ベトナム北部フート省リエンチャウ社。紅河の河川敷に並ぶバナナは、房が重すぎて自立できず、木と木を紐で結んで支えられている。ここは2021年、パナマ病(バナナ萎黄病)の発生が集中し、園地の処分に踏み切る農家が相次いだ一帯だった。農業環境紙が2026年7月26日、そこに置かれた1haの実証区が研究課題の終了後も維持され、病徴がほぼ出ない状態にあると伝えた。日本のバナナ輸入は2025年に約106万トン、うちフィリピン産が788,410トンと約74%を占める(財務省貿易統計)。供給元を1国に寄せたくない調達担当にとって、ベトナム北部の産地が病害から立て直せるかどうかは、価格交渉より前に置かれる前提条件になる。
「縛らないと倒れる」房が戻った1haの実証区
植物保護研究所のレ・スアン・ヴィ博士によれば、2021年にヴィンフック省が同研究所へバナナ萎黄病の研究課題を発注し、当時のホンチャウ社(現・リエンチャウ社)はその発生が集中した地区のひとつだった。研究チームは国外の既往研究と自らの結果を突き合わせて技術の組み合わせを設計し、ダン・タム・ズン氏の圃場1haに実証区を置いている。
ズン氏が選ばれた理由は、記事にはっきり書かれている。先進的で、学ぶ意欲があり、指導された技術手順どおりに実行すると約束したからだ。実証の成績は、手順そのものの性能だけでなく、手順を守り切る経営者を選んだ結果でもある。研究課題は2023年に終了したが、圃場はその後も農家の自主運用で維持され、パナマ病はほとんど出ていない。
TR1とTR4、紅河流域の圃場で確認されていること
病原はフザリウム属菌 Fusarium oxysporum f.sp. cubense(Foc)で、ベトナムではTR1とTR4の2系統が確認されている。TR1は主にチュオイタイ(ABB系のバナナ)を、TR4はチュオイタイとチュオイティエウ(キャベンディッシュ系)の双方を侵す。胞子は土壌や罹病残渣の中で長く生き残り、根の傷口から侵入する。主な伝播経路は罹病苗と、農具・運搬車両・動物・人に付いた汚染土で、水と風は短期間の飛散にとどまる、と原記事は説明する。系統の同定は中国のSi-Jun Zheng氏らが2018年、ベトナムのチャン・ゴック・フン氏らが2020年に報告したとされる。
紅河流域での広がりは査読論文にも数字がある。Journal of Fungi誌2025年9月号のNguyenらの調査は、9省130地点を2022年11月から2023年1月にかけて回り(一部圃場は2023年10月に追加調査)、96地点で萎黄病を確認した。内訳はレース1/2のみが53地点、TR4のみが34地点、両方の検出が9地点で、TR4は合計43地点に及ぶ。同じ調査は、罹病が確認された圃場の71%が吸芽(子株)を植え付け材料に使い、組織培養苗は10%にとどまることも記録している。汚染された苗が最大の運び屋である以上、回復の手順が真っ先に苗を置き換えるのは筋が通る。無病苗を安定供給できるラボが国内にどれだけ育つかという論点とも重なる(台湾頼みの蘭苗を置き換える、ホーチミンのラボの年20万本)。
房1本180,000ドンから逆算する、この畑の売上規模
原記事に出てくる金額は多くない。ズン氏が2016年にバナナへ手を伸ばした動機として、1サオ(360平方メートル)に80株を植え、房1本が180,000〜200,000ドンで売れるのを見た、と書かれているだけだ。1円=162ドンで換算すると房1本およそ1,110〜1,230円になる。この単価は2016年時点の見聞であって、現在の取引価格は公表されていない。
密度は二通りの数字を突き合わせられる。実証区の2m×2.5mは1株あたり5平方メートルで2,000株/ha、この地域で見られる1サオ80株は換算2,222株/haとなり、両者はほぼ揃う。2,000株が1株1房を出すと仮定して2016年の単価を機械的に当てはめると、粗い売上の目安は3億6,000万〜4億ドン、日本円で約222万〜247万円/haになる。これは売上であって利益ではない。苗・石灰・有機物・微生物資材・人件費はいずれも原記事に金額の記載がなく、収支は組み立てられない。
| 項目 | 原記事の数値 | 換算・検算 |
|---|---|---|
| 房1本の販売価格(2016年時点の見聞) | 180,000〜200,000ドン | 約1,110〜1,230円(1円=162ドン) |
| 実証区の植栽密度 | 2m×2.5m=2,000株/ha | 1株あたり5平方メートル |
| 農家の慣行密度 | 1サオ360平方メートルに80株 | 換算2,222株/ha |
| 追肥(NPKラムタオ) | 1株100g・月1回、株元から20〜30cm | 2,000株なら200kg/ha・月 |
| 株の更新周期 | 3〜5年(本人談では3年) | 土質と病虫害次第 |
| 粗売上の理論値(2,000株×1房) | 3億6,000万〜4億ドン | 約222万〜247万円/費用・利益は非公表 |
比較材料として、ベトナム全体のバナナは2024年の栽培面積が16万1,000ha、輸出額が約3億8,000万ドル(1ドル=163円で約619億円)で、世界第9位の輸出国とされる。同じ資料は「1ha当たりの平均収入は約2,400ドル」と記すが、輸出額を面積で割ると約2,360ドルとほぼ一致する。この2,400ドルは農家の手取りではなく、輸出額を全栽培面積で割った値と読むのが自然で、国内向け出荷が面積の大半を占めることの裏返しでもある。
研究所は「中性〜アルカリ性」、農家は「pH4.5〜6」
手順書と現場の言い分は、土壌pHで食い違っている。研究所側の手順は、高くて排水のよい土地を選び、pHは中性からアルカリ性、6月から12月にかけて土を天日にさらし、乾燥期は頻繁に撹拌する、と定める。石灰は整地時か、植え穴に定植の3〜5日前。苗は組織培養の無病苗と、野菜果樹研究所が持つパナマ病抵抗性のチュオイティエウ苗を使い、定植の1〜2日前に、トリコデルマ属菌と放線菌ストレプトマイセスを含む微生物資材を、資材1kgを水20Lに溶いて灌注する。同じ資材は定植3か月後と6か月後にも施す。
一方のズン氏は、無病苗の使用に加えて、石灰とケイ酸資材でpHを保ち園地のpHを4.5〜6に維持することを自らの要点として挙げる。整地時は中性〜アルカリ側へ振り、生育期は酸性側で回す運用と読むこともできるが、原記事はこの差を説明していない。産地を訪ねるなら確認する価値のある一点だ。土壌の化学性を測って直す手順を組めるかどうかで同じ面積の収支が変わる例は、他の作物でも報告がある(経験頼みをやめて、アンザン酸性土の稲作が黒字へ変わった理由)。
ズン氏の栽培観は苗の扱いに濃く出る。「バナナは一度植えれば3年収穫でき、そこで植え直しになる。母株に房がつくまでは養分の競合を避けて子株をすべて切り、母株に房がついたら子株を1本だけ残す。残した月と同じ月に翌年の収穫が来る」。収穫後は母株を根元から1mほど残して切り、子株を養わせてから母株の塊茎を除く。「以前は収穫後に母株の茎を全部切っていたが、それだと子株は母株に寄りかかれず、育ちが細く遅くなった」。無病苗で始めた区画の中で吸芽を回す運用であり、外から苗を持ち込まない点に意味がある。
Journal of Fungi誌の調査チームは、チュオイタイやチュオインゴ(AA系)を混植体系に組み込み、部分的な抵抗性を持つFormosana(GCTCV-218)の導入と検証を進めるべきだと提言する。品種を一点に寄せない考え方で、チュオイタイとチュオイティエウを併せ持つリエンチャウ社の構成とも方向が合う。
国内向け産地コードしか持たない畑を、調達側はどう読むか
調達の観点で最初に効くのは、病害の話ではなく1行の事実だ。ズン氏の圃場が持つのは国内向けの産地コードだけで、輸出向けコードには触れられていない。安全生産の基準は自主的に当てているものの、この畑から日本へ直接バナナが出る前提は現時点で成立しない。実証区の価値は「今すぐ買える産地」ではなく、「病害で失われた面積を戻す手順が北部に実在する」という一点にある。
産地開発の候補として見るなら確認の順序がある。苗の出どころ(組織培養か吸芽か、吸芽なら親ブロックの履歴)、罹病株を掘り取ってから1年空ける待機を実際に守っているか、農具と車両の消毒がブロック間で切れていないか。ベトナムでは産地コードを農家単位まで細分化する動きが果物で先行しており(産地コードが「農家単位」まで降りた、ドンタップ果物の標準化)、粒度が細かくなるほど個別圃場の履歴は追いやすくなる。
市販されていない微生物資材という制約
この手順を他の農家がそのまま真似できるかというと、原記事はブレーキも一緒に書いている。トリコデルマと放線菌を含む微生物資材は植物保護研究所の生物的防除センターが開発したもので、試験段階の製品であり、登録も市場流通もされていないと明記されている。回復の中核部品が非流通である以上、1haの成功と面的な普及の間には距離が残る。
裏返せば、その距離が商機の置き場所になる。ユニファームなどが工程を標準化して1ha当たり2万ドル(約326万円)まで引き上げ、産業を40億ドル(約6,520億円)規模へ広げると掲げるのは、標準化の余白がそれだけ残っている意味になる。微生物資材の登録と量産、無病苗の供給、圃場衛生の教育は、いずれも日本側の資材メーカーや商社が関与できる領域だ。日本の輸入統計でベトナム産はまだ財務省貿易統計の「その他」(2025年で120,224.8トン)に埋もれる規模だが、日本経済新聞は2024年の輸入量が2019年比で約14倍になったと報じている。
リエンチャウ社の産地データと接触経路
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 産地 | フート省リエンチャウ社(旧ヴィンフック省ホンチャウ社)/紅河の河川敷 |
| 行政区の成立 | 2025年7月1日、ダイトゥ社・ホンチャウ社・リエンチャウ社が統合。ヴィンフック省・ホアビン省は新フート省へ |
| 実証区の規模 | 1ha(ダン・タム・ズン氏の圃場)。同氏の栽培面積は河川敷2ha |
| 品目と出荷時期 | チュオイタイ(ABB系)は3〜6月、チュオイティエウ(キャベンディッシュ系)は通年で出蕾処理 |
| 産地コード | 国内向けのみ。輸出向けコードの記載なし |
| 技術の出どころ | 植物保護研究所レ・スアン・ヴィ博士/抵抗性チュオイティエウ苗は野菜果樹研究所 |
| 微生物資材 | 植物保護研究所・生物的防除センター開発。トリコデルマ+ストレプトマイセス。試験段階で未登録・未流通 |
| 防除の骨格 | 石灰+有機物の土づくり、無病苗、定植前と3・6か月後の微生物資材、罹病株の即時掘り取りと遠隔焼却、跡地は1年休ませる |
まとめ
紅河の中州で起きたのは、劇的な新技術の投入ではない。無病苗、石灰と有機物、微生物資材、罹病株の即時掘り取りと1年の待機という地味な手順を、課題終了後も自前で続けただけだ。それでも、園地の処分が相次いだ場所に、房の重みで倒れる木が戻っている。
日本側が次に取れる動きは具体的だ。北部産地を評価するなら、収量や単価を聞く前に苗の出どころと罹病株の処分記録を出してもらう。輸出を前提にするなら、国内向けコードしか持たない圃場が輸出向けコードを取得するまでの工程と期間を、地元の植物防疫当局に照会する。資材側で関わるなら、未登録の試験資材が担う機能を登録済みの代替でどこまで置き換えられるかを持ち込む。ズン氏の圃場は、いま買う相手というより、北部産地の回復力を測る物差しとして使える。
参照元:Nong nghiep va Moi truong/Journal of Fungi 2025;11(9):653/中央果実協会 海外果樹農業情報 No.159-160/バナナ統計情報(財務省貿易統計)/日本経済新聞/Dan Viet