(決定885/QĐ-TTg)