ベトナムから輸入した農産物が、現地を出た時点では新鮮だったのに、到着時に品質が落ちていた——そんな経験をお持ちの方は少なくないはずです。その背景には、ベトナム国内のコールドチェーン(低温流通体系)の未整備という構造的な問題があります。
この記事では、ベトナムの冷蔵インフラの現状、農産物の鮮度維持における具体的な課題、そして日系企業を含む物流プレイヤーの参入動向を詳しく解説します。
ベトナムのコールドチェーンの現状
ベトナムは東南アジア有数の農業大国です。米、野菜、果物、水産物など、多様な農産物を世界に輸出しています。しかしその一方で、国内の低温物流インフラは他の主要輸出国と比べて大きく遅れているのが現実です。
ベトナム農業農村開発省(MARD)の調査によると、収穫後の農産物ロス率は品目によって20〜35%に達します。特に果物・野菜類では損失が大きく、これは農家の収入に直接ダメージを与えています。
その主な原因が、コールドチェーンの途切れです。産地から消費地・輸出港までの間に、適切な温度管理が行われていない区間が生じやすい構造になっています。
ベトナムの冷蔵倉庫の総量
2024年時点でのベトナム国内の冷蔵倉庫の総容量は、約200万〜250万パレット相当と推計されています。これは、タイやインドネシアと比べると依然として少ない水準です。
また、その分布が偏っているという問題もあります。ホーチミン市周辺とハノイ近郊に集中しており、デルタ地帯や中部高原など農産物の産地には十分な施設が整っていません。
農産物の鮮度維持における具体的な課題
コールドチェーン不整備の影響は、収穫の瞬間から始まっています。課題を段階ごとに整理します。
収穫直後の予冷施設が不足
農産物の鮮度を保つには、収穫直後に品温を下げる「予冷」が重要です。しかしベトナムの農村部では、予冷施設を持つ生産者はごく一部です。
多くの場合、収穫した農産物は常温のトラックや二輪車で集積場まで運ばれます。この段階で品温が上昇し、鮮度の低下が始まってしまいます。
輸送中の温度管理
冷蔵トラック(リーファートラック)の普及率も低い水準にとどまっています。一般貨物トラックで農産物を運ぶケースが多く、長距離輸送での品質劣化が課題です。
ベトナムの道路事情も影響します。幹線道路の整備は進んでいますが、産地となる農村部から幹線道路に出るまでの「ラストマイル」の道路が未整備の地域も少なくありません。
小売段階での保冷管理
生鮮市場(ウェットマーケット)が流通の主力であるベトナムでは、小売段階での保冷管理も不十分です。路上や屋外の市場では常温で農産物が並べられることが一般的で、消費者に届くまでに鮮度がさらに低下します。
| 課題フェーズ | 主な問題 | 影響度 |
|---|---|---|
| 収穫直後 | 予冷施設の不足 | 高 |
| 産地〜集積場 | 常温輸送が主流 | 高 |
| 集積場〜港・卸 | 冷蔵倉庫の絶対数不足 | 中〜高 |
| 卸〜小売 | リーファートラック普及率の低さ | 中 |
| 小売段階 | 屋外市場での常温陳列 | 中 |
冷蔵倉庫不足の実態と背景
なぜここまで冷蔵倉庫が不足しているのでしょうか。その背景には、複数の構造的要因があります。
初期投資コストの高さ
冷蔵倉庫の建設・運営コストは、通常倉庫と比べて大幅に高くなります。電力コストが特に重くのしかかります。ベトナムでは近年、電力供給の不安定さも指摘されており、投資家にとってリスク要因となっています。
土地確保の難しさ
大型冷蔵倉庫の建設には、交通アクセスの良い広い土地が必要です。しかしホーチミン市周辺では地価が上昇しており、適地の確保が難しくなっています。産地に近い農村部では土地コストは低いものの、インフラ整備が追いつかない側面があります。
需要側の分散
ベトナムの農産物流通は、多数の小規模農家と仲買人によって支えられています。まとまった量の農産物を安定的に供給できる組織化されたプレイヤーが少ないため、冷蔵倉庫の利用需要が分散しやすく、運営事業者が安定収益を見込みにくいという事情もあります。
日系物流企業の参入動向
コールドチェーンのビジネスチャンスに着目し、日系企業がベトナム市場への参入を進めています。
主な参入事例
ヤマトホールディングスは、ベトナムで小口冷蔵配送サービスを展開しています。日本で培った精密物流のノウハウを活かし、都市部向けの生鮮デリバリー市場を開拓しています。
住友商事・住友倉庫グループは、ホーチミン近郊での冷蔵倉庫施設への投資・運営に関わっています。日系食品メーカーや小売業者の現地展開を物流面から支援する形です。
近鉄エクスプレスなどの総合フォワーダーも、ベトナム発の生鮮品輸出向け航空・海上の温度管理輸送サービスを強化しています。
日系企業が選ばれる理由
| 強み | 内容 |
|---|---|
| 品質管理の高さ | 日本水準の温度管理・衛生管理 |
| トレーサビリティ | 温度ログの記録・提供が可能 |
| 信頼性 | 輸出先バイヤーからの信頼獲得につながる |
| ノウハウ共有 | 現地スタッフへの教育・技術移転 |
ベトナム産農産物を日本や欧米に輸出する際、輸入側のバイヤーが求める温度管理基準(HACCP等)への対応力が評価されています。
ローカル企業との競争
一方で、AH Cargo(ベトナム系)やSATRAなどのローカル大手も冷蔵物流への投資を増やしています。価格競争力ではローカル企業が優位な場面もあるため、日系企業は品質・信頼性での差別化戦略が重要です。
ベトナム政府の政策と整備計画
ベトナム政府もコールドチェーン整備を重点課題として位置づけています。
2021年に策定された「農業生産・流通近代化プログラム」では、2030年までに主要産地での予冷・貯蔵施設を3倍以上に拡充する目標が掲げられました。外資誘致のための優遇税制や土地使用許可の簡素化も進んでいます。
また、日越経済連携協定(VJEPA)の枠組みの中で、農産物流通インフラへの日本のODA支援や技術協力も継続されています。ただし、目標達成には資金調達と人材育成の両面で課題が残ります。
今後の展望と日本企業への示唆
ベトナムのコールドチェーン市場は、今後5〜10年で急速に成長すると見込まれます。都市部の中間層拡大とともに、品質・安全性への消費者ニーズが高まっているからです。EC(電子商取引)の普及も、冷蔵デリバリーへの需要を後押ししています。
ベトナム産農産物の輸入・調達に関わる日本の食品メーカーや小売業者にとっては、信頼できる現地パートナーの確保が課題解決の鍵になります。物流プロバイダーの選定において、コールドチェーン対応能力を重要な評価軸に加えることが求められます。
一方、物流・倉庫事業への新規参入を検討する企業には、産地周辺の小規模冷蔵施設や、EC対応の都市型冷蔵デリバリーなど、ニッチなセグメントでの参入機会があります。
まとめ
ベトナムのコールドチェーンは、農業大国としての潜在力に対して整備が追いついていない状況です。収穫後ロスの20〜35%、冷蔵倉庫の産地偏在、リーファートラックの普及不足——これらは農家の収益と輸出品質の両方に影響しています。
一方で、ベトナム政府の整備計画推進、日系企業を含む外資の参入、EC市場の拡大によって、コールドチェーン環境は確実に改善に向かっています。
ベトナム農業・食品ビジネスに関わる方にとって、この変化のスピードと方向性を把握しておくことは、調達・投資戦略を考えるうえで不可欠です。
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