ベトナム中部高原ザライ省で、林業用の苗を年間2,100万本以上出荷する育苗事業者が、「ドイモイ40年の優秀ベトナム農民」に選ばれた。地元紙ダンヴィエットが2026年9月に報じたタイ・スアン・ビエン氏(1986年生)の事例で、約160人を雇う法人規模の経営だ。育てるのはアカシアやユーカリのハイブリッド苗。ベトナムは世界最大の木材チップ輸出国であり、日本はその主要な仕向け先の一つだ。パルプ原料となるチップの川上で何が起きているかは、日本の紙・素材調達にも遠くない話になる。育苗という最上流を、調達の視点で見ておきたい。
年2100万本を出す育苗事業者が優秀農民に
タイ・スアン・ビエン氏はザライ省で6万平方メートル超の用地を使い、林業用苗の育苗を営む。年間の出荷は2,100万本以上、活着率(植えた後に根づく割合)は95%以上と高い。育てるのはユーカリのハイブリッド(AH7、BV16、AH1、BV523)や白バーク系(U6、巨大3229)といった、成長が早く用材に向く改良系統だ。
ダンヴィエットによると、経営の伸びは急だ。売上は2023年の42億7,600万ドン(約2,520万円)から、2025年には219億6,200万ドン(約1.3億円)へ拡大。2025年の純利益は70億9,300万ドン(約4,180万円)、総資産は259億2,700万ドン(約1.53億円)に達したという。常勤の従業員は約160人にのぼる。苗はザライ省内にとどまらず、ゲアン、クアンビン、クアンチ、フーイエン、ドンナイ、バリア・ブンタウなど各地へ供給している。
なぜ育苗が林業供給網の起点になるのか
植林の質は、最初の苗でおおむね決まる。活着率が低ければ植え直しの手間とコストがかさみ、成長の遅い系統を選べば伐採までの年数が延びる。改良系統の苗を高い活着率で安定供給できる育苗事業者は、その先に続く植林・伐採・加工の効率を左右する。ビエン氏の95%以上という活着率と2,100万本という規模は、地域の植林サイクルを底で支える存在だということを示す。
成長の早いアカシアやユーカリは、5〜7年ほどで伐採できる短伐期の用材として植えられ、多くが木材チップやペレットに加工される。育苗はその最上流にあたる。苗の質と量が整うほど、植林の効率は上がりやすい。植林面積や伐採の回転は土地・価格・伐採規制・需要にも左右されるが、良質な苗の安定供給はその土台になる。
数字で見るビエン氏の育苗経営
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在 | ザライ省(中部高原) |
| 年間出荷 | 2,100万本以上 |
| 活着率 | 95%以上 |
| 主な系統 | ユーカリ改良(AH7/BV16 ほか)・白バーク系 |
| 用地面積 | 6万㎡超 |
| 売上(2023→2025) | 42.76億ドン → 219.62億ドン(約2,520万円→約1.3億円) |
| 純利益(2025) | 70.93億ドン(約4,180万円) |
| 従業員 | 約160人 |
この事例から見える論点
報じられた事実から、論点を三つ引き出せる。ひとつめは、育苗という地味な工程が高収益になり得るという点だ。派手な作物でなくても、質と規模を両立すれば土台の事業として成り立つ。売上が2年で約5倍に伸びた数字が、その伸びしろを示している。
ふたつめは雇用だ。約160人の常勤雇用は、中部高原の農村では大きな受け皿になる。みっつめは系統選抜と品質管理の重みである。成長が早く用材に向く改良系統を高い活着率で供給できるかどうかが、産地の競争力を左右する。育苗の質が上がることは、その先の植林と加工の質にも波及するとみられる。
日本の素材・調達担当への示唆
日本はベトナムから大量の木材チップを輸入しており、パルプ・製紙の重要な原料供給源になっている。育苗事業者は直接の取引相手ではないが、日本が買うチップやペレットの品質と量が、こうした川上の育苗と植林に支えられている点は押さえておきたい。改良系統の苗が高い活着率で広がることは、植林基盤を厚くする一因になる。植林面積そのものは土地や需要にも左右されるが、良質な苗の供給が続けば、チップ原料の見通しは立てやすくなる。
実務では、木材チップやバイオマスペレットを調達する際に、産地の植林基盤がどれだけ整っているかを見る視点が効く。合法木材(クリーンウッド法など)や持続可能性の観点でも、苗から植林・伐採までの履歴を追える産地は評価しやすい。育苗や植林の履歴を追える産地は、そうした要件にも応えやすい。関連して、アカシア一筋40年で全国の優秀農民に選ばれたフエの事例や、アカシアの林床でパイナップルを稼ぐクアンガイの多層栽培は、林業を軸にした産地づくりの広がりを示している。
市場への波及
育苗の高付加価値化は、種苗ビジネスそのものの見え方も変える。改良系統の苗を安定供給する事業は、農業のなかでも川上に位置し、価格変動の激しい作物と違って需要が読みやすい。川上への投資が産地の底力になるという流れは、食品分野でも共通する。種苗から加工まで一件最大50億ドンを補助するラオカイの薬用植物条例も、原料段階から価値を積むという同じ発想の上にある。
まとめ:原料の川上までさかのぼって確かめる
ザライの育苗事業が示すのは、供給網の最上流にこそ品質と安定の鍵があるという視点だ。日本で木材チップやペレット、あるいはベトナム産の一次原料を扱う担当者が次に取れるのは、産地の川上——育苗や植林の基盤——まで一段さかのぼって供給の底堅さを確かめることだ。加工品の価格表だけでなく、その原料がどこの苗から始まっているかを問う目が、持続可能な調達の精度を高める。