ベトナム農業・農村開発省が発表したデータによると、2026年1月から3月15日までのコメ輸出量は約174万トン・8億2620万ドルに達した。数量ベースでは前年同期比2.3%増と堅調を維持しているものの、金額ベースでは8.7%減少し、平均輸出価格は477.6ドル/トンと前年比10.7%の大幅な下落となった。数量が増えているにもかかわらず収入が減るという、ベトナムコメ輸出が直面する構造的な課題が改めて浮き彫りになっている。
2023年〜2024年にかけて、ベトナムはインドのコメ輸出禁止措置の恩恵を受けて輸出価格が急騰し、市場での存在感を大きく高めた。しかし2025年後半からインドが輸出規制を緩和したことで国際コメ市場の供給圧力が高まり、価格の下押し圧力が継続している。2026年第1四半期の数字はその余波を正面から受けた形だ。
主要輸入国の動向——フィリピン・中国・ガーナ
2026年第1四半期の主要輸入国はフィリピンがトップを維持しており、次いで中国、ガーナが続いている。フィリピンはベトナムにとって長年の最大顧客であり、地理的近接性と品質面での信頼から安定した需要が続いている。
中国向け輸出は年によって大きく変動する傾向があるが、2026年第1四半期は一定の輸入需要を示した。中国は自国生産量の動向や備蓄状況に応じて輸入量を大きく調整するため、ベトナムにとって安定した市場とは言いにくい側面もある。
ガーナを含むアフリカ市場はベトナムにとって近年注目度が高まっている地域だ。アフリカ全体でのコメ消費量は増加傾向にあり、ベトナムは輸出先多様化の文脈でアフリカ諸国との関係強化を図っている。ただし、後述する輸送コスト問題がアフリカ向け輸出の採算性に影響を与えている点は無視できない。
中東情勢による輸送コスト増加——二重の打撃
価格下落に加え、ベトナムのコメ輸出業者を苦しめているのが輸送コストの上昇だ。中東情勢の不安定化により、スエズ運河を通過する海上輸送ルートに対するリスクが高まり、輸送保険料が大幅に上昇している。さらに、紅海周辺の安全保障上の問題から多くの船会社がルートを変更しており、これにより輸送日数が10〜15日延長するケースが発生している。
輸送の遅延は単純な日数の問題にとどまらない。契約上の納期遵守が難しくなること、輸送中の品質管理コストが上がること、資金回収が遅れることなど、輸出業者のキャッシュフローと信頼性に直接的な影響を与える。
また陸上輸送コストも上昇しており、1トンあたり20,000〜30,000ベトナムドン(約100〜150円相当)の増加が報告されている。コメは薄利多売のビジネスであり、こうしたコスト増加は利益率を直撃する。数量は増えても手元に残る収益が減るという状況が続いており、業者の経営環境は厳しさを増している。
2026年の輸出目標と現実のギャップ
ベトナム政府が掲げる2026年のコメ輸出目標は約700万トンだ。第1四半期(1〜3月15日)の実績が174万トンであることを踏まえると、ペース的には年間目標の達成が視野に入る。数量面では問題がないように見えるが、課題は「いくらで売れるか」にある。
現在の平均輸出価格477.6ドル/トンが続くと仮定した場合、700万トン輸出しても金額は約33.4億ドルにとどまる。これは2024年の輸出金額(5.31億ドル超・約800万トン)と比較しても、価格水準の落ち込みが大きいことを意味する。政府としては数量目標だけでなく、付加価値向上と価格回復を同時に追求する必要があるが、国際市場の供給過剰感が続く中でその実現は容易ではない。
市場多様化が急務——新興市場への展開
こうした状況を受け、ベトナム農業省や輸出業者団体は新市場の開拓を最重要課題に位置づけている。現在の輸出先はアジア(フィリピン・中国・インドネシア等)への依存度が高く、需要変動リスクが集中している。
新たな重点市場として挙げられているのは以下の地域だ。
- アフリカ全域: 人口増加と都市化に伴いコメ消費が増加中。エチオピア、ナイジェリア、コートジボワールなどへの輸出拡大が期待されている。輸送距離の問題はあるが、競合が少ない分、価格交渉力を保ちやすい。
- 中東・湾岸諸国: コメを主食とする人口が多く、安定した需要がある。ただし輸送リスクの問題は引き続き課題となる。
- ヨーロッパ: プレミアム品種(特に有機コメや地理的表示認証コメ)への需要がある。付加価値型輸出に適した市場だ。
- 中南米: ブラジル、メキシコを中心に日系・ベトナム系コミュニティ向けの需要があるほか、一般市場でのアジア食文化への関心も高まっている。
市場多様化には時間と投資が必要だ。新市場での認知獲得、バイヤーとの関係構築、品質基準の適合など、越えるべきハードルは多い。しかし特定市場への依存度を下げることなしに、価格変動リスクへの耐性を高めることは難しい。
品種戦略——付加価値コメへのシフト
価格競争から脱却するためのもう一つのアプローチが、高付加価値品種へのシフトだ。ベトナムは近年、ST25(世界最高のコメとして複数回受賞)をはじめとする高品質品種の輸出に力を入れている。
高付加価値コメの輸出価格は通常品種の1.5〜2倍以上になることも多く、数量が同じでも収入を大幅に増やすことができる。日本・韓国・欧州などの市場ではベトナム産高品質コメへの関心が高まっており、「安くて量が多い」から「品質と安全性で選ばれる」へという輸出戦略の転換は、中長期的な競争力強化につながる。
また、2026年第1四半期のベトナム野菜・果物輸出が急増している動向と合わせて見ると、ベトナム農産物全体として「量から質へ」の転換が官民両面で推進されていることが読み取れる。コメも同様の方向性で戦略を組み立てることが求められている。
日系企業・バイヤーへの示唆
ベトナムコメの輸出価格下落と市場多様化の動きは、日系の食品輸入企業・商社・小売業者にとってもいくつかの示唆を提供している。
まず、ベトナム産コメの調達コストは現在相対的に低い水準にある。特に高品質品種(ST25等)を安定的に調達できる機会として、今の時期はバイヤーにとって有利な交渉環境でもある。ただし輸送コストの上昇と遅延リスクは織り込んで試算する必要がある。
また、ベトナムが新市場開拓を急ぐ文脈において、日本市場は「プレミアムコメの販売先」として相対的に魅力的な位置づけにある。ベトナム農業省や輸出振興機関は日本向け輸出に強い関心を持っており、輸入側からパートナーシップを働きかけるタイミングとしても適切だ。
まとめ——数量では語れないベトナムコメの現実
2026年第1四半期のベトナムコメ輸出は、数量の伸びとは裏腹に価格の大幅な低下という厳しい現実に直面している。174万トン・8億2620万ドルという数字は、金額面では前年を大きく下回り、輸出業者の収益環境は悪化している。
中東情勢による輸送コスト増加と配達遅延、国際市場での供給過剰感、主要市場への依存という三重の課題を抱える中で、ベトナムが取り得る戦略は明確だ——市場の多様化と品種の高付加価値化である。年間700万トンという輸出目標を達成しながら、いかに単価を回復させるかが2026年のベトナムコメ輸出の最大の課題となっている。