ベトナムから農産物を仕入れている方や、現地農業事業に関わっている方なら、こんな疑問を持ったことはないでしょうか。「現場を支える農業の担い手は、ちゃんと育っているのか?」
実際のところ、ベトナムの農業人材育成は急速に整備が進んでいる一方で、深刻な課題も抱えています。農業大学の拡充、職業訓練の普及、日本との技術協力。その一方で、若い世代が農業から離れていく現実がある。
この記事では、ベトナム農業人材育成の全体像を、教育機関・研修制度・課題の3つの軸で解説します。
ベトナムの農業系大学の現状
ベトナム最大の農業系大学として知られるのが、カントー大学(Can Tho University)です。メコンデルタの中心都市・カントー市に位置し、農学・水産・農業経済の3分野を柱に、年間約5,000人の学生を輩出しています。
メコンデルタはベトナムの「食糧庫」とも呼ばれ、コメ・果物・養殖魚の主産地です。カントー大学はこの地域の農業を支える研究拠点として、政府からの重点投資を受けてきました。
カントー大学以外にも、農業人材を育てる大学は全国に広がっています。
| 大学名 | 所在地 | 主な専攻 |
|---|---|---|
| カントー大学 | カントー市 | 農学・水産・農業経済 |
| ハノイ農業大学 | ハノイ近郊 | 作物科学・畜産・農業機械 |
| フエ農林大学 | フエ市 | 林業・環境・農業 |
| ノンラム大学 | ホーチミン市 | 食品工学・農業経営 |
農業系高等教育機関は現在、全国に20校以上。2010年代から2020年代にかけて、学部の再編と実践教育の強化が進んできました。
職業訓練制度の拡充
大学進学よりも短期・実践的なルートとして機能しているのが、農業職業訓練制度です。ベトナム政府は「農業近代化プログラム」の一環として、農村部での職業訓練を積極的に推進してきました。
具体的には、各省・市に設置された農業技術センターが訓練の場となっています。コースは3か月から1年程度。稲作・果樹・養殖・農機操作など、地域の産業に合わせた実習中心のカリキュラムが組まれています。
2020年時点で、農村部の農業職業訓練修了者は累計で200万人を超えたとされています(ベトナム農業農村開発省の報告より)。数字だけ見れば大きな成果ですが、訓練後に実際に農業を継続しているのは、修了者の約60%という調査結果も出ています。
訓練内容の特徴
近年の職業訓練では、GAP(適正農業規範)に沿った生産管理の習得を重視しています。輸出向け農産物の品質基準が厳しくなる中、「農薬の使用記録をつける」「収穫後の衛生管理を徹底する」といった実務スキルが求められるようになってきているのです。
またIoTセンサーや気象データを活用した「スマート農業」の基礎訓練も、一部の先進的センターで始まっています。
JICAの技術研修と日越農業連携
日本の国際協力機構(JICA)は、ベトナム農業の人材育成において長年の実績を持つパートナーです。
JICAがベトナムで手がける農業関連プロジェクトは、大きく2つの方向性があります。一つは日本での技術研修、もう一つは現地への専門家派遣です。
日本での研修では、稲作の一貫管理技術、食品安全管理(HACCP)、農業経営・マーケティングといったテーマで、ベトナムの農業技術者や行政官を受け入れてきました。期間は2週間から3か月程度が一般的です。
現地派遣では、メコンデルタの水管理技術や、中部高原地帯でのコーヒー・野菜の高付加価値化支援などが進められています。
JICAが重視する3つの領域
- 食品安全と輸出対応:日本市場・EU市場の基準に適合する生産者の育成
- 気候変動適応:海面上昇・塩水浸入に対応した品種選定や水管理
- 農村女性のエンパワーメント:農業経営への女性参画促進
こうした日越連携は、農産物の品質向上に直結しており、日本の食品輸入業者にとっても安定調達の基盤になっています。
若年層の農業離れという現実
人材育成の取り組みが進む一方で、根深い問題があります。それが若い世代の農業離れです。
ベトナムでは1990年代以降、製造業・サービス業の急成長に伴い、都市への人口流出が続いています。農村部出身の20代が、縫製工場やIT企業に就職するケースは珍しくない。農業は「きつい・儲からない・不安定」と見られがちなのです。
ベトナム統計総局のデータによると、農業・林業・水産業に従事する労働者は2010年の約48%から2023年には27%まで低下しています。この約15年で、農業従事者の割合がほぼ半減したことになります。
平均年齢の高齢化
深刻なのは農業従事者の高齢化です。現在、農村部の農業担い手の平均年齢は50歳に近づいているとされます。10〜20年後の農業を担う人材が、明らかに不足しています。
若者が農業に戻らない背景には、農村部の所得格差だけでなく、「農業はデジタルとは無縁」というイメージも影響しています。実際にはスマート農業や輸出農業は十分に収益を上げられる分野ですが、その成功モデルが十分に伝わっていないのが現状です。
農業離れへの対策と新しい動き
政府や民間セクターも、若者を農業に引き込む取り組みを始めています。
その一つが「農業スタートアップ」支援です。ベトナム農業農村開発省は、30歳以下の農業起業家を対象にした補助金制度を2022年に創設。輸出向けのドラゴンフルーツ農場や、観光農園などを立ち上げた若者が注目を集めています。
また大学でも変化が起きています。カントー大学やノンラム大学では、農業×データサイエンス、農業×マーケティングといった学際的なカリキュラムを導入し始めています。「農業をビジネスとして経営する人材」を育てようという発想の転換です。
SNSを活用して農業の魅力を発信するインフルエンサー農家も登場し、TikTokやFacebookで若い視聴者に「農業って面白い」と伝える動きも広がっています。
まとめ
ベトナムの農業人材育成は、複数の課題とチャンスが交差する複雑な局面にあります。
カントー大学をはじめとする農業系大学の充実、職業訓練制度の普及、JICAとの日越技術協力。制度面の整備は確実に進んでいます。その一方で、若年層の農業離れと担い手の高齢化は、10〜20年後の農業生産に直接影響するリスクとなっています。
日本の農業関係者や食品輸入業者にとって、ベトナムの人材育成動向は「調達先の安定性」に関わる重要な情報です。スマート農業の普及やGAP認証の取得率向上は、品質面での信頼性向上につながりますが、担い手不足が生産量の制約になる可能性も無視できません。
ベトナム農業の動向を継続的にウォッチし、取引先農家や産地の現状を把握しておくことが、これからの農産物調達で差をつけるポイントになるでしょう。
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